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のんびりまったり異世界生活  作者: 和奏
第三章 こうなったら異世界生活を楽しみます
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22 梅酒で酔っちゃったの?

 実のところ夕食はほとんどできている。

 夕食を作る時間などないだろうと朝のうちに作っておいたのだ。

 夏祭りということで屋台風ソース焼きそばと串焼き。

 テーブルの上にどんっと山盛りのソース焼きそばを置く。

 大量の野菜とレッドボアの肉を炒めて、たっぷりの甘辛ソースを絡めた一品だ。

 先日ニコが狩ってきてくれたマーダーグリズリーの肉を串に刺してタレに漬けて焼いただけの串焼きも街で売られているものとそう変わらないはずだけど、私が作ることに意味があるらしいので、気にせずこちらもたくさん用意した。

 またしても我先にと奪い合うイヴァンたちから皿いっぱいの焼きそばと串焼きを確保し、それをアレスさんの前に置いた。


「美味そうだな」


 嬉しそうなアレスさんを見て、ふと何かが足りないと感じた。


 何だろう?

 あっ!


「アレスさん、風の森まで取りに行ってくるから少し待ってて」


 アレスさんが何か言うより先に私は風の森の家に転移していた。

 ガサゴソとお目当ての物を手に取ると、すぐにユラの家へ戻る。

 持ってきたガラス瓶の中身をグラスに注ぐと、アレスさんの前へ。


「これは…」


「食前酒代わりの梅酒よ。口に合うかどうかわからないけど」


 やはり祭りにアルコールは付きものだろう。

 きれいな琥珀色の液体を見つめるアレスさんの顔は驚いているように見える。


 思っていた反応と少し違うような…。


 グラスを持ち上げ、そっと口へ運ぶアレスさん。

 そして一言。


「美味い」


 アレスさんの言葉にホッとする。

 この梅酒は去年私が作ったもので、一年物の梅酒だ。

 毎年、知り合いの梅農家さんから梅を送っていただくので、それを使って夫の好きな梅酒を作っていた。


 丁寧に水洗いをした梅の水分をしっかり拭き取りしばらく乾燥させる。

 次に梅のヘタを取り除く。

 容器に梅を入れ、その上に氷砂糖を乗せる。

 あとは梅と氷砂糖を交互に容器の中へ入れていく。

 最後に焼酎を流し入れたら完成。


 しっかり蓋を閉めた後、冷暗所で一年保管する。

 三ヶ月ほどで飲めるようにはなるけれど、夫はしっかりと一年熟成させたものが好きだった。

 先日、夫のために作った自家製梅酒を見つけて、悲しい気持ちにはなったけれど思ったほど悲観的にもならなかった。

 むしろ、飲む人のいなくなったこの梅酒をどうしようと考えている自分に驚いたくらいだ。

 結局梅酒の心配はいらなかった。

 何故かシロがやたらと気に入ってくれたからだ。


 ふとアレスさんを見ると、少し震えているように見える。


「アレスさん、どうかした?」


 首を傾げる私にアレスさんは小さく笑って、「何でもない」と答えた。

 何かを耐えるような辛そうな笑みだった。


「そろそろ俺たちも食うか。何だか狙われているような気がするからな」


 イヴァンたちに目を向けると、みんなはすでに食べ終わっており、私たちの分を虎視眈々と狙っていた。


「これは私たちの分だからダメよ。代わりにこれをどうぞ」


 イヴァンたちの目の前に出したのはチョコバナナならぬチョコパナントだ。

 パナントはバナナ味のみかんのような果物だ。

 年中手に入る果物で、みかんのように小さく丸い。

 皮は簡単にむけるけど、みかんというよりバナナの皮をむくのに近い。

 果肉は皮をむいた桃のようにつるりとしているけど、食べたらやっぱりバナナの味がした。

 半分に切ったパナントを溶かしたチョコレートに潜らせ、その上からカラーチョコスプレーやアラザンを振りかけると完成だ。


 どうせおやつだデザートだとうるさいのはわかっていたので、お祭り風にしてみたのだ。

 チョコパナントは作った私も楽しかった。


 わいわいがやがやとチョコパナントを食べる精霊たちを見ながら、私たちもお腹を満たす。

 お腹も膨れ、アルコールも入ったせいか、さっきの辛そうな笑顔が嘘のように楽しそうなアレスさんにホッとしながらも心の隅にあの辛そうな笑顔が引っかかる。


 まあ、アレスさんにもいろいろあるってことよね。

 私だって言えないことがあるんだもの。


「我も飲むぞ」とアレスさん相手に晩酌を始めたシロや、チョコパナントを手に取りベアトリス片手に映えスポットはどこやとあちこちうろつくヴォル、梅酒は飲んでいないはずなのにまるで酔っ払ったかのように踊りまくるユラ、そして我関せずとばかりに寝転ぶイヴァン。


 ふふ。

 本当に楽しいわ。

 明日からスリルとサスペンス満載の冒険物語が始まるなんて思えないくらい。

 できればスリルとサスペンスはいらないけれど。


 そうこうしているうちに夜も更けてきたので、そろそろ帰るとアレスさんが立ち上がった。

 アレスさんの家までは裏庭から出た方が近いので、見送ろうと一緒に裏庭に出た。

 夜風に乗って祭りの喧騒が聞こえてくる。

 夏祭り(ルーナ・ルーチェ)はまだ終わらないらしい。


 裏木戸の所でおやすみなさいと口にしても、アレスさんはじっと私を見ている。

 どうしたのかと問いかける前に、アレスさんはふっと笑って、


「どうも俺は酔っているらしい」


 そう言って私の額に口づけた。


 !?

 ア、アレスさん?

 私、今、キスされた??


 アレスさんの唇、案外柔らかいのねと余裕のアラフィフの私と、おでことはいえキスをされたと思うとなんとなく恥ずかしいと感じるJ・Kの私がいた。

 アレスさんはどう反応すればいいのと固まる私に手を伸ばし、親指の腹でぷにぷにと私の唇に触れる。


 いやいや何をされているのでしょうか。

 そんなもの欲しそうな顔をしないで。

 酔っているからか、色気が駄々洩れで、ドキドキが止まらないのですが。


 しばらくして満足したのか、そっと指を離すと「おやすみ」と言って帰って行った。


「お、おやすみなさい」


 何とか言葉を絞り出した私は、崩れ落ちそうになるのを耐え、家の中へ戻る。


 い、今のは何?

 あれじゃあまるで…。

 ダメ、ダメ。

 思い違いだったら恥ずかしいもの。


 私は思い切り頭を振ってその考えを頭から追い出す。


 アレスさん、酔ってるって言ってたもの。

 きっとそのせいだわ。

 でも…酔うほど飲んでたかしら。

 ちびちびと美味しそうに、懐かしそうに飲んで…。

 懐かしそうに?

 どうしてそう思ったの?

 シロは梅酒なんて今まで飲んだことがないって言ってたけれど、アレスさんは飲んだことがあるのかしら。

 もしくは似たような味のお酒があるの?


 悶々と考えていると、遠慮がちにシロが話しかけてきた。


「サキ。そろそろ休んで明日からに備えた方が良くはないか?」


「そうね。明日いきなり何かが起こるかもしれないものね」


 風の森に戻り、早々に寝支度をしてベッドに入った私は、これから起こるであろうことを心配しながら眠りについた。

 あえてアレスさんのことは考えないようにして。


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