14 ベアトリスの捜索
「ここなの?」
ルーナ・ルーチェの賑わいから少し離れた路地裏にたたずむ小さな民家。
その家の玄関を指差した。
頷くヴォルを確認すると、目の前の家をじっくり観察した。
普通の民家だ。
この辺りの一般的な家だけど、家の前には所狭しとたくさんの鉢植えや小さな花壇があり、色とりどりの花が咲き乱れている。
家の扉にも花の形をした飾りが掛けられていて、横の窓にはレースのカーテンが揺れている。
その窓辺にはかわいいピンクの花が飾られた小さな一輪挿しの花瓶と、これまたかわいい手作りらしきリス…のような動物のぬいぐるみがちょこんと置かれている。
私好みのかわいらしい家だ。
と、ここで気がついた。
私と好みが似ているヴォルだから、ヴォルもこの家がかわいいと目に留まったのだろう。
「それで、ここでベアトリスをどうしたの?」
「この花の横に置いたんや。白い花がきれいに咲いとるさかい、一緒に並べるとかわいいと思うてな」
白いガーベラのような花の咲く鉢植えにちょこんとベアトリスが座る姿を想像する。
「確かにかわいいわ。インスタ映えするわね」
「そうやろ、そうやろ。わしも映えスポットやと思たんや」
暇なときはいつも家でテレビを見ているので、ここでは通じない言葉も覚えてやたらと使いたがる。
ヴォルはインスタグラムが何かもよくわからないくせに「映える」を使いたがって、あちこちで「インスタ映えするな」とか「ここは映えスポットやな」と、そういった場所を見つけては喜んでいる。
つまりは今日もそういうことなのだろう。
「ベアトリスをポケットから出してここに置いたのね。それで?」
「あまりにも可憐なベアトリスに似合うとるさかい、嬉しゅうなってそこら中飛び跳ねとった」
「はい?」
「それで気がついたらおらんようになっとった」
「はい!?」
「やっぱり誘拐されたに違いないやろ」
左手を腰に、右手の指を顎に添え、決めポーズでもしているかのように断言するヴォルに、私はため息をついた。
確かにこれではヴォルが失くしたとは一概には言えないかもしれない。
誰かに拾われたり、犬か何かが咥えて持って行ってしまった可能性もある。
だけどっ。
「そもそもヴォルはどうして目を離したの?」
「そんなもん、かわいかったからに決まっとるやろ。あまりのかわいさにそれを気持ちのままに飛び跳ねて表現しとっただけや。これでもわし、素直なかわいいやつやねん」
一人コントなの?
と、ツッコミそうになるのを耐え、言葉を飲み込んだ。
精霊というのは他人のことはおかまいなしに自分の思ったように生きる生き物だということは、この数か月一緒に暮らしてきて学んだけれど。
振り回される私の身にもなれっと思わなくもないけれど。
自分に素直に生きれることが少し羨ましいと思う私もいたりして。
だからといって精霊たちを見習えと言われても困るわと複雑な気持ちで思考の海に沈んでいた私は、アレスさんに話しかけられて少し驚いた。
「とりあえずこの家の住人に聞いてみるか。知っている可能性が一番高いだろ?」
「そうね。ヴォル。シャーロットは持ってる?」
ヴォルからシャーロットを受け取ると、私は入口の扉をノックした。
しばらくすると、家の中で動く気配がして、女の人が扉を開けてくれた。
「どちらさま?」
髪を一つにまとめた三十代くらいの女性が不安そうにこちらを見る。
でも次の瞬間、驚いたように、
「治療師様っ!来てくださったのですか?」
「え?]
「ありがとうございます。あの子はこっちです」
よくわからないまま連れてこられたのは、子供部屋だろうか。
かわいらしいお人形やおもちゃが並んでいる。
窓の近くのベッドには寝ている子供が一人。
熱が出ているのか、息が荒くて苦しそうだ。
話は後にして治療を先にしてしまいましょう。
ベッドに近づくとそっと顔を覗き込む。
まだ小さな女の子だ。
かわいそうに。
私は女の子にヒールをかけた。
一瞬、淡く手が光りすぐに消えた。
それと同時に女の子の吐く息が穏やかなものへと変わり、真っ赤だった頬も元の色に戻っていく。
「もう大丈夫ですよ」
この子のお母さんであろう女性に語りかけると、女性はホッとした表情を浮かべ頭を下げた。
「ありがとうございました。昨日から高熱が出て、今朝になっても少しも下がらなくて…。今日のルーナ・ルーチェを楽しみにし過ぎて興奮してしまったようです」
「そうでしたか。でもよかったです。まだ間に合いそうですからね」
「えぇ。本当にありがとうございました。ところでエイダはどこでしょう。治療師様を呼びに行くと言って家を飛び出したのですが…」
「へ?」
何のことだと首を傾げたところで、バンッと扉を開ける大きな音がした。
「お母さんっ。やっぱりダメだったっ。神父様に聞いたら治療師様は今日はお休みだって…。え?」
大きな声で母親を呼びながら入って来た十歳くらいの女の子は私を見て固まった。
目がどうしてと言っている。
それはそうだろう。
休みで捕まえられなかったはずの私がいるのだから。
「つまり治療師様は別の用があって、うちを訪ねて来られたのですね。申し訳ありません。てっきりエイダが呼んできてくれたのだと…」
恐縮しきりといった風の母親は申し訳なさそうに頭を下げた。
「いえ、これくらいいつでもおっしゃってください。こちらこそごめんなさい。いつも教会にいられればいいのですが、いろいろと多忙で…」
と、私も頭を下げた。
「とんでもない。こちらこそありがとうございました。おかげさまでトリルもそのうち目を覚ますでしょう。それよりも治療師様はうちにどんな用がおありだったんですか?」
母親の問いに、私はアイテムバッグから例のうさぎを取り出した。
「実はこれと同じものを探しているのですが、ご存知ありませんか?色は白ではなくピンクなのですが…」
私がシャーロット―白いうさぎの編みぐるみを見せると、母親はさあと首を傾げただけだったけれど、女の子―エイダが小さく「あっ」と声をあげた。
私はかがんで目線をエイダに合わせると、「知っているの?」と優しく問いかけた。
少しの間視線をキョロキョロと彷徨わせていたエイダは、やがて私を見て言った。
「あの人形、治療師様のだったの?私、知らなくて…。外に出たら玄関先の花壇の鉢植えの所にちょこんと置いてあったから、ルーナ・ルーチェに行けないトリルのために誰かが置いてくれたんだと思ったの。だからそれをトリルのベッドの横に置いて部屋を出ようとしたんだけど、あまりにもトリルがしんどそうだったからついその人形を持ったまま、治療師様を呼びに行こうと家を出たの。途中で持ったままだったのに気づいたんだけど、とりあえず教会まで走って行って…。でも教会へ行く途中、広場でブルズに偶然会っちゃって。ブルズはいつも私に意地悪をする男の子で、その時もあのお人形を無理矢理私から奪ってどこかへ行っちゃったの。すぐに追いかけようと思ったんだけど、ブルズは足が速いからすぐに見失っちゃって…」
それでとりあえず先に私を呼びに教会へ行ったけど、いなかったから急いで家に帰って来た、ということらしい。
「じゃあ、今はブルズっていう男の子が持っているのね?その子の家がどこにあるのか教えてくれる?」
エイダからブルズの特徴と家を聞き出すと、エイダの家を後にする。
不安そうな顔のエイダに、気にしなくていいからと声をかけるのも忘れない。
だってエイダのせいじゃないからね。
家の外で待っていてくれていたアレスさんとヴォルたちにエイダの話を説明し、ブルズの家に急ぐ。
「なるほど。こうやって情報収集と証拠品を探し、犯人を追い詰めていくのだな」
イヴァンの頭の上に座り、普段あまり感情を出さないシロも心なしか楽しそうだ。
思わずインパネスコート、鹿撃ち帽、パイプという探偵コスチュームに身を包むシロヘビ姿のシロを想像してしまい、笑みがこぼれる。
だって、一番似合いそうなんだもの。
ブルズの家に着くと、扉をノックしてみるものの応答がない。
まだルーナ・ルーチェから戻ってきていないようだ。
どうしたものかと思案するもひらめいた。
そうよ。
こういうときは警察犬の出番じゃない。
イヴァンに顔を向け、口を開く前に拒否された。
『我は犬ではないっ』
「狼もイヌ科じゃない」
『我は狼でもないと何度も言っておろうっ』
「…つまり何の役にも立たないってこと?」
私の言葉を聞いたイヴァンの額に青筋が立つ。
『…今、なんと言った?』
「役立たずです?」
「わははっ!そうや、その通りや…って今のは誰の声や?」
聞き覚えのないかわいい女の子の声に、私たちは周りをキョロキョロと見回すも姿は見えない。
いるのは私たちだけだ。
首を傾げる私たちの耳に再度女の子の声が聞こえた。
「イヴァン、役立たずです?」
え?
私は目を見開いて声の主を見た。