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のんびりまったり異世界生活  作者: 和奏
第二章 異世界はやっぱり異世界です
128/160

66 慣れって怖い

 何とかユラの家にたどり着き、中へ入る。

 ふと見ると、また新しい鉢植えがあった。

 店舗の大きな窓に飾ったけど、もうこれ以上は置けない。


 「もう庭に置くしかないか」


 窓から庭を眺めると、手入れのしていない庭が目に入る。

 脳裏にはきちんと手入れされた教会の庭が浮かび、あまりに対照的な庭の様子に自然とため息が漏れる。

 

 「よし。次はこの庭を何とかしよう。それに地下室の大掃除も終わってないからこっちもどうにかしなくちゃ」


 さすがに今日は疲れたので、ユラと一緒に風の森に帰る。

 家に着き、今日の夕食は何にしようなんて考えながらふとリビングに目をやると、ソファに座ったヴォルカンがメアリーに頬ずりしながら「会いたかったでぇ。わしがおらん間寂しかったやろ。もうこれからは一人にせえへんからな。わしの大事なメアリー」とつぶやきながらメアリーを愛でる姿を目撃した。


 この短い間にかなりヴォルカンの人となりを理解した気はするけど、やっぱり引いてしまう。

 ドン引きだ。


 これはもう気にした方が負けなのよ。

 うん、シャワー浴びてこよう。


 シャワーを浴びてさっぱりしたら夕食の支度だ。

 もちろん、その前に約束通り今朝の朝ドラの録画を流す。

 シロに声をかけるのも忘れない。


 さあ、今のうちにご飯を作ろう。


 今日解体してもらったブラックワイバーンの肉を使っていくつかの肉料理を作ることにした。


 ステーキ。

 唐揚げ。

 とんかつならぬワイバーンカツ。

 

 今日はこれくらいにしてまた今度、薄切りにして肉野菜炒めとかミンチにしてハンバーグとか角煮なんかも試してみたい。


 ウキウキしながらブラックワイバーンの肉を調理していく。

 合間に味噌汁とサラダも作る。

 かなりの量だったけど彼らの機嫌を損ねる前に出来上がった。

 テーブルの上に湯気を立てて並ぶ大量の料理にみんなも嬉しそうだ。


 「イヴァン、ヴォルカン。今日はお疲れ様。たくさん作ったから好きなだけ食べてね」


 猛烈な勢いで食べ始める二人を見ながら、唐揚げに箸を伸ばす。

 

 お、美味しいっっ。

 何コレめちゃくちゃ美味しいんだけどっっ。


 唐揚げだけじゃなく、ステーキとワイバーンカツにも手を伸ばし、口に入れる。

 

 美味しいっっ。

 ステーキにしてもカツにしてもとにかく美味しいっ。


 もうこれ以上食べられないくらいまでブラックワイバーンの肉を堪能した。

 ソファに座り、お腹をさすりながら幸せに浸っていたら思い出した。


 「やだっ。ニコのこと忘れてたっ。どうしよう、イヴァンっ」


 『どうしようもなにも用がないなら放っておけばよいし、用があるなら呼べばよい』


 「呼んだとしてどこで寝てもらえばいいの?この家の中にニコが寝れるような広い空間はないわっ」


 『家の中で寝かす必要などなかろう。元々魔物だからな』


 ふわあと大きなあくびをするイヴァンを見ながら、「そんなあ」と声を漏らす。


 私の従魔なのに寝る場所も用意しないなんて・・・。


 その時、突然閃いた。


 あった。

 ニコが眠れる場所。


 私は玄関を出るとニコを呼んだ。

 もちろん家に入る許可も出す。

 星の輝く夜空からふわりと鮮やかな体躯のニコが舞い降りてきた。

 

 いつ見ても綺麗だなあ。


 「ニコ。呼ぶのが遅くなってごめんね。これから夜はここで寝てちょうだい」


 私が指差したのは車庫。

 車は洸大に譲ったので中は空っぽだ。

 ニコが羽を休めるにはちょうどいいんじゃないかと思ったのだけど。


 「どう?窮屈じゃない?」


 大丈夫だとでも言うようにニコはヒューと鳴いた。

 夕食代わりにいちご飴を一つ、ニコの口の中に放り込むとバリバリと美味しそうに食べる。


 これからはいちご飴を常備しとかなきゃいけないわね。


 ニコの体をたくさん撫でて魔力を分けると家の中へ戻る。

 家の中では四人が私を待っていた。

 もちろんデザートの催促だ。

 私としてはもうお腹いっぱいなのでいらないけど、彼らはそうはならなかった。


 いったいどこに入るの?


 『別腹だ』


 「だから別腹って何!?」


 それでも作るまで静かになりそうもないので、デザートを作るべくキッチンへ。


 すぐにできるもの。

 何かあるかな。

 今日のお礼はまた作るとして、いちごを使って簡単にできる何かがいいのだけど。

 やっぱりホットケーキミックスかしら。

 いちごとホットケーキミックスでカップケーキを作ろう。

 デザートというよりおやつだけど、彼らには関係ない。

 甘ければいいのだから。


 ヘタを取ったいちごをフォークでざっくり潰して、その中に卵と砂糖、レンチンした溶かしバターを入れ混ぜ合わせる。

 さらにホットケーキミックスと牛乳を入れて混ぜ合わせると生地が出来上がる。

 出来上がった生地をカップに入れてオーブンで焼けば完成。


 ケーキの焼けるいい匂いがする。

 お腹がいっぱいの私でもついつまみたくなるようないい匂い。


 待ちきれない四人はテーブルの周りをうろうろしている。

 最近気づいたのだけど、マイペースであまり関心のなさそうだったシロも食事やおやつの時間になると無表情なんだけどそわそわしだすのだ。


 やっぱりイヴァンに感化されたのかしら。


 焼き上がったばかりのカップケーキをテーブルに並べると四人は思い思いのスタイルで食べ始めた。

 私はそれを自分用に入れた本物のコーヒー(笑)を飲みながら眺める。

 イヴァンとヴォルカンは大食いなのか早食いなのかわからない競争をし、シロはマイペースでケーキを口に運び、ユラに至っては相変わらずの異次元的な食べ方で。

 いつの間にかこれが当たり前の光景になりつつあるのを感じる。

 みんなのおかげで、あの人が死んでからまだ半年しかたっていないとは思えないほど寂しさを感じなくなった。

 いろいろありすぎて寂しいなんて感じる暇がないのだ。

 それを聞いたらあの人は喜ぶのか悲しむのかわからないけど、一人で寂しく生きているより安心していると思う。

 あの人はそういう優しい人だったから。

 でもそろそろこの光景も見納めかな。


 「ところで、ヴォルカン。この後はどうするの?探し物が見つかったんだから自分の国、ベステルオースへ帰るのよね?」


 食べる手を止めて、しばらく考えていたヴォルカンだったけど、


 「そうしよう思うててんけどなあ。この家が気に入ったさかい、ここに住むのも悪ないなあ思うてな」


 「はい!?」


 「お前が作る飯は美味いし、かわいいもんもぎょうさんある。居心地はええし、朝ドラも見なあかん。それにいろいろと役に立つわしがいた方がお前も嬉しいやろ」


 「別にいないならそれでもいいような・・・」


 言葉を濁す私にヴォルカンは突然立ち上がると、腕を組んで踏ん反り返り、


 「わしも一緒に住んだるっちゅうとんねん。もっと喜ばんかいっ」


 うさぎってケージがなくても飼えるんだっけ?


 思わず現実逃避しかけたけど、イヴァンの怒鳴り声で我に返る。


 『ふざけるなっ!ここは我の寝床だ。それなのに何故お前と一緒に住まねばならぬっ。用が済んだのならさっさと出ていけっ』


 「お前こそ何言うとんねん。ここはお前の家やないやろ。お前にどうこう言われる筋合いはあらへん。第一アクエかてここに住んどるやないか」


 『我もアクエもサキの従魔だ。サキを守る義務がある。ゆえに一緒に住むのは当然であり、我にも決める権利がある』


 「わかった。ほな、わしもこいつの従魔になったるわ。それなら文句はないやろ」


 「結構です。間に合ってます」


 私は速攻でお断りした。


 「はっ!?」


 ヴォルカンはイヴァンに向けていた鋭い眼差しを私に向けると、


 「お前脳みそ腐っとるんか?どこの世界に精霊に従魔になったるって言われて断るアホがおるねん。ここは一つ、よろしゅう頼んます言うて頭下げるとこちゃうんか」


 『サキも必要ないと言っている。早く自分の国へ帰れ』


 「お前には言うてへん。黙っとけ」


 イヴァンに一瞥くれるとまた私に向き合い、居丈高に言った。


 「わしと従魔契約したら火魔法も重力魔法も使えるようになるんや。少し考えたら便利やっちゅうことくらいわかるやろ。ホンマ頭悪いのう」


 「本当に口が悪いわね・・・えっ?今何て言った?」


 「お前、頭だけやのうて耳まで悪いんかっ。耳の穴かっぽじってよう聞いとけ。重いもんもえっちらおっちら運ばんでええし、飯作るときも火魔法が使えたら楽やろって言うとんのや。お前にとってええことだらけやのに断るとか、お前頭おかしいんとちゃうか」


 ヴォルカンの偉そうな物言いに怒りを通り越してもはや笑いが込み上げてくる。

 短い付き合いだけどこれがヴォルカンだってわかってるからね。

 本当、慣れって怖い。


 火魔法かあ。

 ユラの家のかまどを使うとき、火魔法が使えたら便利かも。

 ここはチャッカ〇ンの出番かと思ってたけど、あまり見られてもいい物じゃないからどうしようかとは思っていたのよね。

 でもイヴァンが嫌なら・・・。


 「サキが望むのなら風の精霊(フェンリル)の戯言など気にせず、火の精霊(ヴォルカン)と従魔契約をすればよい。我らはサキが笑っておることが一番じゃと思うておる。もし万が一にも火の精霊(ヴォルカン)がサキを悲しませるようなことをすればただでは置かぬ。我らが総出で跡形もなく消し去ってやろうぞ。だがこれは風の精霊(フェンリル)、お主にも言えよう。どうする?風の精霊(フェンリル)よ」


 シロの言葉に、しばらくウーっっと威嚇していたイヴァンだったけど、


 『サキの好きにすればよい』


 そいう言うなりリビングのハンモックへ飛び乗り目を閉じた。


 「どうしよう、シロ。イヴァン、怒ったんじゃない?」


 「心配せずともよい。あれは怒ったというより拗ねておるだけだ」


 「えっ?」

 

 「どんどん従魔や知り合いが増えて、自分に構ってもらえず拗ねておる子供と同じだ。放っておけばよい」


 「そうなの?」


 いつの間にか人型から白蛇の姿に戻っていたシロは表情のわからない顔でくつくつと笑って言った。


 そっか。

 なんだか嬉しい。


 私は気持ちのままイヴァンに近づき思いきり抱きついた。

 そして心ゆくまでモフモフを堪能した。

 もちろん、イヴァンの限界を超えても止めなかった。

 三十秒の限界を超えればキレるけど、そのうち諦めて好きなだけモフらせてくれることを発見したのはラッキーだったかもしれない。


 そして私はヴォルカンと従魔契約をした。

 イヴァンやシロと同じようにヴォルカンの額に手を当て、ピカッと光ったらおしまい。

 これで私も火魔法が使えるようになった。

 重力魔法に至ってはユラの家の地下室の大量の土を運ぶのに役立つこと間違いない。


 結局、一番かっこよかったのはシロだった。

 さすがに年の功だけある。

 シロに対する好感度はうなぎ登りだ。

 本当に見た目で判断しちゃダメだ。

 大事なのは中身。

 肝に銘じておこう。

 最もシロの場合、人型になったら見た目もかっこいいから完璧だ。

 ちなみにヴォルカンは六百年ほど生きているらしい。

 三人の精霊の中では一番年下だった。

 私の従魔となったヴォルカンは、そこら中を飛び跳ねながら早く名前を付けろと煩い。

 もうずっとヴォルカンって呼んでるんだからそれでいいじゃないと言うとそれは違うと言ってきかなかった。

 仕方がないので、名付けセンスのない私は考えに考えてヴォルにした。

 全くかけ離れた名前にしてしまうと呼び間違えるに違いないからだ。

 まあええか、しゃあないからそれで我慢したるわと言いつつもちょっぴり嬉しそうなヴォルカン・・・じゃなくてヴォルを見ながら、この煩くも楽しい生活がまだ続くんだなと思うと私もちょっぴり嬉しかった。


 カップに残っていたコーヒーを飲み干し、片付けようと立ち上がったとき、ヴォルが近づいてきてイヴァンとシロを指差して言った。


 「早くわしにもあれを作ってくれ。あいつら、これ見よがしに見せつけてくるんや」


 見れば二人ともニヤニヤ笑いながら胸を反らしている。

 リビングの照明がスワロに当たってキラキラ輝いているのがよくわかる。

 

 あれってあれ?

 従魔の印と呼んでいる、あれ。


 「わかったわよ。作るわよ。作るけど明日にしてね。さすがに今日はいろいろありすぎて疲れたから」


 ブーブー文句を言うヴォルの言葉を聞き流し、ニコにも作ってあげないといけないわよねえと考える。

 するとユラが側に来て、くるくる踊りながら何かを訴えている。


 まさかユラも?


 「ユラも欲しいの?」


 聞くと思いきり縦に体を揺らす。

 

 ユラは従魔じゃないけど、みんなと同じものが欲しいんだね。


 「じゃあユラの分も作るわね」


 そろそろ体力も限界に近づきつつある私は、お風呂に入って寝支度を整えると早々にベッドに潜り込む。


 明日は三人分の印を作って。

 たんぽぽの根っこも受け取りに行って。

 ニコとヴォルのことも和奏たちに報告しなくちゃ。

 明日もなんだかんだと忙しくなりそうだなあ。


 そこまで考えた頃には意識は沈み、すぐさま深い眠りについた。

 イヴァンが優しい目で私を見ながら笑っていたことも、それを見たシロがやれやれとでもいうように肩をすくめたことも知らずに。


次回、第二章最終話です。

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