5 またやっちゃいました
次の日、ユラの家でジャックたち兄弟にかき氷の試食をしてもらった。
初めて食べる冷たい甘味に子供たちは大喜びだった。
子供たちに人気だったのはやはり一番甘いマングートのかき氷。
それでもジャックいわく、サマリネのかき氷も十分美味しいと。
ジャックたちの評価によっては出すのをやめようと思っていたけど、四つとも美味しいと言ってくれたので四種類とも作ることにした。
嬉しそうにかき氷を食べる子供たちを微笑ましく見ながら、楽しいひと時を過ごした。
来週五日間だけの開店期間のお手伝いをまた四人にお願いして今日は解散だ。
開店までにもう少しここをお店らしく整えた方がいいかもしれない。
前回ある程度はきれいにして清潔感を出して開店したのだけど、通りに面した大きな窓にユラが出してくれた花の鉢植えが飾ってあるだけなので少し殺風景に見える。
前回開店して思ったけど、やっぱりメニューが書かれた立て看板、メニュースタンドのようなものがあった方がお客様にわかりやすいと思う。
かき氷の絵を描いておけば何を売っているのかわかるだろうし、文字が読めない人もいるかもしれないけど、絵が一緒に描いてあれば選びやすいわよね。
ただ…かき氷の絵を見てもかき氷がわからないだろうから結局同じような気もするし、私の絵心もちょっと微妙…。
でもきっとないよりはましなはず。
そうと決まれば早速買い出しだ。
街の大工さんに折りたためるメニュースタンドを注文し、次にソーニャおばさんの店へ。
ここでマングート、サバル、グラーパ、サマリネを大量に購入。
そんなにたくさんの果物をどうするんだと言うソーニャおばさんに、かき氷という氷と果物を使った冷たい甘味店を開くからとしっかり宣伝しておく。
「そりゃあ楽しみだねぇ」と笑うソーニャおばさんに手を振って別れると次は冒険者ギルドへ。
フリージオルグリズリーからとれた魔石を売るためだ。
ギルドに入り奥に目を向けると、ロザリーさんが窓口で一人の冒険者の相手をしていた。
彼は確かハリーさん。
最近カイセリの街にやってきた冒険者だ。
冒険者らしいがっしりとした体格をし、腰には大剣を佩き、そして冒険者にしては珍しく一人で活動している。
よほど腕に自信がなければ一人で冒険者なんてできないけど、実際ハリーさんはAランクのとても優秀な冒険者らしい。
私も顔と名前は知っているけど、話したことはない。
元々無口だそうで、私が挨拶をしても無言で会釈が返ってくるだけなのだ。
私はそういうクールなところが好ましく感じられるけれど、男性陣からすると愛想がなくていけ好かない奴と映るらしい。
けれど強くて顔も良いので、女性陣からは人気がある。
前にロザリーさんから教えてもらったところによると、ロザリーさんの同僚の赤毛美人のミーナさんは彼のことが好きらしい。
果敢にアタックしてみたものの、「女に興味はない」と見事フラれたらしい。
美人を振るとは何事だ。
そんなことを考えているうちに、ハリーさんは用が済んだのか、ロザリーさんから成功報酬と思われるお金を受け取ると踵を返し、こちらに向かって歩いて来る。
正しくは私の後ろにある出口に向かって、だけど。
出口に向かうハリーさんと目が合った。
ハリーさんの深い紫色の瞳が私を捉える。
一瞬、逡巡するかのような様子が見てとれたけど、すぐさま視線を外し、次にじっとイヴァンを見つめる。
何を考えているのかわからないけれど、それでもすぐに何事もなかったかのように私たちの横を通り過ぎた。
何だったんだろう。
何か言いたそうな感じだったけど…。
心の中で首を傾げてみるも心当たりがないので気にしないことにする。
どうせ関わりあうこともないだろうし。
ロザリーさんのいる窓口まで行くと、ロザリーさんに声をかけた。
「こんにちは、ロザリーさん」
「サキさん、こんにちは。今日も薬草の買い取りですか?」
「今日は薬草じゃなくてこれを買い取ってもらおうと思って…」
アイテムバッグから魔石を取り出し、ロザリーさんの前に差し出すと、
「なんて大きな魔石なの!」
と、ロザリーさんはびっくりした様子でつぶやいた。
私の片手にギリギリ乗るほどのサイズで、その大きさと重さに私自身も驚いたもの。
「サキさん。滅多にない大きさの魔石なので鑑定に少し時間がかかりますがよろしいでしょうか」
「えぇ、もちろんです」
そうだ。
待っている間に宣伝しちゃおう。
後ろを見て誰も並んでいないことを確認すると、そっとロザリーさんに話しかけた。
「ロザリーさん。来週また期間限定でお店を開こうかと思っているので、よかったら来てくださいね」
前回、コーヒーとポップコーンのお店を開いたときもロザリーさんは買いに来てくれて、「美味しい」と言っては期間中何度も足を運んでくれたのだ。
「まあ。そうなんですね。またポップコーンのお店ですか?」
「いえ、今回はかき氷屋です。暑い夏にぴったりの冷たい甘味ですよ」
「冷たい甘味?」
きょとんとした顔のロザリーさんに笑いかけながら、
「えぇ。氷を削って作る甘味なんです。とても美味しくできたのでぜひ街の皆さんにも食べていただきたくて…」
「氷なんて、この夏の暑いときにどうやって手に入れたんですか?」
不思議そうな顔をしてロザリーさんが尋ねた。
「コルドラ山の山頂まで行って、取って来ました」
ふふふと笑う私に、ロザリーさんが驚いた顔で食いつき気味に言った。
「本当ですか、サキさん。コルドラ山の山頂なんて誰でも行けるところじゃないのにすごいですっ。上位魔物だって住んでるって噂もあるのに。サキさん、魔物に襲われたりは…ってイヴァンがいるから問題はありませんね」
最後は優しい笑顔で私に言った。
「はい。イヴァンとヴォ…っと」
ダメダメ。
ヴォルのことは内緒だったわ。
従魔登録もしてないし。
「イヴァンたちのおかげで私は怪我一つありません。さすがにフリージオルグリズリーに襲われたときは少し焦りましたけどね。でも強い彼らが多少手こずりましたけど倒してくれたので無事に帰って来れました」
「フリージオルグリズリーだと!?」
後ろから突然、よく知った野太い声が聞こえた。
振り返るとすぐ後ろに満面の笑みを浮かべるマルクルさんが立っていた。
いつからそこに…。
「で、そのフリージオルグリズリーはどうした?もうフラッジオのとこに持って行ったのか?」
「え?」
ど、どうしよう。
跡形もなく燃え尽きましたなんて怖くて言えない。
「どうした?サキ」
視線を彷徨わせ挙動不審な私に、マルクルさんが「まさか…」とつぶやき、顔から笑みを消すとそっと私に問いかけた。
「さすがに跡形もなく消し去ったってことはねえよな。なっサキ」
明らかにマルクルさんの目はそんなバカなことをする奴はいねえはずだと言っている。
「あの、その、えっと…」
もごもごと口ごもる私に、ありえねえと目を見開くマルクルさんは静かに言った。
「本当にやっちまったのか?」
マルクルさんに視線を向けずに私はうなづいた。
「ありえねえーっ」
頭を抱え絶叫するマルクルさんから一歩引いたら、こつんと背中が何かに当たった。
もちろん受付カウンターだ。
思わず振り返ると、受付窓口に座るロザリーさんと目が合った。
ロザリーさんもどうフォローすればいいのかわからないようでおたおたしている。
「サーキー」
ドスのきいた声で名前を呼ばれ恐る恐る振り向いた。
そこには座った目をしたマルクルさんがいた。
「もちろん、特Aランクのフリージオルグリズリー相手じゃ一筋縄ではいかねえのはわかる。だが、シルバーウルフがいるのに一片すら持って帰らねえなんてどうかしてるだろっ。フリージオルグリズリーの毛皮は断トツの防寒効果がある。それこそコルドラ山の山頂にいたって寒さなんぞ感じねえくらいのな。滅多に手に入らねえ特A素材だっていうのにお前という奴は…」
「あ、あのですね。強い魔物相手だったのに、イヴァンの肉球が雪山仕様になってなかったりだとか、ちょっと私の記憶から持ち帰るという部分だけ抜け落ちるという部分的記憶喪失になったりだとかいろいろありまして…」
「雪山仕様の肉球って何だ!?部分的記憶喪失って何だ!?冒険者としての自覚が足りなさすぎるだろっ」
マルクルさんは苦虫を嚙み潰したような顔で天を仰いだ。
「本当にごめんなさい。ついうっかり・・・」
「うっかりって何だ!?こんな大事なことをうっかり忘れる奴があるかっ」
本当にうっかりやっちゃったんですーっっ。
「で、でもマルクルさん。魔石はちゃんと拾ってきましたよ。今鑑定してもらってますけど」
「ギルマス。ちょうど鑑定が終わりました。これです」
眉を寄せて胸の前で腕を組むマルクルさんに、ロザリーさんは魔石を差し出した。
差し出された魔石を見ながら、大きなため息を一つ吐くと、
「はぁ。お前って奴は…。もう少し冒険者としての自覚を持ってくれ。でないと心配でたまらん」
最後にマルクルさんの優しさが見えてほっこりとした気分になる。
出来の悪い娘を心配し過ぎるお父さんはまだ健在のようだ。
「不出来な娘でごめんなさい。自慢の娘になれるようにもっと頑張ります」
笑ってそう言えば「そうしてくれ」とマルクルさんも笑顔で返しながらギルドの二階に上がっていった。
本当にいい人だ。
「サキさん。魔石の代金です」
金貨五枚。
滅多に出ない大きな魔石だったので、かなりの値がついた。