17 セルジュさんと市長
「セルジュさんは子だくさんなんですね」
セルジュさんに勧められた椅子に座りながら笑って言えば、セルジュさんは苦笑いしながら教えてくれた。
アレスさんは私の隣に座った。
「あいつらは俺の子じゃない。あいにく俺は独身だ。あいつらは西の村の出身で、食うに困った親に売られた子供たちだ。この国じゃ人身売買は禁止されてるっていうのに、それを斡旋している奴がいるんだ」
「それがわかっているなら警備隊なり領主なりに進言すりゃいいだろ」
「無駄だ。さっき言っただろ。俺はドムスに嵌められたって。人身売買を裏で斡旋しているのが
ドムスなんだ」
「は?市長が?」
「ああ。市長がそんなことをするはずがないって誰も信じちゃくれなかった。アレス、お前だって信じられないって顔してる」
「本当なのか?あの温厚で街のことを一番に考えてるって評判のドムス市長が?何かの間違いじゃないのか?」
「俺がどう言ってもみんなお前と同じ反応だった。挙句には俺が罪から逃れるためにドムスを犯人に仕立て上げようとしてるって言われる始末だ。横領だってやってない。俺をこの街から追い出すためのでっち上げだ」
「まさか…」
セルジュさんの言葉の端々から怒りが読み取れる。
私にはセルジュさんが嘘を言ってるようには思えなかった。
それはアレスさんも同じだったようで、
「確かに俺の知っているセルジュは横領なんてやるはずがない。だから依頼を終えてこの街に戻って来たときにお前が街の金を横領した罪で捕まって裁判のために王都へ護送されたって聞いて驚いたんだ。俺だけじゃない。ウッドたちも驚いてた。でもどうして王都へ護送されたはずのお前がここにいるんだ?」
「護送の途中、隙を突いて逃げ出したんだ。あいつもまさか俺がこの街に潜伏してるなんて思わないだろ。それに近くにいた方があいつの正体を暴きやすいしな。とにかく俺は俺の無実を証明して、ドムスを捕まえたいんだ」
「なるほど。灯台下暗しか」
え?
「俺はアレス、お前を信じているから話した。もちろんそこの彼女もな」
何故だか私も信用されているらしい。
アレスさんの知り合いだからかしら。
「だが、どうしてドムス市長がお前を罠に嵌める必要があるんだ?」
「俺があいつの裏の顔を知ったからだ。さっきも言ったろ。人身売買の斡旋をしてるって。それだけじゃない。もっと危険な魔物の売買もだ」
え?
それってもしかして…。
「今、エドが調査してるが難航してるって…。まさか…」
「そりゃ、難航もするだろうさ。市長が黒幕なんだからな」
「そんな…」
セルジュさんの言葉に私たちは絶句した。
まさかラスボスが市長だったなんて…。
きっとエドさんもマルクルさんも、領主様さえ思いもしないだろう。
「頼む。アレス、サキ。俺に力を貸してくれないか?」
頭を下げるセルジュさんを見て、私たちは顔を見合わせた。
本当にセルジュさんが無実だというなら助けてあげたいけれど、今あったばかりのセルジュさんの言葉をどれだけ信用していいのか私には判断がつかない。
迷う私の頭に、今まで黙ってそばにいるだけだったイヴァンの声が聞こえた。
それも明らかにわくわくした声が。
『これは…事件だ』
『おう。困っとる人間がおるなら助けてやるのが正義の味方っちゅうやつや』
『うむ。真実というのはいつでも明らかにせねばならぬものだ』
ヴォルやシロまで念話に割り込んできた。
まさかユラも?
『ドキドキするです?』
やっぱり…。
『これはもう我らの出番であろう?』
イヴァンの目が期待で満ち溢れている。
イヴァンの頭の上で顔だけ出しているシロも、いつもの無表情ではなくやる気満々の顔だ。
きっと姿の見えないヴォルやユラも同じような顔をしているのだろう。
すっかり刑事か探偵だ。
今更やりませんなんて言えないわよね。
だからといってすっかり街に馴染んだともいえない私たちにできるかしら?
と悩む私の耳に、アレスさんの笑いを含んだ声が届いた。
「やるしかなさそうだな。みんなやる気満々じゃねえか」
「もしかして聞こえてたの?」
「ああ。俺にもしっかりとな」
どういうつもりなの?と問い詰めるようにイヴァンを見る。
『サキだけでは心許ないからな』
「えぇ!?イヴァンたらひどいじゃない」
「いや、ある意味正しいと思うが」
「アレスさんまでひどいわっ」
くつくつと笑うアレスさんに加え、ヴォルの笑い声まで重なる。
これはもう抗議するしかないわっと決心したとき、申し訳なさそうな咳払いが聞こえた。
セルジュさんだ。
「あー、その。なんだか盛り上がっているところすまないが、力を貸してもらえるということでいいのか?」
「ごめんなさいっ。盛り上がっていたわけじゃないんですけど、いろいろと…」
もごもごと尻すぼみになっていく。
「わかったよ、セルジュ。どこまでできるかわからねえがやれるだけのことはやってやる。一つ貸しだからな」
「ああ。恩に着るよ、アレス。もちろん全部片がついて俺が市長に戻れたらちゃんと礼はする」
「市長?」
「去年市長だった親父が死んで俺が引き継いだ。ドムスは親父が市長だったとき、副市長でずっと親父を支えてくれていた。親父もドムスを信頼していたし、俺もそうだった。俺が市長になったときも副市長として俺を支えてくれると思っていた。たぶん、俺がやつの裏の顔を知ることがなければ今も信頼のおける右腕として俺を助けてくれていたと思う」
「市長って世襲制なんですか?」
「え?あぁ、そうだが…」
怪訝そうな顔のセルジュさんに愛想笑いを浮かべながら、そうですよねえと誤魔化した。
さすがに選挙制ってことはないか。
「それよりどうしてお前はドムスの悪事を知ったんだ?お前の親父は知っていたのか?」
「たぶん、親父は知らなかったと思う。正義感の強かった親父のことだ。ドムスがそんなことをしていると知ったら、ショックは受けるだろうが、それでも許すことはしなかったと思う。俺は偶然ドムスと怪しげな男が魔物の売買のことを話しているのを聞いてしまったんだ。聞かれたことを知ったドムスは保身のために、してもいない罪を捏造して俺を陥れた。俺が身の潔白を証明するためにあいつの周辺を探っていたとき、売られそうになっていたあの子たちを見つけて助けた。ドムスも売る予定の子供がいなくなったとは公にできないから表向きは何もなかったように振る舞っているが、裏では必死にいなくなった子供や俺を探しているはずだ。俺が逃げ出したことも当然耳に入っているだろうからな。おかげで最近は食料調達も難しくなっちまった」
怒りとも諦めともとれる表情でセルジュさんは吐き出す。
「わかった。食料は後で届けさせよう。それよりドムスは今どこにいる?」
「たぶん、自分の屋敷だろう。さすがにルーナ・ルーチェ当日まで市所で仕事をしているとは思わんが…」
「市所?」
「市長が仕事をする場所だ」
アレスさんが教えてくれる。
つまり市役所ってことね。
「ルーナ・ルーチェで街中が浮かれている今なら、屋敷の警護も手薄かもしれないな。それとドムスが会っていた男に心当たりは?」
「ない。フードを深くかぶっていて男だということくらいしかわからなかった。ただ、顔を上げたとき、チラッと見えた横顔に不思議な模様が描いてあった」
「顔に模様?」
まただ。
顔に模様がある男。
そんな男がどこにでもいるとは思えないけど。
「その、顔に模様がある男っていうのも気になるが正体がわからねえんじゃどうしようもないな。とりあえずドムスの屋敷に行ってみるか」
「そうね。でもその前に…」
私はセルジュさんに近づくとヒールをかけた。
驚くセルジュさんに笑って言った。
「足を引きずっていらっしゃったので治療を。心配しなくてもこれも貸し一つですからね」
「ありがとう。護送される途中で逃げ出したとき怪我をして、そのままにしておいたら
こんなことになっちまってた。本当に助かった」
笑顔のセルジュさんに笑顔で返すと、しびれを切らしたらしいイヴァンがイライラして言った。
『早く行くぞ。いつまで待たせるのだ』
「はい、はい。わかったわよ。じゃあ行きましょうか」
前半はイヴァンたちに、後半はアレスさんに向かって言うと、私たちはセルジュさんの家を後にした。