21 頼れるアレスさん
「おやつの時間も終わったゆえ、話を進めるとしようかのう。してこれからどうするのじゃ?」
シロの問いかけにアレスさんも笑うのを止めて真面目な顔に戻り、口を開く。
「あの様子じゃ近いうちにドムスがサキに接触してくるのは明白だ。しかし無理矢理連れていくこともできない。イヴァンがいるからな。向こうは俺たちが聞いていたことなんて知らないからやはり言葉巧みに誘い出すってのが有力だろうな」
うんうんと頷く私たち。
「なら、私とイヴァンが囮になるわ」
「ダメだっ」
すかさずアレスさんが反対する。
「サキを危険な目に合わせるわけにはいかない。例えイヴァンたちが伝説の精霊でいくら強くてもダメだ」
「アレスさん落ち着いて。向こうの意図はわかっているんだから、それなりの準備をしておけばどうとでも対処できるんじゃない?それくらいしないとあの男がどこの誰で、何の目的があって魔物を欲しがっているのかわからないわ」
「それはそうだが…。それでも俺はサキには安全な場所にいてほしい」
「イヴァンの結界の中ほど安全な場所はないわよ?ねっ、イヴァン」
イヴァンに視線を向けると満更でもない様子で、
『うむ。その通りだ。我の結界の中にいればどんな輩もサキを傷つけることなどできぬ』
「しかし…」
それでも渋るアレスさんに、私は言い切った。
「あの男に会いに行きます!」
私の意思が固いのを見てとると、ふぅとため息をついて、
「頑固なところは変わらなねえな。わかった。囮作戦でいこう」
アレスさんの言葉に少し引っかかりを覚えたけれどすぐに頭の隅に追いやり、イヴァンたちも加わって囮作戦を練る。
といっても的外れなことばかり言うイヴァンたちの意見はだいたいが却下だし、こういう事に慣れていない私も役立たずで結局ほぼ全てをアレスさんが考えてくれた。
本当に頼りになる人だ。
アレスさんの言うことにいちいち文句を言っていたイヴァンたちだったけど、私の身の安全というところでは反対せず全員一致で頷いていた。
なんだかちょっぴりこそばゆくて、でもやっぱり嬉しくて、心がポカポカする。
だから私も囮を頑張ろうと思う。
外はすっかり暗くなっていたけれど、祭りのにぎやかな声はまだ続いていた。
子供はもう家に帰る時間だけど、これからは大人の時間で、アルコールを売る屋台が増え、広場ではみんなが歌ったり、踊ったりするらしい。
なんだか楽しそう。
そんな私の心の声が顔に出ていたのか、アレスさんが「行ってみるか?」と誘ってくれた。
喜んだのも束の間、すぐに首を横に振った。
「ごめんなさい、アレスさん。もうこんな時間だもの、イヴァンたちに夕食を作らないと」
「あぁ、そうか。悪かった」
「ううん。アレスさんが謝ることじゃないわ。いろいろあったけど、今日は誘ってくれてありがとう。明日から…」
「ちょっと待てっ。なんかわしらが悪者みたいやんけ。別にわしはもう少しくらい飯は待てるぞ」
「我も構わぬ。今日はいろいろ楽しんだゆえ、今はゆっくり水に浸かって月でも眺めていたい気分じゃ」
「わしもやっとベアトリスに会えたからのう。しばらくベアトリスを愛でてやりたい」
「ユラものんびりするです?」
『…。我は別に早くしろなど言ってはおらぬっ。…チッ、サキの好きにすればよかろう』
みんなの突き刺さるような視線に耐えかねたのか、イヴァンはそう言うと部屋の隅に行って、前足に頭を預けて目を閉じた。
「イヴァン…」
「気にせずとも良い。元々我らは何も食べずとも問題ないのだ。しばらくここでのんびりしておるゆえ、楽しんでくると良い」
「シロ…。ありがとう。じゃあ少しだけ出かけてくるわ。帰ったらすぐに夕食にするから」
そうして私はアレスさんと二人で夜のルーナ・ルーチェに出かけた。
結界もあるしアレスさんがいれば大丈夫だからとみんなは家で留守番だ。
昼よりもずっと活気があって、広場は特に盛り上がっていた。
お酒が入っているせいか、いつも以上に陽気な街の人たちが歌ったり踊ったり、時には喧嘩したりとにぎやかなことこの上ない。
いつも傍にいるイヴァンがいないことに寂しさを覚えつつ、アレスさんと一緒にルーナ・ルーチェを楽しんでいると、アレスさんが言った。
「そろそろ帰るか?」
「え?」
ここへ来てまだ一時間くらいしか経っていない。
「あいつらのことが気になるんだろう?」
「でも…。せっかくアレスさんが誘ってくれたのに…」
迷う私の頭をなでて、アレスさんは笑って言った。
「俺はこうしてサキと二人きりで過ごせて楽しかった。それに俺はこれを最後にするつもりはねえからまた一緒にどこかへ出かけような」
「アレスさん…。ごめんなさい」
「謝ることねえよ。この件が片付くまでは一緒にいるんだから。それにそろそろサキも疲れただろ?明日からのこともあるから早めに休んだ方がいい」
「ありがとう、アレスさん」
アレスさんの心遣いを嬉しく思いながら、私は微笑んだ。
すると何故だかアレスさんが、左手で顔を覆って横を向いた。
それは反則だとかなんとかつぶやいている。
「アレスさん?」
「何でもねえ。さっ、帰るぞ」
そう言ってアレスさんは私の手を取り、家までの道を歩きだした。
アレスさんと並んで歩きながら、私は自分の右手が気になってしょうがない。
これはいわゆる恋人つなぎというのでは?
しっかりと指を絡めてつながれている手を引かれ、家に向かって歩く。
アレスさんが何か言っているけど、適当に相槌を打つので精一杯だ。
恋人つなぎなんて何年ぶりかしら。
若い頃はこんな風に手をつないで歩いたこともあったけれど。
アラフィフの私にはちょっと恥ずかしい。
あっ、でも今の私は女子高生だったわ。
だから…。
女子高生だからってどんな顔してればいいのかしら。
わからない…。
考えているうちに、いつの間にかユラの家に着いていた。
「今日は楽しかった。まあそうでないこともあったが。明日からのこともあるから今日はゆっくり休んで疲れを取るんだぞ。じゃあな」
そう言ってくるりと背中を向けるアレスさんの服の裾を、私は思わず引っ張っていた。
なんだ?というように体をこちらに向けるアレスさんに、
「あの…よかったら一緒に夕食を食べない?たいしたものは用意できないけど…」
と、私は口にしていた。
「いいのか?」
「えぇ。一人増えたって問題ないわ。簡単なものしかできないから、あまり期待されても困るけど…」
「サキの手料理なら何でもいい」
アレスさんと一緒に家の中へ入ると、すぐさまイヴァンが『遅いっ!いつまで待たせるのだっ』と怒りながら飛んで来た。
「ごめんね、イヴァン。すぐに夕食にするから」
「風の精霊のやつ、お前と離れてごっつ、寂しそうやったで。わはは」
と豪快に笑うヴォルを睨みながらイヴァンは『そんなわけなかろうっ』と怒鳴っている。
そういえば、風の森以外でこんなにイヴァンと離れていたことはなかったわねとイヴァンの首に抱きつきながら思った。