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のんびりまったり異世界生活  作者: 和奏
第三章 こうなったら異世界生活を楽しみます
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7 ティータイム

 かき氷を食べ終えると、元々の目的であったハリーさんの話に戻る。

 ハリーさんとの短い会話を思い出しながらアレスさんに伝えた。


「今では精霊という存在は作り話の中のものだと思われている。最近は子供ですら精霊の存在を信じていない。それなのに精霊の存在を疑うとは…。そもそもハリーはどうしてこの街に来たんだ?」


「さぁ。冒険者はあちこちの国や街へ行くものだと思っていたので、来たことに疑問を持ったことはなかったですね」


 アレスさんの問いに、私は首を振った。


「もう少し様子を見るか。ただ単に興味を持っただけなのか、他に何か思惑があるのか」


「そうですね。イヴァンが珍しかっただけかもしれませんし」


「あぁ、それならいいが…」


 考え込む素振りを見せるアレスさんに、私としても少し不安が残るけれど、この話はもう終わりとばかりにパチンと手をたたいて話題を変えた。


「アレスさん。たんぽぽコーヒーはいかがですか?マルクルさんを中心に少し流行ってきているんですよ」


「たんぽぽコーヒー?」


「はい。たんぽぽの根っこから作った飲み物です。見た目は黒くてアレですけど、苦みの好きな人には好評なんです。アレスさんってどちらかというと甘いものより辛い方がお好きなんじゃないかと思って」


「え?あぁ。まあ食べなくはないが、俺たちの口に入る甘いものなんて果物だとかせいぜいその程度だけどな。それでも俺は酒を飲むから辛党かもな」


「なんとなくそう思いました」


「でもサキが作ったものなら甘かろうが喜んで食べるぞ。俺はサキの手料理がこの世で一番美味いと思っているからな」


「アレスさんってお上手ですね。そんなこと言われたらまた何か作りたくなるじゃないですか」


 照れ隠し気味にふふと笑えば、


「お世辞じゃない。俺は本気でそう思ってる」


 アレスさんの真剣な顔にドキッとする。

 本気でそう思ってくれているようだけど、そんなに思ってもらえるほど、私、手料理を食べてもらってないよね?

 アレスさんを疑うわけではないけれど、素直に受け取っていいものかと考えあぐねていると、そんな気持ちが顔に出ていたのか、


「うん?あぁ、俺はずっと前からサキの手料理を…あ、いや。俺は今の俺で勝負すると決めたんだった」


「はい?」


「何でもない。気にしないでくれ。それよりたんぽぽコーヒーをもらってもいいか?」


「え?えぇ、もちろんです。すぐに入れますから少し待っててくださいね」


 今朝焼いたばかりのアイシングクッキーと一緒に入れたてのたんぽぽコーヒーをアレスさんの前に置く。

 アレスさんの視線がコーヒーではなく、クッキーに向いているのを見て、


「ふふ。ごめんなさい。辛党だって聞いたばかりなのに、甘いクッキーを出すなんて。でもお茶請けがこれしかなかったんです」


 アイシングクッキーとは焼いたクッキーに砂糖と卵白や水を練り混ぜて甘いクリーム状のペーストにしたものをかけたものだ。

 先日、何の気なしに作ったうさぎの形のクッキーにアイシングしたものをおやつに出したら、ヴォルが気に入って毎日のように作ってくれとうるさかった。

 コルネというアイシングを絞り出す道具を使って模様を描いたり、縁取りをしたり、食紅を混ぜればカラフルな色にすることもできる。

 ヴォルのあまりの喜びように私も嬉しくなって、いろいろな形のクッキーを焼いては色とりどりのアイシングでデコレーションしたものだ。

 今までも何回かアイシングクッキーは作ったことがあったけれど、調べてみたら案外奥が深くて楽しい。

 うさぎやヘビ、海月の形のアイシングクッキーは上手くなったけれど、イヴァンにそっくりな狼のアイシングクッキーがなかなか上手く描けなくて、目下練習中だ。


「さっきも言ったが、俺はサキの作ったものが一番好きだ。だから問題ない」


 そう言ってアレスさんはハート形のピンクでアイシングされたクッキーを口に入れた。

 そしてたんぽぽコーヒーを一口。


「あぁ。クッキーもコーヒーもやっぱり美味いな。サキの入れてくれるコーヒーは飲むとホッとする」


 褒めてくれるのは嬉しいけど、何かが引っかかる。

 何だろう?

 小さな小さな…違和感。

 それが何なのかわからないけれど、得体の知れないアレスさんを前にしても不思議と嫌とか怖いという気持ちは湧いてこなかった。

 むしろ、幸せそうに笑うアレスさんに、私の方が癒されている気がする。

 それにアレスさんは甘いクッキーを出しても、どこで砂糖を手に入れた?なんて詮索しないし、黒い水にしか見えないたんぽぽコーヒーを見てもためらうことなく口にしてくれた。

 信用してもらえているような気がしてすごく嬉しい。


 それからの私たちは、アレスさんから王都の話を聞いたり、私がたんぽぽの根っこ集めの話をしたり、孤児院完成の話をして過ごした。

 アレスさんが王都へ行った理由までは教えてもらえなかったけれど。


「そうか。サキはこの街の孤児のためにいろいろ頑張ってたんだな。俺は自分のことばかりで少しも力になれてなかった。恥ずかしいな」


 そう言って項垂れるアレスさんが何ともいじらしげでかわいらしい。

 真っ赤な髪と大きな体躯で怖そうなイメージがあるけれど、中身は本当に優しい人だ。


「アレスさん。私だって胸を張れるほど何かをしているわけではありませんよ。できる範囲のことだけです。それでですね、来週期間限定ですけど、かき氷のお店を開こうと思っているんです。その時にジャックたちにも手伝ってもらう予定なんですけど、よかったらまたかき氷を食べに来てください。売り上げが増えれば彼らに払うお給金も増えますから」


 顔を上げたアレスさんに、


「ウッドさんたちやお知り合いの方に広めてもらえれば嬉しいです。少しずつ一緒に何かやっていきましょう」


「サキ…。ありがとう。俺にもできることを少しずつしてみるよ」


 微笑みながら頷けば、アレスさんも笑ってくれる。


「よし。じゃあ俺はサキの店の用心棒をやるよ」


「…いえ、結構です。別に誰かに命を狙われているわけではないので…」


 アレスさんの斜め上のやる気に笑ってしまう。


「そ、そうか。じゃあ、えっと…」


「何か困ったことがあれば相談しますね」


「あぁ」


 満開の笑顔のアレスさんに私も満開の笑顔で答える。


 斜めから射す光にもう夕刻が近いことを悟ると私は立ち上がった。


「そろそろ帰りますね。お腹をすかせた同居人たちがうるさいので…」


「もう帰るのか。あっ、そうだ。忘れるところだった」


 アレスさんはがさごそとポケットから何かを取り出し、私の方へ差し出した。


「サキ、これを…」


 渡されたのは手のひらサイズの小さな箱で、ご丁寧にリボンまで結んである。


「これは?」


「王都で見つけて、サキに似合うと思って買ってきたんだ。開けてみてくれ」


 アレスさんに促され、リボンをほどき箱を開けた。


「きれい…」


 中に入っていたのは花をかたどったネックレスだった。

 中心に濃紺の丸い石があり、その周囲を花びらの形の赤い石が囲っている。

 石はキラキラ輝いている感じから宝石かもしれない。

 サイドにつると葉を模したような銀の装飾が施された華美ではないけれど、存在感のあるとても高級そうなネックレスだ。


「これを私に…?」


 顔を上げアレスさんを見た。

 アレスさんは照れたようにそっぽを向いて頷いた。


「気に入ってくれたか?」


「はい。でもこんな高そうなもの、いただけません」


「これはサキに身に着けてほしくて選んだんだ。気に入ってもらえたんなら嬉しい。前に、命を助けてもらっただろう。その礼も兼ねているから遠慮なくもらってくれ」


「でも…」


 アレスさんはもらってしまってもいいものかと迷う私からネックレスを奪うように手に取ると、私の後ろに回りさっとネックレスをつけてくれた。


「ア、アレスさん…」


「うん。よく似合う」


 私を鏡の前まで連れてきて、したり顔で頷いているアレスさんを見て、ふと気がついた。


 夕焼けの赤と夜明け前の夜空のような紺。

 アレスさんの髪と瞳の色?


 鏡の中のアレスさんとネックレスを見比べる私の視線に気づいたアレスさんが照れたように笑う。


「もしかしてアレスさんの色ですか?」


 ネックレスの花のモチーフに手をやりながら尋ねた。


「あぁ、そうだ」


「…」


 とんでもなくいい笑顔で迷いもなく肯定されてしまった。

 何と答えればいいのかと悩む私を見たアレスさんの顔がさっと曇る。


「サキは俺が嫌いか?」


「そ、そんなことないですっ。いつも気にかけてもらってもう好感しかありませ…え?」


 アレスさん、ちょっと近すぎませんか?


 私の背中にピタリとアレスさんがくっついてきて、アレスさんの熱が伝わってくる。

 それに気づいた途端、じわりと顔に熱が集まる。

 顔を赤くして照れている私が鏡に映っている。

 それを見たらさらに恥ずかしくなってもっと赤くなった。

 一人あたふたする私を見たアレスさんはニヤっと意地悪そうに笑うと、


「俺を意識してるのか?それなら俺は嬉しいが…」


「そ、そんなこと…」


 ないと言う前に頭のてっぺんにキスされた。


 !?


 だ、大丈夫。

 頭にキスされただけよ。


 頭に軽くキスされただけなのに、何故か動揺してしまう。


 別に私、箱入りのお嬢様でもないのにっ。

 確かに死んだ夫はこんな気障なことはしない、草食系ともいうべき温厚な人で、夫婦喧嘩もしたことがなかったけれど、その代わり刺激的なことも多くはなかった。


 そうね。

 こんな対応に慣れていないだけだわ、きっと。

 だって中身はおばさんなのに、こんな初々しい反応するなんて、反対に恥ずかしいわ。


 わたわたする私の頭の上でふっと息をこぼす声がして、


「サキ。来月街で開かれる夏祭り(ルーナ・ルーチェ)に一緒に行かないか?」


「へ?ルーナ・ルーチェ?」


 突然の話題変換に戸惑う私に、アレスさんが教えてくれる。


「あぁ。月の女神ルーナオレリアを称える祭りだ。夏の一日、普段より屋台や露店が立ち並び、朝から街中が盛り上がる。太陽神ソライヨーバと月の女神ルーナオレリアに扮した街の若者が飾り付けられた馬車に乗って街中を練り歩くんだ。そして神殿まで行き、祈りを捧げる。それが終わるとあとは広場で踊ったり、見世物を披露したり、街中大騒ぎだ」


「へぇ。楽しそうですね」


「あぁ。だから一緒にどうだ?ダメか?」


「いえ、そんなことはないんですが…」


 歯切れの悪い私に、アレスさんはハッとした表情で、


「まさかもう誰かと行く約束をしてるのか?」


「え?そうじゃありません。お祭りのことだって今初めて聞いたくらいですから。むしろ私なんかが一緒でいいのかなって思って…」


「俺はサキと行きたいからサキを誘ったんだ。で?どうなんだ?」


 そう断言されるとちょっとドキドキしてくる。

 おばさんなのに恥ずかしいーっと叫ぶアラフィフの私と若返ったんだから気にせず楽しめばいいじゃないと誑かすJKの私が脳内にいて、どうすればいいの?と焦っていると、


『何を気にしておるのだ?たかが祭りだろう?悩む必要がどこにある?』


 イヴァンの冷静なツッコミに、それもそうねと落ち着きを取り戻した。


 お祭りなんだから一人で出かけるより誰かと一緒の方が楽しいに決まってるもの。

 深く考えることなかったんだわ。

 行きたいか行きたくないかって聞かれたらやっぱり行きたいって思う。

 だって楽しそうだもの。


「行きたいです」


「よかった」


 ホッとした顔で笑うアレスさんに微笑み返しながら、


「楽しみにしてますね。夏祭り(ルーナ・ルーチェ)


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