25 私、誘拐されます!
それからは言われた通り、風の森から一歩も出ることなく、ピピたちと約束した編みぐるみを編んだり、いざというときに私ができることと言えば料理だけなので、いつでも腹ごしらえができるようにと簡単に食べられる食事やおやつを作り、せっせとアイテムバッグに放り込んでいた。
最近のイヴァンたちのお気に入りはミートパイだ。
フライパンに油を熱し、みじん切りにした玉ねぎ、人参、ひき肉を炒める。
塩こしょう、ケチャップ、ウスターソースを加えて混ぜ、薄力粉を振り入れ、粉っぽさがなくなるまで炒めたら粗熱を取る。
解凍したパイシートを半分に切り、切り分けた一枚に具をのせ、周囲に卵黄、水、塩を混ぜた卵液を塗る。
もう一枚のパイシートに切り込みを入れてから上にかぶせふちをしっかりと押さえて卵液を塗る。
オーブンで三十分ほど焼くと完成だ。
ちなみにひき肉はフリージオルグリズリーの肉だ。
フリージオルグリズリーの解体をお願いしたときのフラッジオさんの喜びようといったらなかった。
フラッジオさんの何倍も大きなフリージオルグリズリーを持ち上げ踊りまくるフラッジオさんの姿を一生忘れることはないと思う。
残った卵白は砂糖を加えてメレンゲクッキーを作った。
おやつも作れて一石二鳥だ。
そして誘拐される予定のその日の朝、私はユラの家へと転移した。
ほどなくしてアレスさんたちもやって来た。
それからエドさんとマルクルさんも。
マルクルさんには来たそうそう怒られた。
「お前はまた危険なことに首を突っ込んでっ。少しは大人しくできねえのかっ」
「マルクルさん。私も好きで首を突っ込んだわけでは…。気がついたらこうなっていたと言いますか…」
さすがに私もそこまで怖いもの知らずではないんですよ。
のんびりまったりを第二の人生の目標に掲げているんですよ。
スリルもサスペンスも私には必要ないと思っているんですよ。
関わりたくないと思っても問題事は向こうからやって来るんですよ。
それなのにっ。
怒られるなんて理不尽ですっ。
と、私が憤慨していると、エドさんが笑いながら、マルクルさんの肩を叩いた。
「お前も素直じゃねえなあ。サキが心配ならそう言えばいいだろ」
「こいつは心配だから大人しくしてろって言ってもきかねえだろ。自分から突っ込んで行ったわけじゃなくても気がついたらこいつの周りで問題が起こってるんだ。自覚がないのが一番厄介なんだっ」
…。
心配してくださっているんですよね!?
そうですよね!?
今一つ納得できないわと首を捻っていると、マルクルさんの後ろでこっそりと笑っているアレスさんと目が合った。
アレスさんの目はマルクルさんの言う通りだと言っていた。
やっぱり納得できないっ。
「領主には話は通してある。今頃騎士団は西門の外で待機しているはずだ。ドムス市長だが、本当に脅されているだけなのか、裏が取れなかったんで本人と話はしてねえ。とにかく今日、市長がどう動くかで見極める。サキはそのつもりで動け。無理はするな。危険だと思ったらすぐに転移魔法で帰って来い。いいな?」
私はマルクルさんの言葉に頷いた。
「サキ、怖い思いをさせてすまねえが頑張ってくれ。でも絶対無茶はするなよ。俺たちが必ず助けるからな」
私の頭を撫でるエドさんに、心配させて申し訳ないような、でも嬉しいような、そんな感情が生まれる。
もちろん、エドさんだけじゃない。
ここにいるみんなにだ。
「大丈夫です。私、全然心配してませんよ。だって皆さんがいたら大丈夫だって信じてますから」
「まかしとけ。娘を守るのは父親の役目だからな」
「待て、マルクル。何故お前までサキの父親を名乗るんだ?俺が最初に父親代わりになるって言ったんだぞ」
「別にいいだろ。父親が何人いたって」
「普通は一人だろ」
「細かいことは気にするな」
「そんなわけにはいかねえ」
「ふふっ」
二人のやりとりが面白くて、つい笑い声が漏れてしまった。
そんな私に二人は、「俺たちは本気だぞ」と笑ってくれる。
「ありがとうございます。二人とも大好きなお父さんです」
私も同じように笑って答える。
私の父はすでに他界しているけれど、この世界にも私を娘のように思ってくれる優しい人たちがいる。
私は幸せ者だ。
だからこの街のために頑張らなくちゃ。
私は今日、市場で買い物をしたり、孤児院に顔を出したり、必要があれば治療したりとイヴァンと一緒に普段通りに街で過ごすことになっている。
もちろん、イヴァンの毛の中には小さくなったシロが隠れているし、姿を消したヴォルも後ろからついて来てくれる。
そして、アレスさんも。
アレスさんもヴォルも嫌がっているけど、アレスさんはヴォルにつかまって姿を消すことになっている。
この間のように手を繋ぐのが一番いいと思うのだけど、二人とも絶対嫌だと譲らなかったので、仕方なくアレスさんがヴォルの腕を掴むことで妥協した。
ユラは私と念話ができるので伝達役としてウッドさんたちのそばにいることになった。
謎の男はドムス市長の屋敷から去るときに魔法陣を使ったことから、私とイヴァンを連れ去るときも同じように魔法陣を使用すると思われる。
そのための対策がシロだ。
私たちが別の場所へ移動したら、シロが騎士団や警備隊、ギルドが集めた冒険者たちのいる西門へ転移し、彼らを連れてまた私のもとへと転移する。
訪れたことのある場所へしか転移できないけれど、これならどこへ連れて行かれようと問題ない。
そしてここでまたマルクルさんに怒られた。
この作戦に必要不可欠なヴォルとユラの存在がバレたからだ。
「サキ。お前、オールドムッカの森でこいつはお化けだなんだと言ってたよな。もちろんそんなこと信じちゃいなかったが、よりによって精霊!?何でお前の周りには精霊ばっか寄って来るんだ?こっちのちっこいのも精霊ってか?サキ。俺はお前みたいな問題児は初めてだっ」
問題児…。
学生の頃は真面目で優等生(自称)だった私が…。
「それにエドっ。お前はこのちっこい精霊のことは知ってたのか!?」
「サキがこの家を買ったとき、お化けじゃなく精霊が住んでるって教えてもらったが見たわけじゃねえ。冗談だと思ってたしな。この凶悪そうな顔のやつだって火の精霊だって今日初めて知ったとこだ」
「なんや、仲間割れか?仲良うせんとサキの飯、食わしてもらわれへんで」
言い合う二人の間に割り込んだのは他でもないヴォルだった。
「「飯?」」
口をそろえる二人に、私は苦笑交じりに言った。
「イヴァンとヴォルがいつも喧嘩をするから仲良くしないとご飯抜きよって言っているので…。ごめんなさい。気にしないでください」
本当にもう。
「ヴォル。エドさんもマルクルさんも本気で喧嘩しているわけじゃないから。本当はとても仲良しなの。喧嘩するほど仲がいいって言葉もあるくらいで。…あれ?ということは、やっぱりイヴァンとヴォルもとっても仲良しってことね」
『「違うっっ!」』
「ふふ。息もぴったりね。私も安心して囮になれるわ」
『し、心配ない。我がついておる』
「お、おう。わしに任せとけ」
急に照れてどもる二人に「信じてるからね」と笑いかける。
本当にかわいい。
イヴァンはもとより最近はヴォルでさえかわいく思えるのだからなかなか私も重症だ。
以前は苦手だった白蛇姿のシロだって今では平気だし、むしろかわいいし。
ユラに至っては最初からかわいい。
ニコだっていつも一緒というわけにはいかないけれど、ニコの体毛といったらイヴァンにも負けず劣らずモフモフで気持ちいい。
今日はニコも呼べばすぐ来れるように街の近くの空を飛んでいるはずだ。
こんなに強いみんなに守られている私に何かあるはずがない。
このときの私は本気でそう思っていた。