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のんびりまったり異世界生活  作者: 和奏
第三章 こうなったら異世界生活を楽しみます
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9 靴下の勝利とシロの意外な才能

 次の日、私は朝からせっせと編み物をしていた。

 昨日久しぶりにした編み物が楽しくて、何か編みたいと思ったときに脳裏に浮かんだのがイヴァンの靴下だった。

 かき氷屋を開店(オープン)する前にもう一度氷の調達に行きたかったので、今度はイヴァンが滑らないように裏に滑り止めのついた靴下を編むことにしたのだ。


 考えるまでもなく、狼の足に合う靴下なんて家になかったからね。


 イヴァンの瞳の色である薄い紫の毛糸を選び、さっき測ったイヴァンの足のサイズに合わせて編んでいく。

 靴下というと難しそうに思えるけど、かぎ針を使って細編み、長編み、鎖編みといった基本の編み方で編むのでそれほど難しくもない。

 それでもかなり大きなイヴァンの足に合わせた靴下を、それも四つも編むのだから思いのほか時間がかかる。

 それでも好きなことなので苦にはならない。

 一日かけてイヴァンの靴下を編み上げた。

 足裏の部分に滑り止めを貼り付けたら完成だ。

 当のイヴァンは嫌そうな顔をしているけれど、イヴァンの安全が最重要事項なので無視だ。


 翌日、私が編んだ靴下をはいたイヴァンと、それを羨ましそうに見つめるヴォルと一緒にコルドラ山の山頂へと向かった。

 前に行ったことのある場所なので転移魔法を使う。

 イヴァンの背に乗らなくて済むので、内心ホッとしていたら、ギロッとイヴァンに睨まれた。


 ごめんなさい、イヴァン。

 私だって、我が身がかわいいのよ。


 山頂に着くと、前回と同じ寒々とした景色が眼前に広がっており、取り尽くした湖の氷も元通りのようだ。

 ただ一つを除いて。

 目の前には怒りの表情で何かに襲い掛かろうとしているフリージオルグリズリーがいた。

 怒りのあまり、私たちが来たことにも気づかないほどだ。

 フリージオルグリズリーの怒りの矛先は…え?

 なんと同じくフリージオルグリズリーだった。


「ねえ、イヴァン。前に来たときフリージオルグリズリーはやっつけたよね?なのにどうして目の前にフリージオルグリズリーがいるの?それも二匹も」


 茫然とする私にイヴァンは、


『この山を縄張りにしていたフリージオルグリズリーが死んだのだ。別の誰かがやってきてもおかしくはない。今回はたまたま二匹のフリージオルグリズリーが縄張り争いをしていた…ということであろう』


「せやけど、あいつら、わしらのことにまるで気がつかんほど、目の前の敵に集中しとるの。殺るなら今とちゃうか?」


 ヴォルが小さな火の玉をポコポコ出しながらニヤリと笑う。


『いや、今やつらに仕掛けに行って、奴らの意識がこちらに向けば二匹同時に相手にせねばならぬ。それはそれで面倒だ』


「それもそうやな。ほな、どっちかが殺られた瞬間に残った方に仕掛けるか」


『あぁ、それが良いだろう』


 私たちはフリージオルグリズリーに気づかれないように身を隠し、息をひそめた。

 そしてその時は待つほどもなく訪れた。

 魔力の差なのか、経験の差なのか、左側のフリージオルグリズリーがかちこちに凍らされ動けなくなると、右側のフリージオルグリズリーが右腕を大きく振り上げて力任せに殴り掛かった。

 凍っていた方のフリージオルグリズリーは殴られた瞬間、粉々に砕け散った。

 飛び散った無数の欠片が太陽の光を受けてキラキラと輝いた。

 こんな状況にもかかわらず、それはとても幻想的な光景だった。

 思わず感嘆のため息をつく私を、イヴァンの怒鳴り声が現実に引き戻す。


『行くぞっ』


 敵認定した同族を葬り、悦に浸っているフリージオルグリズリーに向かって、イヴァンが飛び出しすぐさま風の刃(ウインドカッター)を繰り出したかと思うと、フリージオルグリズリーの首の後ろに噛みついた。

 突然の攻撃に驚きながらも、すぐさま反撃に転じるフリージオルグリズリーは体をひねり、イヴァンを振り落とそうと暴れる。

 すかさず、ヴォルが炎の鎖(フレイムチェイン)を唱えた。

 と同時にイヴァンが飛び退った。

 フリージオルグリズリーの両手両足に絡みついた炎の鎖はフリージオルグリズリーの両手両足の自由を奪い、さらに別の炎の鎖でフリージオルグリズリーを引き倒す。

 それを見た私はすぐに風魔法を使いフリージオルグリズリーの倒れた体の上の空気を圧縮した。

 そう、以前メイブに使ったやつだ。

 そうやって、フリージオルグリズリーを動けないようにすると、ヴォルがフリージオルグリズリーの頭に炎の槍(フレイムランス)を降らせた。

 最後にイヴァンが風の(ウインドカッター)でフリージオルグリズリーの首を切り落とした。


「や、やったーっ。やっつけたわーっ」


 勝利の雄たけびを上げると私はイヴァンに抱きついた。

 またマルクルさんに怒られないように、事前にしっかりと作戦を練っていたのだ。

 最小限の破損で済むように。

 まさかこんなにすぐ使うことになるとは思わなかったけれど。


「イヴァン、どう?靴下を履いていたから今日は滑らずに済んだでしょ。その上暖かいし、言うことなしだね」


『…。だが、この姿はあまり格好良いとは言えぬ。我は風の精霊(フェンリル)だというのに』


 ぶつぶつと文句を言うイヴァンにヴォルが、


「そんなに嫌ならわしがもらったるさかい、今すぐ脱げ。わしなら喜んでそこら中ぴょんぴょん跳ね回っとるとこや。そうや、今からでも遅うない。わしの分も作ってくれ」


 私が作った靴下を欲しがってくれるのは嬉しいけど、ヴォルには滑らない肉球、あるよね。

 うさぎにはないのにヴォルにはある、肉球。

 ヴォルって本当に何なんだろう。

 不思議な生物だわ。


『べ、別に嫌だとは言っておらぬっ。ちょっと見た目が気になっただけだっ。お前にやるつもりはないっ』


 捨て台詞とともに少し離れた場所へ移動するイヴァンを、笑いをこらえて見送った。


 ホントにかわいいんだから。


 それから首のないフリージオルグリズリーをアイテムバッグに入れ、少し考えて焼け焦げた頭の部分も一緒にバッグに入れた。


 もしかしたらこれも使えるかもしれないしね。


 フリージオルグリズリーの処理を終え、いざ氷を切り出そうと湖の方へ歩き出そうとしたとき、雪の上に大きな水晶のような丸いものが落ちているのに気づいた。

 占い師さんが占うときに手をかざす場面が脳裏に浮かぶ。


 占い師さんの水晶…かしら。


 拾い上げてみると、冷っとするけれど、それほど重くはない。

 むしろ、水晶だとしたら軽すぎる。

 両手でないと持てないほどの大きさなのだ。


 水晶ではなさそうね。

 魔石?

 いつも見ている魔石とは見た目が違うけど。


 魔石はつるっとした石ころみたいで、赤とか青とか色がついている。

 赤みがついているものは火魔法に、青みがついているものは水魔法にというように最適な使い方がある。


 じっと手の中のものを見つめる私に気づいたイヴァンが教えてくれた。


『それは凍える石、フリージングジェムだ。フリージオルグリズリーからしかとれぬ魔石の一種だ』


「これも魔石なの?いつものとは違うけど」


『あぁ。一口に魔石といってもいろいろなものがある。それを入れておけば冷やしたり、凍らせたりすることができる。その石に魔力を通し温度を調節して使う。まあ、サキの家にある白い箱と同じようなものだな』


 なるほど、冷蔵庫の代わりになるのね。

 じゃあ、ユラの家で使えば重宝するわ。


 凍える石(フリージングジェム)をアイテムバッグに入れると、気分良く本来の目的である氷の切り出しを始めた。


 コルドラ山から帰ると、着々とかき氷屋の準備を進めていく。

 もちろん、合間には教会で治療師としての仕事もこなし、イヴァンたちの世話もする。

 なかなか忙しい毎日だけど、これはこれで楽しい。

 あっという間にかき氷屋の開店(オープン)初日を迎えた。


 街の大工さんに頼んで作ってもらったメニュースタンドには、忙しい合間を縫ってトールペイントという技法でかき氷の絵を描いた。

 いや、描こうとした。


 トールペイントは塗り絵のようなもので、下書きした図案に色を重ねていくというもの。

 きれいに下処理したメニュースタンドにかき氷の写真を参考に下書きをし、アクリル絵の具で色を塗り、最後に耐水性の油性ニスを塗って完成だ。

 簡単な説明になってしまったけれど、実際はもっと大変だった。

 何故なら私に絵心がないからだ。

 かき氷の図案がなかったので、下書きの時点で私の絵心が試された。

 何度か練習してみたけれど、かき氷っぽいものしか描けない。

 昔、興味を持ってトールペイントを始めてみたものの、あまりの絵心のなさに折れてしまって、それ以降手を出したことはなかったのだけど、やはり体は若返っても絵心が育つことはなかったようだ。

 もういっそ、印刷したかき氷の写真をメニュースタンドに貼り付けてしまおうかと考えていると、思わぬ才能を発揮した人物がいた。

 シロだ。

 あまりにも四苦八苦する私を不憫に思った…わけでもなく、ただ純粋に興味を持ったシロがやりたいと言ったので、簡単に描き方を教えると人型になったシロは右手に持った筆をゆっくり動かし始めた。


 う、上手いっ。


 しばらくシロが描くのを見ていたけど、シロは時間をかけてそっくりに写し取っていく。

 これはもうトールペイントというよりアクリル画だ。

 私としてはかわいくトールペイントで仕上げるつもりだったけど、これはこれで有りだ。

 シロップの色の指定だけすると、あとはシロに任せて、私は他の準備をすることにした。


 店の前にメニュースタンドを設置する。

 少し離れて見ても、なかなかの大作だ。

 シロにこんな才能があったなんて驚きだけど、かき氷だかなんだかわからない絵や問題になりそうな写真を貼り付けるなんてことをしなくて済んでよかったと思う。


 店の中へ戻ろうとして、ふと空を見上げる。

 仕事へ向かう人たちが行きかう時間なのに、少し汗ばむくらいの暑さだ。


 今日も暑くなりそうね。

 この分じゃかき氷も売れそうだわ。


 ホッとしながら店の中へ戻り、開店準備を始めた。


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