12 デートなんかじゃないですよ
なんだかんだと忙しくしているうちに、気がつけば祭り当日だ。
ロザリーさんに選んでもらった水色のワンピースを着て、鏡の前でおかしなところがないかチェックする。
この間ロザリーさんが、街の女の子に一番人気だという洋服店に連れて行ってくれて、私に一番似合うと選んでくれたワンピースだ。
袖回りと胸元、スカートの裾にもきれいな花模様の刺繡が施されていてとてもかわいい。
いつもは三つ編みにしている髪も今日はハーフアップにして、華美にならない程度にお化粧もして。
それからアレスさんにもらったネックレスをつけた。
胸元でキラキラと輝いている。
アレスさん、喜んでくれるかしら。
仕上げに、ニコの羽根で作ったイヤリングをつけた。
顔の横でユラユラと揺れて、派手な化粧をしなくても顔周りが華やかに見える。
とてもシンプルなので作り方も簡単。
白いコットンパールに9ピンを通し先を丸める。
カシメの内側に接着剤をつけ、羽根の先をのせ、ヤットコと呼ばれる道具で折りたたみ、しっかり固定する。
同じものを二つ作れば、あとはイヤリング金具にコットンパール、ニコの羽根をつなげて完成。
「そろそろ約束の時間ね。さぁ、行きましょうか」
私の言葉にみなが嬉しそうに私に近寄ってくる。
もちろん、イヴァンは一緒に行くだろうと思っていたけど、他の三人も一緒に行くと言い出した。
一度人間の祭りを見るのも楽しそうだと言って。
そう、私を含めてみんなが初めての夏祭り‐ルーナ・ルーチェを心待ちにしていたのだ。
ユラの家に転移すると、ヴォルとユラは姿を消した。
シロは小さくなり、イヴァンの毛の中に隠れる。
店を出ると、通りはたくさんの人で溢れていた。
みんな楽しそうに笑顔で通り過ぎていく。
ルーナ・ルーチェのメイン会場は中央広場で、その名の通り街の中央にある一番大きな広場だ。
この分じゃ想像以上の人で溢れていそうね。
ユラは大丈夫かしら。
たくさんの人間にまだ慣れていないユラに、そっと声をかけてみる。
見えないので適当だけど。
「ユラ、大丈夫?怖くない?」
しまった。
姿が見えないのでユラのリアクションがわからない。
すると耳元でヴォルが教えてくれる。
「まだ、ちょっと怖いみたいやけど、わしらから離れんようにするから心配はいらん、言うとるで」
「そうなの?よかったわ。ありがとう、ヴォル」
「サキっ!」
そんな会話をしていると名前を呼ばれ、声のした方へ顔を向けると、いつもより少しおしゃれな服に身を包んだアレスさんがいた。
黒のズボンに襟のないシンプルな白シャツ。
さらにシャツの上から幅広のベルトを巻いて。
今、街の若い男性の間で流行っている服装だとロザリーさんに聞いた。
かくいう私も女性に人気の、袖口にむかって広がっているベルスリープのワンピースだ。
特に袖口にレースがあしらわれているものが一番人気だそうで、姪っ子の和奏に教えてもらったのだけど、こういう袖口のことを「姫袖」と言うらしい。
さすがにここでは通じない言葉だろうけど。
「今日はお誘いいただいてありがとうございます」
さわやかなイケメン風のアレスさんに、頭を下げた。
「そんなにかしこまらないでくれ。せっかくの祭りだし楽しもうぜ」
ニカっと笑うアレスさんに少しだけドキドキしながら、私も「はい」と笑顔で答える。
「あー、その、なんだ。今日のサキは…か、かわいいな。うん、すごく似合ってる。それにそのネックレスを着けてくれてるんだな」
照れているのか少し顔を赤くしながら、あさっての方向を向いて言うアレスさんにつられて私まで顔が赤くなる。
「アレスさんこそ、とても…かっこいいですよ。さすがに今日は大剣は背負ってないんですね」
「あ?あぁ、まあ魔物相手でもなけりゃ必要ねぇしな」
「ふふ。そうですね」
アレスさんと並んで、メイン会場となる中央広場に向かって歩いていく。
中央広場へ続く通りという通りに店が並び、一層賑わいを見せている。
子供たちだけでなく、街中の人たちが祭りを楽しんでいる。
通りのあちらこちらからいい匂いが漂ってくる。
肉を焼く香ばしい匂いだったり、食欲をそそるソースの匂いだったり。
私たちはこれといった目的があるわけではないので、一つ一つ店を覗き、気になるものを手に取って吟味したり、美味しそうに焼けている串焼きを食べたりとルーナ・ルーチェを楽しんでいた。
イヴァンたちにも気になったものをこっそりあげてみたけれど、みな一様に美味しいけど何かが足りないと口にする。
それでも祭りの楽し気な雰囲気に彼らも楽しそうだ。
最初は心配していたユラも、私たちとつかず離れずの距離を保ちながら楽しんでいるみたいでホッとする。
中央広場に足を踏み入れると、そこは思った以上に人で溢れかえっていた。
お店もたくさん立ち並んでいる。
すれ違う人はみな笑顔で本当に楽しそうだ。
最近は街の人たちもイヴァンに慣れてきたのか露骨に避けられることも少なくなって、受け入れられてきたのかと嬉しくなってくる。
その後もあちこちの店を見て回り、そろそろ歩き疲れたので休憩をしようと広場の隅に作られた休憩所へ足を向けた。
精霊たちはその辺りを見てくると私たちから離れて行ってしまった。
イヴァンも一緒だ。
結界もあるし、アレスさんもいるから大丈夫だと判断されたらしい。
ベンチに座ってたわいない話をしているとき、ふと気がついた。
これってもしかしていわゆるデートというものでは…。
そう思った途端、頬に熱が集まった。
いやいや、そんなものではない…はず。
二人きりだけど…。
不意にアメリの言葉が脳裏によみがえる。
ルーナ・ルーチェは恋人たちの祭りよ。
いやいや、恋人たちだけじゃなくてみんなの祭りでもあるはずよ。
だって夏祭りだもの。
だから何の問題もないわと自分に納得させていると、
「サキ?どうした?疲れたのか?」
とアレスさんが心配そうに私の顔を覗き込んでくる。
!?
思わず反射的に体を反らし、顔の前でぶんぶんと手を振る。
「な、何でもないの、本当に。大丈夫だから」
はははと笑いながら、誤魔化す。
すると、アレスさんが一瞬の間をおいてふわりと笑った。
その笑顔にドキッとすると同時に何故か懐かしさがこみあげてきた。
懐かしい?
どうしてかしら。
「その話し方、いいな。これからも敬語じゃなくてそんな風に話してほしい」
焦って思わず敬語を忘れてしまったわ。
「で、でもアレスさんの方が年上ですし、やっぱりタメ口というのは…」
「敬語で話されるとなんていうか、壁があるみたいで嫌なんだ。俺はサキと対等で話がしたい」
どうしてだろう。
他の人に言われても「はい」とは言えないのに、アレスさんにそう言われたら素直に「はい」と言いたくなってしまう。
むしろ嬉しいと思えるくらい。
「サキ?」
アレスさんの瞳に悲しみの色が浮かぶのが見えて、ハッとする。
「あっ、ごめんなさい。あの、はい、わかりました…じゃなくてわかった」
これでいい?とでも言うように小首を傾げてアレスさんを見ると、アレスさんはとても嬉しそうに笑った。
しばらくほのぼのと話をしたり、祭りを楽しむ街の人を眺めたりと私たちなりに祭りを楽しんでいると、また聞き覚えのある声に名前を呼ばれた。
「サキ!?」
見ると、モリドさんが少し驚いた顔で私たちを交互に見ている。
「モリドさん、こんにちは。モリドさんもルーナ・ルーチェに?」
「い、いや俺は今日は祭りの警備に当たってて、今は巡回中で…。その、サキは…どうしてアレスと?」
チラチラとアレスさんの方を見ながら、モリドさんは聞いてくる。
「アレスさんに誘っていただいたからです。私、お祭りって初めてで…」
この世界に来てからは、と心の中で付け加えておく。
「そ、そうなのか…。こんなことなら俺も誘えば…」
「はい?何か言いました?」
「い、いや別に何も…」
言葉を濁すモリドさんに首をひねりながらも、
「モリドさんは今日お仕事だったんですね。ご苦労様です。それなのに私たち、祭りを楽しんでしまって何だか申し訳ないような…」
思わず眉を下げる私に、モリドさんは、
「サキが気にすることないからっ。隊長が一人で暇してるくらいなら警備を手伝えって。どうせ誘う相手もいないだろうって。それで…」
「あら、エドさんてば…。そんなことを言われたら誘いたい人がいても誘えないじゃないですか。モリドさんは優しいから断れなかったんでしょう。でもそういうときは誘う相手の一人や二人いますって、きっぱり断らないとダメですよ。でないと彼女がかわいそうですよ」
「え?それって誰のことを…」
なんだかモリドさんは顔を赤くしたり青くしたり、あげくに眉間にしわを寄せて考え込んだ。
「サキ。お前誰のことを言ってるんだ?」
それまで黙って私たちのやりとりを見ていたアレスさんが口を挟んできた。
「誰ってリネイさんよ。彼女、とっても美人なの。羨ましいくらいお似合いの二人なのよ」
にこにこと答える私にモリドさんはあわてて、
「ち、違うっ。誤解だっ。リネイはただの幼馴染だっ。それだけだっ。それよりっ。サキは何でアレスとはタメ口なんだ?俺は年上だからダメだって言ったのにっ。アレスの方がもっと年上だろっ」
「え?」
そういえば以前そんなことを言ったような気がする。
「そんなことも…ありましたね」
上手い言い訳が見つからず、思わず視線を逸らす。
「じ、じゃあこれからは俺ともタメ口で。いいだろ、サキっ」
何故か必死さのうかがえる顔で、迫ってくるモリドさんにダメとは言えず、首を縦に振る。
「わ、わかったから。これでいい?」
アラフィフの私からみたらモリドさんは息子くらいの年齢だもの。
彼がそれでいいと言うなら仕方がないわよね。
嬉しそうに笑うモリドさんを見て、またしても親戚の子を見るおばちゃんの心境になる私だった。
と、そこへ広場の中央辺りから誰かの悲鳴が聞こえてきた。
「泥棒っっ!誰か捕まえてっ」
声のした方へ目を向けると、帽子を目深にかぶった男が、鞄か何かを脇に挟み、広場の奥の方へ走って行くのが見えた。
「おい。捕まえなくていいのか?」
アレスさんの声にモリドさんは何か言いたそうにしていたけれど、職務を全うするために駆け出して行った。
「警備隊の方って大変ね。今度また差し入れを持って行ってあげようかな」
モリドさんの走り去った方へ目を向けたまま、私はボソッとつぶやいた。
「え?差し入れ?サキはモリドたちに差し入れを持って行ってるのか?」
私のつぶやきを拾ったアレスさんは驚いた顔をしたけど、私が頷くと、すぐに少し拗ねたような表情で「俺もサキの手料理が食いたい」と言った。
その顔がなんだかおかしくて、クスクス笑いながら、
「いいですよ。私なんかの手料理でよければ作りますよ」
「敬語になってる」
「ごめんなさい。えーと、アレスさんにも心を込めて作るわ。そうだ、今度ドラゴンナイトのみなさんも一緒に…」
「いらん」
最後まで言う前にアレスさんに否定された。
「あいつらまで一緒でなくていい」
「そ、そう?」
大勢で食べたほうが美味しいと思うんだけど…。
喧嘩でもしてるのかしら?
アレスさんの横顔を見る私の視線に、
「言っておくが、別に喧嘩なんてしてないからな」
なんでわかったのかしら。
心の中で首を傾げていると、私の名前を呼ぶ焦った声がどこからか聞こえてきた。
本日三度目である。