18 私、透明人間になれちゃうの!?
貧民街を出て、ルーナ・ルーチェで賑わう広場を横切り、ドムス市長の屋敷の場所を知るアレスさんと一緒にそこへ向かう。
その道すがら、私はオールドムッカの森で会った、顔に模様のある男のことを話した。
「そのときの男と同一人物かどうかはわからないけれど…」
「そんな男がそうそういるとは思えない。同じ男だと考えるべきだろう」
「やっぱりそうよね。生きた魔物を手に入れるのが目的ってことかしら?」
「そうだろうな。おそらく嘆きの森の事件も関係していると思っていいだろう」
そういえば、あの事件も魔物の生け捕りが関係してたわ。
「そういやあのとき領主が、オラン帝国が魔物による軍隊を作ろうとしているという噂があるって言ってたな。噂の域を出ないが…と」
「まさかその男を裏で操っているのがオラン帝国ってこと?」
「その噂が本当ならなくもない話だな。だがそうなると話がでかくなりすぎて、俺たちだけでどうこうできるレベルの話じゃなくなるな。っと止まるんだ。あそこがドムスの屋敷だ」
話し込んでいるうちにドムス市長の屋敷に着いたようで、私たちの少し先に大きな建物が見える。
頑丈そうな門はきっちりと閉ざされ、その向こうに体格の良い騎士らしき人の姿が見える。
「思ったより厳重な警護だな。見えない壁の向こうにも複数の人間の気配がする」
「え?こんなに離れていてもわかるの?」
「まあ、せいぜい門の周辺くらいだがな。もう少し遠くまで探れたら助かるんだ…が…」
と、そこまで言って私と目を合わせた。
そして二人同時に叫んだ。
「「ユラ!」」
そうだ。
ユラには索敵の能力があるんだった。
「ユラ。あの屋敷の中に護衛が何人いるかわかるか?」
「がんばるです?」
しばらく息をひそめて待っていると、「十人いるです?」と返って来た。
「家の中はたくさん人がいてわからないです?」
としょんぼりとした声がする。
「ありがとう、ユラ。それだけでも十分すごいわ」
「あれだけ物々しい警護ってことはやはり何かあるのか?」
「さすがに正面から訪ねて行っても軽くあしらわれて警戒されるだけよね。どうしましょう」
「そうだな。俺が一人で忍び込んでみるか」
「アレスさん一人で?そんなの危険だわ。私も一緒に行きます」
「サキ、何を言っている。それこそ危険だ」
「でも…」
『皆で行けばよかろう』
一歩も引かない私たちにあきれたようにイヴァンが言う。
「みんなでってこんなに大勢で行く方が危険じゃない?」
「二人で行かせる方が心配じゃ。その男はともかくサキ、お前はいささかどんくさい。結界があるゆえサキが害されることはなかろうが、お前が見つかると最初の目的が達成できぬ」
「水の精霊の言う通りやな。お前はちょっとトロいさかい心配や」
私、けなされてる?
シロと、いつの間にか姿を現していたヴォルの言葉にショックを受けていると、そこへとどめを刺しに来たやつがいた。
『うむ。全くサキは愚鈍ゆえ安心できぬ。やはりここは我らも一緒に行くべきであろう』
イ、イヴァンまでっ。
私たちの会話を聞いていたらしいアレスさんまでくつくつ笑いながら、
「サキが危なっかしいってのはバレてるんだな」
本当の最後にとどめを刺したのはアレスさんだった。
「アレスさんまで酷いです」
「悪かった。気にするな。ところでさっきの話に戻るが、やはりこんなに大勢で行くのは危険だ。もちろんあんたらが危害を加えられるとは思わないが見つかると面倒なのは確かだ。だからここは俺一人で忍び込むのが一番だと思う」
『「「ダメだ」」』
何故か三人から否定の声が上がる。
『何故このような面白そうなことをお前一人がやるのだ』
「お前一人楽しもうやなんてズルいやんけ」
「こういう楽しそうなことは皆でやるものだ」
「…」
黙り込むアレスさんに、私はあわてて言った。
「ごめんなさい、アレスさん。イヴァンたちの中で今、探偵ごっこが流行ってるの。もしくは刑事とか。とにかく真実を暴くとか、正義の鉄槌を下すとか、今彼らが一番興味があることなの」
「…わかった。だが、誰もいない屋敷ならともかく、あんなに厳重な警備の目を盗んで大勢で忍び込むのは無理だ」
『心配ない。姿を隠せれば良いのだろう?』
「わしとそこのちっこいのは問題ない。サキ、お前もな」
「私?どうして私が問題ないの?」
「ああ!?」
途端にイヴァンとヴォルはあきれたような顔になった。
「わし、お前の従魔になったったやろ。忘れたんかっ!」
「わすれてないわよっ。だからそれが何なのっ?」
何故怒られるのよっと憤慨していると、イヴァンやヴォルだけでなく、シロまでがジト目で私を見ている。
「な、何?何なの?」
『火の精霊は目くらまし―眩惑魔法が使える。つまりお前にもそれが使えるようになったということだ。何故解らぬ?』
な、なんてことなの。
私、透明人間になれちゃうの?
すごいっ!
「やっぱり、お前はトロいのう」
がははと笑うヴォルに、
「どうして教えてくれなかったのっ」
「教えるも何も当たり前のことやろ」
「そんなあ」
『まさか気づいておらぬとはな』
「サキはいささか間が抜けておる。仕方あるまい」
「そこっ!聞こえてるからっ」
小声でこそこそと話していたつもりのイヴァンとシロにピシッと指を突き付ける。
そこへ堪え切れなくなったのか、アレスさんが腹を抱えて笑い始めた。
「アレスさんまで…」
屋敷からは分かりにくい路地裏とはいえ、笑い声上げてちゃダメでしょ。
むうとふくれる私の頭をポンポンと撫でながら「すまなかった」と申し訳さなそうに口にするアレスさんだけど、その目には涙がにじんでいる。
そんなに笑うトコでした!?
目のふちの涙を拭うと、アレスさんは少し真面目な顔に戻って、さっきの話の続きを促した。
『眩惑魔法が使えぬ者は幻惑魔法を使っておる者に姿を消すという意思を持って触れていると同じように姿が見えなくなる』
「へえ、そうなのか。じゃあ俺はこれで姿が見えなくなるんだな」
そう言うと、アレスさんはがしっと私の右手を掴んだ。
『何をしておる。我がサキと手をつなぐのだっ』
「さすがに手をつなぐのは無理だろう」
『くっ!』
アレスさんの指摘に顔を歪ませるイヴァン。
「しゃあないなあ。わしがお前の尻尾を握っといてやるさかいこれで我慢するんやな」
『やめろっ。何故我がお前などに尻尾を握られねばならぬっ』
「わしかて好きで握っとるわけやない。せやけど、お前やなかったらわしがあのかわいくもない男と手をつなぐことになるやないか。わしは絶対にイヤや」
「…かわいくない男って俺か?…俺だよな…」
ボソッとつぶやくアレスさんに笑いが込み上げる。
そういうところはかわいいと思うんだけど…と私は心の中でつぶやいた。