1 かき氷が食べたい
お久しぶりです。また少しずつ投稿していきたいと思います。昨年の夏に投稿を始める予定だったのがいろいろあって遅れてしまい、冬なのに夏から始まります(笑)。多少変更があるかもしれませんが偶数日20時に投稿予定です。よろしくお願いいたします。
夏です。
夏といえばかき氷。
ということで、私は今コルドラ山の山頂付近に来ています。
女子アナ風に言ってみたところで、これは単なる現実逃避だ。
寒いっ。
とにかく寒いっ。
ここはシベリアか南極かというくらい寒いっ。
どちらにも行ったことないけれど。
炎の渦の爆炎にも耐えられるイヴァンの結界にいれば、寒さなんて気にせずにいられるけど、こんなに寒いのには訳がある。
イヴァンが拗ねていて結界が張られていないからだ。
どうしてこんなことになったのか理由を説明するために、時を戻そう(笑)
春に起きたベルマフィラ騒動以降、私は治療師として働きつつ、増えた同居人の世話で忙しくも楽しい毎日を過ごしていた。
いつの間にか春も終わり、初夏を迎え、そろそろ本格的な夏が始まろうとしていた。
嬉しいことに、ここソルディアでは日本のような梅雨がなく、過ごしやすい毎日だった。
精霊たちはあいかわらず、ご飯だ、おやつだ、デザートだとうるさく、献立を考えるのも一苦労で、唯一救いといえば彼らにはデザートとおやつの線引きがないことだ。
一度デザートに果物を出したらこれは違うと拒否された。
本来、デザートってこういうものだよ?と言っても彼らは聞く耳持たず、結局ヨーグルトに切った果物をのせはちみつをかけて出したら、これは食べてもらえた。
とにかく何か手を加えればいいということがわかった。
私の手が加わってさえいれば、これはどう見てもおやつだろうというようなものを食後に出してもしっかりと完食してくれる。
彼らのこういう大雑把なところはありがたい。
私も元々大雑把な人間なので、プロの料理人のようなこだわりもないし、彼らが喜んで食べてくれればそれでいいのだ。
そんなある日、テレビのお昼の情報番組でかき氷の特集をやっていた。
それを見た私は無性にかき氷が食べたくなって、思わずネットスーパーでいちごのシロップを購入。
でもそれは私だけではなくイヴァンたちも同じだったようで、冷凍庫で大量の氷を量産しつつ、シロップが届くのを待った。
シロップが届いた翌日、早速かき氷機を出してきて作り始めた。
うちにあるのは電動式のタイプで、ふわふわのかき氷が作れますとうたい文句にある通り、かき氷屋さんで出されるようなふわふわで舌触りのいいかき氷が作れる。
いつだったか、夫が衝動買いしてきたものだ。
突然食べたくなったらしい。
最初は子供みたいなことを…と思ったけれど、作ってみたら本当にふわふわのかき氷ができてとても美味しかった。
それからは夏の暑い昼下がりに、時々作っては楽しむようになった。
一年ぶりに出してきたそれはしっかりといい仕事をしてくれて、私だけではなくイヴァンたちにも満足してもらえた。
ただ、イヴァンとヴォルはお約束のアレにびっくりしていたけれど。
そう、冷たいものを急いで食べると起こる「キーン」とする頭痛だ。
私が注意するよりも早く食べ過ぎたせいで、二人して頭を押さえることになり、私は笑うしかなかった。
のんびりマイペースなシロは大丈夫だと思っていたけれど、よくわからない食べ方をするユラも問題なかった。
ユラの短い触手では頭まで届かないので、よかったと思うことにしよう。
「この昔ながらのいちごのシロップも美味しいんだけど…」
空っぽになった器を見ながら私はつぶやいた。
テレビで特集されたかき氷はどれもフルーツたっぷりだったり、アイスクリーム、味によってはあんこや白玉だったりが乗って、とても豪華だった。
それと比べるとやっぱり物足りなく思う。
…。
作っちゃおうかな。
「キンキンする」と言いながらも食べる手を止めない二人を見ながら、私は決めた。
素早く出かける支度をしユラの家まで転移すると、市場へ向かって歩き出す。
目指すはモリドさんの知り合いのソーニャおばさんの店だ。
あれから何度も買い物に来ていて、今ではすっかり顔なじみになっている。
「ソーニャおばさん、こんにちは。サバルはまだありますか?」
「あぁ、サキかい。久しぶりだね。サバルかい?二つほど残ってるよ」
「じゃあ、二つとも下さい。それとグラーパも一房お願いします」
グラーパは巨峰そっくりな果物で、房になっていて色も紫だし同じものじゃないのかと思ったくらいだ。
実際に食べてみても同じ気がするのだけど、巨峰ともぶどうとも聞こえないので微妙に違うもののようだ。
それ以外にもいくつか果物を購入し、すぐさま家に帰る。
キッチンに立つとすぐにシロップ作りを開始した。
まずはサバル。
メロンのような味のピンク色をした果物なので、白い氷にかけたらかわいいかき氷ができるはずだ。
皮をむいたサバルの実を一口大に切り、砂糖と一緒に鍋で5分ほど煮る。
粗熱がとれたら果肉が少し残る程度にミキサーにかけてシロップにすると完成。
同じようにグラーパのシロップも作り、冷蔵庫で冷やしておく。
『何故片付けるのだ。今すぐ食べないのか?』
不満そうなイヴァンに、
「さっき、かき氷食べたばっかりでしょ。これは夕食後に出すから楽しみに待ってて」
それでもなおぶつぶつと文句を言いつつもあきらめたのか、リビングのハンモックにひょいと飛び乗り目を閉じた。
ヴォルもイヴァンに加勢しようと思っていたようだけど、案外あっさりとイヴァンがあきらめたので、仕方なくヴォルもソファに戻り、白うさのキャサリンと黒うさのマーガレットを愛で始めた。
そう、結局私は白うさのキャサリンそっくりの黒うさを作ったのだ。
なかなかの出来栄えに私は満足だったし、ヴォルに至ってはまさに狂喜乱舞といった表現が相応しいくらいの喜びようで、あっけにとられる私を気にも留めず、早速マーガレットと名付けて可愛がった。
もちろん、わかってたよ?
ヴォルのことだから喜んでくれるって。
でもその喜びようが、私の想像のはるか上をいくものだったので、ちょっと驚いただけ。
やっぱりヴォルはヴォルだった。
肉じゃがをメインにした夕食を堪能した後は、お待ちかねのかき氷だ。
かき氷機でふわふわのかき氷を作り、そこにサバルのシロップをかける。
溶ける前に食べなくちゃとすぐさま口に入れた。
「甘くて美味しいーっ。果肉を少し残したところもポイントよね。でもこの上から一口大に切った果物をそのままトッピングしてもいいかも。食べ応えがあるもの。でもサバルの実はもうないからまた今度ね。次は…」
のんびりマイペースのシロ以外はすでに食べ終えたので、またかき氷を作り、今度はグラーパのシロップをかけた。
紫のかき氷の出来上がりだ。
「ピンクのかき氷もかわいいけど、紫色も美味しそう」
早速口に入れる。
サバルの甘さとはまた違う甘さが口に広がる。
こちらも少し果肉を残してあるので、シャリシャリとすぐに溶ける氷と口に残って甘さを引き立たせる果肉のバランスがちょうどいい。
私だけでなくイヴァンたちもかなりご満悦の様子でホッとする。
ただ、私としてはここまでくると、テレビで特集されていたような完璧なかき氷が作りたくなる。
つまり…天然の氷を使って作りたいのだ。
以前、かき氷専門店で天然の氷で作ったかき氷を食べたことがあるけれど、確かに家で作るかき氷とは一味も二味も違った。
「天然の氷で作ったかき氷を食べたいけど、この夏の暑い時季に氷なんて無理だよねぇ…」
ふぅとため息をつく私に、イヴァンが意気揚々と言った。
『ならば、コルドラ山まで取りに行けばよい』
「コルドラ山?コルドラ山って確か前にイヴァンが人の足では戻ってこれないような険しい山だって言ってなかった?」
『そうだ。山頂には湖があるが、あの山の山頂は一年中雪が融けず湖の水も常に凍っておる。それこそ天然の氷であろう?』
「すごいっ。この暑いときに天然の氷が手に入るなんて…。でもそんなに険しい山、登るのは無理なんじゃ…ってまさか…」
『心配するな。我が連れて行ってやろう』
「え…。それはちょっと…」
歯切れの悪い私にイヴァンは
『天然の氷で作れば完璧なかき氷が作れるのであろう?ならば取りに行くしかなかろう』
私だって完璧なかき氷を食べたいわよ。
でもね、イヴァンに乗ってっていうところが引っかかるのよ。
できれば遠慮したい。
でも食べたい。
決まりだとでもいうように行く気満々なイヴァンを見ながら、私は小さくため息をついた。
行く以外の選択肢はないのよね。
イヴァンだけでなく、シロやヴォルたちまでも期待で満ちた目で私を見ているのだから。
私はもう一度小さくため息をついた。
その結果、私は今、こんな状況に陥っている。