13 ベアトリス、行方不明になる
この声はヴォルね。
どこにいるのかしら。
キョロキョロと見えないヴォルを探していると、ふいに近くで焦ったヴォルの声が聞こえた。
大きな声で私を呼ぶから、アレスさんまで何事かとキョロキョロと探している。
そういえば、アレスさんはヴォルのことを知らないんだっけ。
「サキっ。どないしたらええっ?ベアトリスが行方不明やっ。かわいいさかい誘拐されたんかもしれんっ」
ベアトリスって確か、この間作ったピンクのうさぎの編みぐるみよね。
行方不明とか誘拐とか聞こえた気がするんだけど。
どういうことだと首をひねる私に、アレスさんも同じように首をひねる。
「声は聞こえるのに姿が見えねえ。目くらまし…幻惑魔法か。サキの知り合いか?」
アレスさんの問いかけに違うとも言えず、目を泳がせる。
今更誤魔化すこともできないし、アレスさんならきっと黙っていてくれるはず…。
とにかくどこか人目につかない場所へ移動しなくちゃ。
「アレスさん。この辺りにこっそり話ができる場所ってありますか?」
「うん?ああ、それなら…商業ギルドだな」
「商業ギルド?」
「そうだ。商業ギルドの二階には商談をまとめたり、人に聞かれたくない話をしたいときに借りれる小さな部屋がいくつかある。もちろん、防音対策もばっちりだ」
「へぇ。そんな部屋があるんですか。知りませんでした。その部屋は誰でも借りることができるんですか?」
「あぁ。商業ギルドの登録者なら無料だし、登録してなくても金さえ払えば借りれる…ってサキ。また敬語に戻ってるぞ」
「あれ?ごめんなさい。慣れなくて…」
若い子ならばここはてへぺろとでも言うところなんだろうけど、中身おばさんの私は少々恥ずかしい。
なので、へへと愛想笑いで誤魔化すことにした。
商業ギルドは思いのほか、混雑していた。
ルーナ・ルーチェなのに?と思ったけれど、ルーナ・ルーチェだから、かもしれない。
祭りより仕事優先の人間もいるだろうし、その人たちからしたら今日みたいな賑やかな日は防音対策もバッチリだという商業ギルドで仕事をする方がはかどるのだろう。
受付嬢に小部屋を借りたい旨を告げ、鍵を受け取る。
鍵を持って二階へ上がり、指定された部屋へ入る。
さして広くもない、こじんまりとした部屋で、商談や内緒話をするにはちょうど良さそうだ。
扉を閉めて鍵をかける。
「サキ。これでいいか?」
「ありがとう、アレスさん。さあ出てきてもいいわよ」
私とアレスさん、そしていつの間にか戻ってきていたイヴァンの前にヴォルが現れた。
ユラも一緒だったようで、ユラの姿も見える。
「サキっ。どないしようっ。ベアトリスがっ。早う助けてやらんとベアトリスが泣いとるっ」
喚くヴォルをポカンとした顔で見つめるアレスさんが目の端に映る。
うん、そうなるよね。
わかるっ。
わかるよっ。
私もそうだった。
「これは何だ?魔物か?」
我に返ったアレスさんがヴォルを指差してつぶやく。
誰しも反応は同じようで、くすくすと笑いながら、アレスさんに紹介する。
「彼はヴォル。火の精霊だそうよ」
「…火の…精霊…?え?まさかヴォルカン!?」
私が頷けばアレスさんは茫然としたまま、ヴォルを見ている。
「火の精霊ってこんなのなのか?俺の聞いた伝承じゃドラゴンのような生物だって…。本当に精霊なのか?」
「アレスさんが信じられないのも無理ないわ。私も初めて見たときは魔物だと思ったもの。目つきも怖いし口も悪いけど、正真正銘火の精霊・ヴォルカンよ。イヴァンとシロが認めてるもの」
衝撃の事実をなんとか受け入れたアレスさんは次の疑問を口にする。
「火の精霊がどうしてサキと一緒にいるんだ?」
まぁ、そうなるよね。
「いろいろあって今は私の従魔なの。でも誰にも言ってないの。エドさんやマルクルさんも知らないわ。面倒だからアレスさんも内緒にしておいて。ね、お願い」
少し首を傾げ、胸の前で手を組んで、背の高いアレスさんを上目遣いで見つめる。
どうだっ!
乙女の上目遣いっ。
アレスさんはちょっぴり頬を赤らめ、視線を逸らした。
「お、おう。わかった。誰にも言わねえ。でも…」
よしっとガッツポーズをする私に逸らした視線を戻すと、アレスさんは真剣な面持ちで言った。
「そのいろいろをいつか話してくれ。俺はサキのすべてが知りたい」
え?
アレスさんの真剣な眼差しにドキッとする。
「す、すべてって…」
「俺は…」
「おいっ。何、朝ドラみたいなことしとんねんっ。今はそんなことしとる場合やないっ。ベアトリスやっ」
ヴォルの怒鳴り声にハッとした私はヴォルに意識を向けた。
胸のドキドキには気づかないふりをする。
「ベアトリスが行方不明ってどういうこと?また失くしたの?」
「そうやないっ。大事に胸ポケットに入れて一緒に祭りを楽しんどったんや。せやけど、気がついたらポケットからおらんようになっとって…」
「それを失くしたというのよ」
「わしが大事なベアトリスを失くすわけないやろっ」
「メアリーを失くしたわよね?」
「そうやない。あれは攫われたんや」
「シャーロットもいなくなったわよね?」
「そうやない。一本の糸になって消えてしもたんや」
「結局、ヴォルの不注意ってことに変わりないでしょ」
「わしのせいやないっ。わしはちっとも悪うないっ」
「犯人は必ずそう言うのよね」
「…犯人?そうや。わしらで真犯人を見つければいいんや。よし。そうと決まれば早速行動や。行くで、お前ら」
お前ら?
まさか私たちまで入ってないわよね?
「じゃあ、私たちはルーナ・ルーチェに戻るから。また後で…」
集合しましょう、と言う前に、ヴォルが言葉を被せてきた。
「何言うとんねん。お前も一緒に真犯人探しをするに決まっとるやろ。シャーロットかてベアトリスが無事に帰ってくるのを待っとるんや。早う探してやらんとかわいそうやろっ」
「え?私もするの?」
「当たり前や」
ふと見ると、イヴァンやシロ、ユラまで当然だと言うように頷いている。
何なの?
仲間意識…いえこのチーム感は…。
はっ!
そうだ、今彼らは推理ドラマにハマっているんだった。
まさか、ドラマの刑事や探偵のつもりでいるんじゃ…。
そしてそれは間違いではなかった。
『では、先ずは聞き込みだな』
嬉しそうに話すイヴァンに、私は突っ込む。
「イヴァンは念話しかできないじゃない。それに私以外と話したくないなんて言ってたのに、どうするの?」
『そ、それは…』
「大丈夫や。わしらがおる」
胸を張るヴォルとシロに、やっぱり私は突っ込む。
「怖がって誰もあなたたちと話してくれないわよ」
私の周りでくるくる回ってアピールするユラにも一言。
「そもそもユラは話せないでしょ」
肩を落とす四人に私もはあ、と肩を落とす。
これじゃあ、私が手伝うの一択しかないじゃないの。
せっかくアレスさんとルーナ・ルーチェを楽しんでたのに…。
…。
あれ?
私、アレスさんと楽しんでいるルーナ・ルーチェを邪魔されるのが嫌なの?
…。
そうじゃない、そうじゃないわ。
楽しいことを邪魔されることが嫌なのよ。
そうよ。
大事なのはアレスさんと一緒、じゃなくて楽しいルーナ・ルーチェってとこよね。
「サキ」
いろいろ言い訳を考えていると、突然アレスさんに名前を呼ばれ、思い切り心臓が跳ねた。
「な、何?」
ドキドキする胸を押さえながらアレスさんを見ると、
「よくわからないが…」
とおずおずとアレスさんは切り出した。
「火の精霊の大切な何かがなくなったから探してほしいということか?」
「まあ、そういうことね」
「で、サキは手伝う気なんだろう?」
できれば勝手にしてほしいところだけど、放っておくと何をするかわからないから手伝うしかないのよね。
はあ、とため息をつきつつ、
「そうするしかなさそうだから手伝うわ。でないと、大変なことになりそうだもの。特にエドさんやマルクルさんたちにヴォルが見つかったらややこしくなるから」
「そういや、エドやマルクルもヴォルカンのことを知らないって言ってたな」
「そうなの。さっき言ったいろいろの中にある話なの」
「そうか。それならそのいろいろを聞くのが楽しみだ」
「そんなに嬉しそうに言わないで。本当に大変だったんだから」
「くく…。本当に大変だったんだな。顔に出てる」
小さく笑いながら、アレスさんは私の頭を撫でた。
とても優しい手だった。
「よし。さっさと大事な探し物を見つけて、それからまたのんびりルーナ・ルーチェを楽しむか。時間はまだあるからな」
「え?アレスさんも探すのを手伝ってくれるの?」
「ああ。人数は多い方がいいだろう?」
「ありがとう、アレスさん」
私たちの後ろでイヴァンたち四人がひそひそと内緒話をしているのも気になったけれど、さっさと探偵ごっこを終わらそう。
でないと、ルーナ・ルーチェの方が終わってしまう。
そうと決まれば私たちは、ヴォルがベアトリスを失くしたと思われる場所へ急いだ。