8 新しいお気に入り
転移魔法のことを知っているアレスさんに誤魔化す必要もないので、直接アレスさんの家から風の森の家に転移した。
もう陽の落ちる直前だ。
部屋の明かりををつけようと手を伸ばす私の視界にうっすら白いものが見えた。
ぎょっとしてあわてて明かりをつけると、そこにはじっと立ち尽くすヴォルの姿があった。
「ヴォル?どうしたの?明かりもつけないで」
するとヴォルは無言で私の方へそっと手を伸ばしてきた。
思わず私も手を出すと私の手のひらに何かが落ちた。
見ると白い毛糸の塊だった。
「何なの?これ」
「…シャーロットや」
「シャーロット?」
確かシャーロットは白い編みぐるみのうさぎよね。
え!?
「大事に連れ歩いとったら知らんうちに枝に引っかかってしもとって、気づいたらこんなんになっとった。なぁ、サキ。わしどうしたらええんや?」
半泣きのヴォルのうるうるする瞳を見て、やっぱりうるうるの瞳が似合うのはかわいい子だけよね、なんて思いながら、でも本当に悲しんでいるのは疑いようもないので、仕方ないとため息を一つこぼし、
「待ってて。夕飯が済んだら直してあげるから」
跡形なくほどけて毛糸の塊になってしまったシャーロットを一旦ヴォルに返すと夕飯の支度をすべくキッチンへ向かった。
今日は何にしよう。
冷蔵庫からキャベツを取り出し考える。
そうだ、お好み焼きにしよう。
テーブルの上で焼きながら食べるのもいいわね。
材料をそろえるとすぐさま作り始める。
豚バラ肉は塩こしょうをする。
キャベツは粗く刻み、青ネギは小口切りに。
ボウルに水、だしの素を入れてよく混ぜ、割りほぐした卵、すりおろした長芋、薄力粉を加えてなめらかになるまで混ぜる。
刻んだキャベツと青ネギ、天かすを加えて混ぜる。
生地の準備ができると次はホットプレートの用意。
テーブルにセットし、油をひいて生地を流し込む。
丸く形を整えたら上に豚バラ肉を乗せじっくり焼く。
焼き目がついたら裏返し、弱火にしてふたをし、火が通るまで蒸し焼きにする。
仕上げにお好み焼きソース、マヨネーズ、青のり、鰹節をかければ完成。
イヴァンとヴォルだけでなく、いつの間にか戻ってきていたシロやユラも椅子に座って焼きあがるのを嬉しそうに見ている。
ホットプレートの上で美味しそうにじゅうじゅうと音を立てるお好み焼きに目がキラキラと輝いている。
なんだか私も嬉しくなって、目の前で作るのもいいわねえ、なんて最初は呑気に考えていたけど、すぐにそれが間違いだと気づいた。
味わって食べるということを、あいかわらず理解していないのかしたくないのか、ものすごいスピードで平らげていく精霊たちに、焼いているそばからまだかと催促される。
焼きあがると誰かの皿にポイッと置き、また次を作り始める。
幾度となく繰り返し、最後の生地をホットプレートに流し込んだときに気づいた。
私の分は!?
みんなのお好み焼きを焼くのに必死で、自分のことは忘れていた。
それに気づいた途端、ぐぅーと私のお腹が鳴った。
「ダ、ダメよっ。これは私のだからねっ」
ぶぅぶぅ不平を言うイヴァンたちを無視し、私の夕食を確保する。
熱々のお好み焼きを食べながら幸せ気分を味わっていると、ヴォルが恨めしそうに言った。
「お前、帰って来てからなんや嬉しそうやのう。わしのシャーロットがあんなひどい目におうとるいうのに」
「そう?いつもと同じでしょ」
切ったお好み焼きをはふはふと口にいれながら言うと、キッと私を睨みつけながら、
「うそつけっ。めっちゃ嬉しそうやんけ。飯作っとるときも鼻歌なんか歌っとったやないか」
「え?そうだった?」
「お前、自分のことやのに気づいとらんかったんか!?どれだけわしが悲しんどるかわかっとるくせにっ」
ごめん。
全然気づいてなかったわ。
『だが、お前とて飯のいい匂いがし始めたら、シャーロットとやらはそっちのけでそわそわしておったではないか』
イヴァンが小馬鹿にしたようにヴォルに言う。
「何言うとんねん。こんな姿になってしもたシャーロットがかわいそすぎて食欲ものうなったっちゅうねん」
「いや、しっかり完食しておっただろう」
シロのツッコミが入る。
「はあ!?いつもの半分も喉を通らんかったわっ」
半分!?
イヴァンと同じくらい食べてたような気がするんだけど…。
「お前ら、わしのシャーロットに対する愛を疑うんかっ。バカにされて黙っとるようなわしとちゃうでっ」
そう言いながら、ヴォルはポッポッと火の玉を出した。
『ほほう。やるか?』
イヴァンとヴォルの緊迫したにらみ合いに、水を差すようなシロの声が割って入った。
「やるなら外でやれ。うっとおしくてかなわぬ」
シロの言葉に反応した二人の怒りの矛先がシロに向いた途端、二人の上に大量の水が降り注いだ。
『何をするっ』
「何すんねんっ」
「何するのっ!!家の中が水浸しになった…え?」
思わず私も叫び声を上げるけれど、気づけば庭にいた。
「これなら家の中が濡れることもなかろう。サキ。そろそろデザートの時間ではないか?」
家の中からシロが私たち三人に声をかける。
シロが転移魔法を使ったようだ。
私たちは顔を見合わせると肩を落とした。
どうして私まで外に転移させたの、シロ。
『確かに時間の無駄であった。早くデザートを食わせろ』
「そや。これはこれ。それはそれや」
…はあ。
がっくり肩を落としたまま、私はそっと家の中へと戻った。
風邪をひく前にしっかり風魔法で自分を乾かしてから。
後ろでイヴァンがそっと風魔法を使い、自分とヴォルを乾かしているのが見えた。
やっぱり仲良しだよね。
デザート、デザートとうるさい声を背に、私は冷蔵庫から今朝作っておいたものを取り出した。
適当な大きさに切り分けみんなの前に置く。
『これは何だ?』
「イヴァンの好きなあんこで作った水ようかんよ。暑くなってきたからこういった冷たいデザートが美味しく感じられるでしょ」
本当は三時のおやつに出そうと思っていたんだけど、帰れなかったからね。
パクリと水ようかんを食べた四人は口々に「美味いっ」と言いながら次々と水ようかんを口に放り込む。
「なんや、朝から甘いええ匂いがする思とったら、これを作っとったんか。やるな、お前」
あはは。
所詮、素人の私が作るものなのに、褒められると嬉しくなって、まあいいかと何でも許してしまう。
たいがい私も甘い。
『おかわりっ』の声に頬を緩めて、冷蔵庫からまた水ようかんを取り出した。
お湯で戻した寒天と水を鍋に入れ火にかけ、しゃもじでゆっくりとかき混ぜる。
沸騰したら弱火にしてさらにかき混ぜ、寒天を溶かしきる。
溶けた寒天液をざるでこし、再び火にかけ沸騰したら砂糖を入れる。
砂糖が溶けたらあんこを入れ、混ぜながらあんこを溶かす。
あんこがしっかり溶けたら火からおろし、水を張った容器に鍋を浮かせてしゃもじで混ぜながらトロミがつくまで冷ます。
冷めたら型に流して冷蔵庫で冷やし固めると完成。
こうやって作った水ようかんをイヴァンがとても気に入り、夏の定番のおやつになったのだった。
その後はヴォルと約束した通り、シャーロットの修復に取り掛かる。
シャーロットだった白い毛糸をよく見ると、ところどころ汚れているし、一度編んだものなのでよれていてこのままでは使いづらい。
汚れを落として、よれを真っすぐに伸ばして…と手間を考えると新しい毛糸を使った方が早い。
早いんだけど、大丈夫かしら?
チラッとヴォルに目をやると、機嫌よくみんなと一緒にテレビを見ていた。
最近ヴォルたちがハマっている推理ドラマだ。
一話完結のドラマなので、ワイワイと「あいつが怪しい」「いや、こっちの方が…」などと楽しそうに話している。
これ幸いとばかりによれた毛糸をそっと隠し、新しい毛糸を手に取り編み始めた。
糸の輪の作り目をし、かぎ針を使い、細編みで頭、体、手、足、耳、しっぽ、鼻まわりを編む。
頭と体に綿を入れて、巻きかがりでつなぐ。
体に手、足、しっぽ、頭に耳、鼻まわりをつける。
顔のバランスを見ながら目と鼻をつけると完成。
「お前が犯人やったんかーっ!?」と盛り上がる彼らを横目に、私はピンク色の毛糸を手に取り同じものをもう一つ作り始めた。
全く元通りのシャーロットではなくなったから、お詫びのつもりだ。
彼らがドラマに没頭している間、私はせっせとかぎ針を動かし編み進めていく。
色違いの編みぐるみができた頃、いつも通りイヴァンとヴォルがドラマの内容だか犯人だかのことで言い争いを始め、シロに怒られて終わりとなった。
最近は二人が喧嘩しててもじゃれ合っているとしか見えないのよね。
ふふ。
良きかな、良きかな。
「おい、わしのシャーロットは直ったか?」
イヴァンとのじゃれ合いを強制終了させられたヴォルが近寄ってくる。
「ええ。できたわよ。はい、どうぞ」
ヴォルの目の前に白とピンクのうさぎの編みぐるみを差し出した。
二つの編みぐるみを見たヴォルは一瞬にして目を輝かせた。
「ピンクのうさぎが増えとるっ。わしのために作ってくれたんかっ。やっぱりお前はええやつやなあ」
ふたつのうさぎに頬を緩ませほおずりするヴォルに、私は尋ねた。
「ちなみにピンクのうさぎには何て名前をつけるの?」
「せやなあ。…よし。ベアトリスに決めた。今日からよろしゅうな、ベアトリス」
少し悩んで名前をつけると嬉しそうに笑った。
新しくヴォルのお気に入りに仲間入りしたベアトリスが後に大波乱を巻き起こすことになるとは思いもよらず、私は嬉しそうなヴォルをにこにこと眺めていたのだった。