64 仲良し兄弟
一時間もしないうちに地響きが聞こえてきたので目をやれば、マルクルさんたちのようだった。
城壁の門近くで馬を止め、一般の人が使う門とは別の門から順番に中へ入って行く。
私たちも木立の奥から出て、マルクルさんたちと合流すべく歩を進めた。
ニコが木立からバサッと飛び立ったのですぐに気づいてもらえた。
「サキっ、こっちへ来いっ」
マルクルさんに呼ばれて近寄ると、ニコを指差し言った。
「あいつを街に入れると街がパニックになりかねん。従魔登録するにはあいつの羽根の一本でもあれば十分だ。持ってるか?」
「あります。従魔にする前にたくさん毒羽根攻撃を受けましたから」
笑いながら言う私に、マルクルさんは呆れながら、
「じゃあとりあえずあいつはこの辺りで待機させておけ。サキはこのままギルドへ行くか?」
「そうですね。そうします」
私の後ろでジッとしているニコに、
「ニコの従魔登録をしてくるからこの辺りで自由にしてて。でも絶対に人を襲ったり、毒を撒き散らしたりしちゃダメよ。わかった?」
ヒュー。
ニコは一声鳴くと、空へ飛び立った。
「どこかへ行っちゃったりしないの?」
『やつはお前の従魔だ。お前が呼べばどこにいてもすぐに飛んでくる。心配はいらぬ』
「そうなんだ。じゃあ好きなだけ空を飛んでても大丈夫なんだね」
『あぁ。他の魔物に襲われぬ限りはな』
「えっ?襲われることがあるの?」
『当たり前だ。魔物同士の争いもないわけではない。ただ強い相手にはそれ相応の理由がなければ向かっては行かぬものだがな』
「そうなんだね。ニコは大丈夫かな」
『やつはかなり強い部類の魔物だ。そうそうやられはせぬはずだ』
「そう・・・」
ニコ、気をつけるんだよ。
私の声は届きそうもないので、心の中でつぶやいた。
ギルドに着くなり、待ち構えていたフラッジオさんに捕まり解体作業場に連行された。
早くモーザ・ドゥーグを出せと喚くフラッジオさんの目の前にどんっと十一匹のモーザ・ドゥーグを置く。
大量のモーザ・ドゥーグを前に狂喜乱舞するフラッジオさんを横目に見ながら、隣で私と同じ目をしてフラッジオさんを見ているであろうラクトンさんに、
「今朝、フラッジオさんにブラックワイバーンの解体をお願いしたんですけど、できてますか?」
「えっ?あぁ、そうそう。ブラックワイバーンね。朝出勤してきたら師匠が張り切って解体してるから、解体の仕事入ってたっけ?モーザ・ドゥーグは夕方にならないと無理だしって首をひねってたら、「ラクトンっ。早くお前も手伝えっ。ブラックワイバーンじゃっ」ってそりゃもう嬉しそうに言うんだよ。終わるまでお昼ご飯も食べさせてもらえなくてさ。今昼の休憩から戻ったところだよ」
文句の割には楽しそうなラクトンさんに、やっぱりフラッジオさんの弟子だなあと思う私だった。
「ブラックワイバーンの肉は全部持って帰る?」
ラクトンさんに聞かれて、さすがに全部は多いわよねえと解体前のブラックワイバーンを思い出して考える。
とりあえず半分くらい?
「半分ほど持って帰ります。残りの肉と皮とか爪とか牙とか使える素材は買取をお願いします」
「わかった。じゃあこれがブラックワイバーンの肉ね」
あっという間に半分の大きさに切り分け、紙に包んでくれたラクトンさんは、これはギルマスが喜ぶなあと残りの肉と素材を片付けた。
「ラクトンっ。早く手伝えっ。急いでアイテムボックスに入れんと鮮度が落ちるっ」
小さくもないモーザ・ドゥーグを小さなフラッジオさんは軽々と持ち上げてアイテムボックスに入れていく。
とてもご老人とは思えない腕力だ。
「じゃあ、サキ。またいい獲物がとれたら持ってきてよ」
それだけ言うとラクトンさんはフラッジオさんを手伝うべくモーザ・ドゥーグの死骸へ駆け足で向かった。
ギルドへ戻るとロザリーさんにニコの従魔登録をお願いする。
マルクルさんから話は聞いていたようで、レインボーバードを従魔にするなんてすごいですねとびっくりされた。
うん、私だってびっくりだよ。
従魔がもう一人増えるなんて・・・。
無事にニコの従魔登録が済むとロザリーさんにギルマスが少しここで待つように伝えてくれと頼まれていると言われ、ギルドに併設されている酒場のようなカフェのような所で待つことにした。
アルコールの入っていないジュースを注文したら、ピンク色をした飲み物が運ばれてきた。
一口飲んでみると、この間モリドさんに買ってもらったりんごとサバルのジュースだった。
今、女の子に人気だってモリドさんも言ってたっけ。
モリドさんの知り合いの果物屋のおばさんのところへ行って何か買ってみようかな、なんて考えていると、「あのぉ・・・」と声をかけられた。
見ると、十二~十三才くらいの男の子と女の子、それからもっと小さな女の子の三人が私を見ていた。
何だろうと思っていると突然大きな女の子が、「お兄ちゃんを助けてくれてありがとうございました」と言ってガバッと頭を下げた。
同じように男の子と小さな女の子も頭を下げる。
「えっと・・・」
誰だろうと考えてみてもわからないので尋ねようとしたら、
「アメリ、ルーイ、モリー。待ってろって言ったのに」
割り込んできた声の主を見ると、ギルドで会ったジャックだった。
「ジャックっ。もう大丈夫なの?」
昨日治療したときはまだ目を覚まさなかったので、話せなかったのだ。
「サキ。助けてくれてありがとう。俺もうダメだって、こいつら残して死ぬんだって思って。だから目が覚めて、失くなったはずの腕があって、どこも痛い所がなくて。アリーにサキが治してくれたって聞いて、俺本当にうれしかった。ありがとう、サキ」
そう言って勢いよく頭を下げるジャックを見て、三人の子供たちも同じようにまた頭を下げた。
「ううん、気にしなくていいの。それより本当にもう大丈夫なの?」
「うん。もう平気。俺がサキに助けてもらったこと、こいつらに話したら直接お礼が言いたいってきかなくて・・・。こいつら、俺の弟と妹。ルーイ、アメリ、モリーっていうんだ」
男の子がルーイ、最初に声をかけてくれたのがアメリ、そして一番小さい子がモリー。
「そうだったのね。私はサキ。ジャックの・・・お兄ちゃんの友達よ。よろしくね。それからこの子はイヴァン。怖そうな顔だけど本当はとっても優しいの。仲良くしてね」
イヴァンを見て顔を強張らせるジャックたちに椅子を勧め、私と同じジュースを注文した。
すぐに運ばれてきたジュースを飲みながら話をする。
「ジャック、本当にごめんなさい。私のせいで怖い思いをさせることになってしまって・・・」
「サキのせいじゃないよ。冒険者なんだから仕方がないことなんだ。もし、俺が死んだとしても俺はサキのせいだとは思わないし、こいつらだってサキを恨んだりしない。だからサキが謝ることじゃない」
「うん。マルクルさんにもそう言われたんだけどね。それでも・・・ね」
このジュース美味しいっと喜ぶモリーやはしゃいじゃダメと怒るアメリ、一気にジュースを飲み干してジャックのジュースを狙うルーイ。
もし、ジャックがいなくなったらこの子たちはどうなっていたんだろう。
初めて治療師として教会に行った日に見たボロボロの建物、あの後バロールさんに尋ねたら、昔は孤児院だったって言っていた。
両親が冒険者をやっていたりすると、両親共に何かあったとき子供だけが残されることもある。
そういった身寄りのない子供たちを引き取って世話をしていたらしいけど、建物の老朽化が激しくて今は使えなくなっていた。
建て替えるお金もないので、仕方なく放置している状態らしい。
だからジャックに何かあっても孤児院を頼ることができない。
「ジャックたちは今どこに住んでいるの?」
「えっ?いや・・・その・・・」
何故か目を泳がせるジャック。
どうしたんだろうと思っていたらモリーが驚くことを言った。
「あのね。私たち住む所がないから馬小屋の隅っこで寝たり、酒場の裏の樽の間で寝たりしてるの」
えっ?
どういうことだ?とジャックを見ると、ジャックは肩をすくめながら教えてくれた。
「俺たち、ここからちょっと離れた田舎の村の出なんだけど、貧しい村でさ。それでも両親が一生懸命働いてくれてたから何とか食べていけてたんたけど、去年の不作に加えて、両親がオークに殺されて、結局村では俺たち生きていけなくて。街まできたら何か仕事があるんじゃないかと思ってカイセリまで来てみたんだけど、やっぱり現実は甘くないなあって思ってさ。あっ、サキが気にすることじゃないから。俺たちみたいなのはどこにでもいっぱいいる。とにかく金がないから食べることを優先して寝る所は後回し。ここに来てから三ヶ月、そうやってきたんだ。サキのおかげでまたチャンスがもらえた。また頑張って仕事を見つけるよ」
弟や妹たちにちゃんとした生活をさせてやりたいのにできない焦りやもどかしさ、こうして生きていることや元気に働けることの喜び、未来への希望、そんなものが入り混じった顔でジャックは笑った。
ジャックはまだ未来に対して諦めてない。
私に何かできることはないかしら。
ユラの家を提供することはできる。
でもあの家は転移魔法でこっそり出たり入ったりするのに必要だから、できればあの家の秘密は内緒にしておきたい。
他に何か方法は?
ぐう。
私のお腹が鳴った。
もう真剣に考えてるのにっ。
と思ったらルーイに謝られた。
あれ?
今の私じゃないの?
どうも同時に鳴ったらしい。
なので軽食とジュースのおかわりを注文した。
お金がないからいいと遠慮するジャックに出世払いでいいわよと言ったら笑って受け取ってくれた。
運ばれてきた軽食はバゲットのような硬めのパンに、ホーンラビットか何かの肉を濃い目に味付けしてレタスのような野菜と一緒に挟んだもので、この辺りでは一般的な軽食らしい。
硬いのは表面だけかと思ったら中も案外硬い。
噛み切れないほどではないけど、なかなかに顎の力が必要だ。
聞けばこの硬めのパンが主流でもう少し柔らかいパンになると値段も高くなるらしい。
私は三分の一食べるのがやっとだったので、残りはジャックとルーイに食べてもらった。
そうやって楽しく過ごしているとロザリーさんに呼ばれたので、名残惜しかったけど、じゃあまたと別れようとしてふと思いついた。
「ねぇ、ルーイ、アメリ、モリー。あなたたちに頼みがあるんだけど、もう少しだけここで待っててくれない?マルクルさんと少し話をするだけだからすぐ戻って来れると思うの」
「お兄ちゃんを治してくれたんだもん。私たちにできることなら何でも言って」
笑ってそう言ってくれるアメリたちに追加で軽食を注文すると、急いでマルクルさんの部屋に足を運んだ。