16 光と影
「ブルズの話だとこの辺りのはずなんだけど」
たくさんの人が行き交う広場の入口付近の目立たない場所に私たちはいた。
「この辺りに落ちているのかしら」
「あったとしてもこれだけの人間が行き交っていたら踏みつぶされているかもしれないな」
とアレスさん。
確かにその可能性もある。
どうやって探せばいいのかしら?
考えあぐねる私に、またしてもユラがくるくる踊りながら言った。
「探すです?」
「え?編みぐるみも探せるの?」
「はいです?」
そう言うなりユラはまた、魔力を放出しながらあちこちに視線を彷徨わせる。
そしてある一点で止まった。
「あっちにあるです?」
「ユラってば本当にすごいことができるのね」
「まさかこんな小さな精霊に索敵の能力があるとはな」
アレスさんも驚いている。
「索敵って敵の位置がわかる能力よね。あんな小さな編みぐるみでも見つけられるのね」
『相手の魔力に反応するのだが、あの人形はサキの作ったものだ。多少なりとも魔力がこもっているのであろう』
イヴァンの言葉に納得だ。
私の作るご飯やおやつに魔力がこもるくらいだから、食べるものでなくても同じなのだろう。
「こいつがパーティーにいたら助かるな。どうにかして…」と何やらブツブツつぶやくアレスさんの腕を引っ張り、ユラの教えてくれた方へと歩き出す。
ユラの姿が見えない私を気遣って、代わりにイヴァンが教えてくれる。
イヴァンの誘導に従って進んで行くうちに、広場どころか街のはずれまで来てしまった。
「ここは?」
道や建物全てが薄汚れて、空気まで澱んでいるように感じる。
ルーナ・ルーチェの当日だというのに、祭りの喧騒とは無縁のひっそりとした場所だった。
「貧民街だ」
「貧民街…」
オウム返しのようにつぶやくと辺りを見渡す。
とてもあの賑やかなカイセリと同じ街だとは思えない。
まるで別世界だ。
声も出せず茫然とする私の頭を、アレスさんが優しくポンポンとなでる。
「ここ、ブレンナー領は王都から少し離れているせいか、王都ほどの賑わいはない。しかも領の西へ行くほど寂れている。特に一番西は魔の森を挟んでオラン帝国と接していて、魔の森から来る魔物の侵入が多く、西にある村々はいつも魔物の脅威にさらされているうえ、活気づくほどの産業もない。毎日その日を生きるために必死に生きている状況だ。伯爵も心を痛めているようだが、未だに対策が立てられずにいる。そういった貧しい村の人間が自分の住んでいた村を捨て、ここまで出てくるんだが、街で仕事にありつけなかったり、街に順応できない人間がここに集まる。もちろん犯罪がらみの人間たちもいるが…。どこの街にもある場所だ」
アレスさんの説明に、向こうが光ならここはカイセリの影の部分なのねと、私はぼんやりと思った。
光があれば影ができるのは仕方がないことだけど。
また一つ、知りたくもない現実を知ることになった。
「おいっ。そこのちっこいの。結局、わしのベアトリスはどこにおるんやっ」
姿を消したままのヴォルがイライラした口調で、同じく姿を消しているユラを問い詰めた。
「こっちです?」
そう小さく口にしたユラが動いたようだけど、見えない私たちはイヴァンについていく。
イヴァンはどんどん奥へと進んで行く。
最初はそんなに感じなかった視線も奥へ進むごとに増えていく。
好意的なものではないのが痛いほど伝わってくる。
何の問題もなく歩けるのは、アレスさんと前を歩くイヴァンのおかげだろう。
二人がいなかったら私はとっくに襲われていたに違いない。
そんなことを考えているうちにイヴァンが歩みを止めた。
「ここにあるの?」
『そうだとこやつが言っておる』
そこはいつ倒壊してもおかしくない、かろうじて家という体裁をたもっているような家屋だった。
いつかのモリーの話を思い出す。
馬屋の隅っこやたるの間で寝てたことを思えば、屋根があるだけましなのかしら。
半分壊れかけていて扉の意味があるのかどうかも怪しい扉を叩く。
反応はない。
「どうする?中で気配がするから誰かいるとは思うが…」
耳元でアレスさんの声が聞こえて心臓がドキンっと跳ねる。
そうとは悟られないように言葉を返したつもりだったけど、
「そ、そうね。どうしましょう…」
バレたかしらとチラっと横を見ると、目が合ったアレスさんがクスっと笑いを漏らす。
流し目で私を見るアレスさんが色っぽく見えて、また心臓が跳ねた。
これだからイケメンは困る。
「探ってくるです?」
思考が別の方に傾いていた私にユラはそう宣言する。
姿も見えないし壊れかけの木の扉も通り抜けできるから、こっそり忍び込むにはうってつけだ。
ヴォルも同じように姿を消せるけれど、もしベアトリスを見つけたら何をするかわからないので安心できない。
しばらくの間、ユラが戻ってくるのを待つ。
待っている間も周囲からの視線が消えることはなく、居心地のわるさを感じつつ待つこと数分。
ユラが戻って来たようだ。
「子供がいっぱいいるです?」
「子供?」
子供が好きそうなものだもの、それはわかるけどたくさんいるとはどういうことだろう。
子だくさんの家族なのかしら。
あまり広くはなさそうだけど。
どうしようかとアレスさんと顔を見合わせ口を開きかけたとき、背後から男の人の怒鳴り声がした。
「そこで何をしているっ!」
すぐさま後ろを振り返ると、紙袋をかかえフードを目深にかぶった男の人が、足を引きずりながら急いでこちらに近づいて来る。
私たちの近くまで来ると、
「お前たちは誰だっ。何の用があってここに…え?アレス?」
その人はアレスさんを認めると、目深にかぶっていたフードを取った。
「…セルジュ?」
アレスさんも驚いた顔のまま、名前を呼ぶので顔見知りのようだ。
「セルジュ、どうしてこんな所に…。街の金を横領した罪で王都へ護送されて取り調べを受けていると聞いたが…」
「違うっ!俺はやってないっ!あいつに嵌められたんだっ!ドムスのやつにっ」
「どういうことだ?ドムスは新しい市長だよな?」
「ああ。話せば長くなる。家の中に入ってくれ。まあ、ボロボロすぎて家と呼べるシロモノじゃないけどな。ところで、そっちの彼女は噂の治療師か?どうしてアレスと?まさかお前の?」
何故か誇らしげにするアレスさんを横目に、セルジュさんに挨拶する。
「初めまして。早紀と申します。アレスさんにはいつもお世話になっています。この子はイヴァン。何もしませんから安心してください」
「あ、あぁ。俺はセルジュ。詳しいことは中へ入ってからだ」
そう言うと、セルジュさんは壊れかけの扉を器用に開けて中へ入って行く。
私たちもセルジュさんについて中へ入った。
家の中は思った以上に傷みが激しく、今にも崩れ落ちそうだ。
そこへドタドタと階段を下りてくる複数の気配がした。
「セルジュさん、おかえりなさい。これ見てっ!…あっ、ごめんなさい。お客様?」
声のする方へ目を向けると、五人ほどの子供たちが不安げにこちらを見ていた。
「ドタドタと下りてくるな。こんなボロボロの家、あっという間に壊れるぞ」
「ごめんなさい。でもこれを見せたかったの」
一番前にいる女の子が両手で差し出したものは…。
私が声を上げるよりも早く、「ベアトリスっ」とヴォルの声がしてすかさず彼女の手からベアトリスを奪い取った。
ただ、ヴォルの姿は見えないので彼女たちからしたら、突然声が聞こえたかと思うとベアトリス―うさぎの編みぐるみが消えたように見えただろう。
ヴォルから離れていると見えるけれど、ヴォルが触れて自分のものだと認識するとそれは見えなくなる。
「え?人形が…ない?どういうこと?」
周りにいた子供たちも騒ぎ出す。
セルジュさんも「今突然消えたように見えたが…」とつぶやいている。
マズい。
どうしよう。
どうやって誤魔化そう。
「えーと、あの、その。お、お化けなんですっ!」
「おばけ?」
「実は私の住んでいる家は、街ではお化け屋敷と呼ばれていまして…」
「え?あの家に君は住んでいるのか?」
「セルジュさんもご存知なんですか?」
「街じゃ有名な話だからな」
「…ソウデスネ」
思わず棒読みになってしまった。
気を取り直した私は、冷や汗をかきつつ口から出まかせを並べた。
「心残りも解消されて一度はあの世へ旅立ったのですが、まだこちらの世界に未練があったようで、結局、この辺りをうろちょろうろちょろ…で現在に至ります」
「はあ?」
セルジュさんの何を言っているのかわからないといった顔を見ながら、そりゃそうよねと心の中でため息を吐く。
「話せば長くなるので省略しますが、うちに住むお化けが失くしたうさぎの編みぐるみ―人形を探していてここにたどり着いたんです。それでそのことをお伺いしようとした矢先に、探していた人形を見つけて嬉しさのあまり、人形と共に消えて行った…ということです」
「…」
「…」
しばらく無言で見つめ合っていた私たちだけど、結局セルジュさんが「そうか」と一言つぶやいて微妙な空気は霧散した…。
よかった、よかった。
隣で爆笑しているアレスさんは見なかったことにしよう。
ホッと胸をなで下ろしていると、納得のいかない様子の女の子が、
「私の人形はどこに行ったの?」
と泣き出した。
いや、そうなるよね。
私はその子の目線に合わせるようにかがむと、
「ごめんね。あの人形はうちのおばけのものなの」
「そんなのわからないじゃないっ。証拠でもあるのっ」
そう言われた私は、シャーロットを取り出した。
「さっきのピンクの人形もそうだけど、これ、私が作ったの。色が違うだけでそっくりでしょ?」
女の子は目を見開いて「かわいい」とつぶやいた。
そういえば和奏も小学生くらいのときに、編みぐるみを作ってあげたらすごく喜んでくれたっけ。
これくらいの年の女の子はかわいいものが好きだもの。
ベアトリスはヴォルのものだから仕方ないとはいえ酷よね。
「あの人形、気に入ってくれたの?」
目に涙を溜めた女の子―ピピは頷いた。
「わかったわ。次に会うときまでにピピのために作っておくわ。だから今は我慢してくれる?」
「本当?」
「えぇ。約束するわ」
「わかった。約束ね」
私がにこっと笑って頷くと、ピピは満足げに頷いた。
ホッとすると同時に、ピピの後ろに立つ、ピピより少し大きな女の子が羨ましそうな顔でピピを見ているのに気がついた。
顔立ちや髪の色が似ているので姉妹かもしれない。
「他にも欲しいって思ってくれている子はいる?みんなの分も作ってくるから」
私がそう言うと、ピピの後ろの女の子は驚いた顔をして、そして嬉しそうに笑った。
これから大事な話をするから二階へ行ってろと言われた子供たちを呼び止め、私はアイテムバッグから常備している甘さ控えめクッキーを取り出し、ピピに渡した。
子供たちは嬉しそうに二階へ上がって行った。