63 マルクルさんに怒られてしまいました
オールドムッカの森の中は薄暗かったのでかなり遅い時間なのかと思ったけど、森を出てみると太陽はまだ空高く輝いていた。
「サキはこの後どうするんだ?街まで戻るのか?」
いつの間にか隣に来ていたモリドさんに尋ねられる。
「そうですね。時間があるようならモーザ・ドゥーグをフラッジオさんにお渡ししたいです。ものすごく楽しみにしてらっしゃるようなので。それに今朝フラッジオさんにお会いしたとき、ブラックワイバーンの解体をお願いしたんです。運が良ければブラックワイバーンのお肉を持って帰れるかなと思って・・・」
「・・・ブラックワイバーン!?」
モリドさんの大声に、グリセス様とエドさんと三大巨頭会談をしていたマルクルさんが反応した。
「ブラックワイバーンがどうした?」
「いやサキがフラッジオに解体を頼んだって言うからつい・・・」
「解体を頼んだって、おい。今うちのギルドにいるのか?ブラックワイバーンが」
「そういうことになりますね」
「サキ、ブラックワイバーンをどうする気だ?」
「どうするとは?」
マルクルさんの言いたいことがわからず、首をひねる。
「本当にお前は・・・」
ため息をついた後、マルクルさんが教えてくれる。
「特Aランクのブラックワイバーンは剣や槍なんかの物理攻撃も魔法攻撃も効かねえ。防御に優れた固い皮膚に覆われているせいだ。殺るには口の中を狙うしかねえ。やつが口を開けた瞬間を狙って矢を放つ。急所に当たれば仕留められるが、なかなか手強い。その分、やつの皮膚からは軽くて丈夫な防具ができる。物理攻撃も魔法攻撃も効かねえ高ランクの防具だ。滅多に手に入らねえからブラックワイバーンの皮は高値で取引される」
へぇ、そうなんだ。
イヴァンってばすごい。
そんなすごい魔物を狩ってきちゃうなんて。
私の思考を呼んだイヴァンはニヤッと口角を上げて笑った。
そうであろうと目が言っている。
うん、いつものイヴァンだ。
最近のイヴァンはちょっと変だったから安心したわ。
妙に優しすぎて怖いくらいだったもの。
途端にイヴァンが前足に頭を埋めて丸まってしまった。
見れば尻尾もうなだれている。
『お前というやつは・・・。腹立たしいっ』
「えっ?イヴァン、怒ったの?」
『そうではないっ』
よくわからないイヴァンの反応に首を傾げながら、マルクルさんに、
「私が欲しいのはお肉だけなので、どうぞ好きにしてください」
「本当か。ギルドとしてなるべく高く買い取らせてもらう」
「お金はいりませんよ。さっきも言いましたけど、欲しいのはお肉だけなので」
「だから何でお前はすぐにそう言うんだ。いいか。冒険者に金を受け取らねぇっつう選択肢はねえっ。覚えとけっ」
マルクルさんに怒られてしまいました。
ぐすん。
「あっ、ギルマスがサキを泣かせたっ」
「ギルマス、ひでぇ」
「ボルター、モリド、変なこと言うんじゃねぇっ。・・・サキ、泣いてないよな?」
「サキを泣かすなんて父親失格だな」
「エドっ」
ふふふ。
なんだかおかしくて笑いが込み上げてくる。
「大丈夫です、マルクルさん。マルクルさんは私のためを思って言ってくれてるってわかってますから。私が悪いんです。何も考えてなくて。私には必要のないものなので、捨てるくらいなら欲しい人が貰ってくれた方がいいかなって」
「だからどうして捨てるっていう発想になるんだ」
ごめんなさい。
なかなか売るという発想にならなくて・・・。
頭を抱えるマルクルさんに、思わず元気を出してくださいと言ったらまた怒られた。
なので笑って誤魔化した。
「肉だけってことは爪とか牙なんかもいらねえってことか?」
「はい。それもやっぱり素材としての価値が?」
「もちろんだ。金はちゃんと受け取ってもらうからな」
「・・・わかりました」
渋々了承すると、なんで金受け取るのに嫌々なんだよ、わからねぇとこめかみを押さえるマルクルさんを見て、マイラさんがボソッと言った。
「お金はいらないってサキにはいつものことだったのね・・・」
ローガンさんの眼のことも聞いていたらしいマルクルさんが、私の目を見て言った。
「サキ。この際だから言っておく。ヒールにしてもリジェネレイトにしても無料でかけるな。特にリジェネレイトは金を貰え」
頭に疑問符を浮かべる私に、マルクルさんは続けた。
「いいか。カイセリでは無料でリジェネレイトがかけてもらえるなんて噂が流れてみろ。どっと冒険者がこの街に押し寄せてくる。冒険者はな、少なすぎてもいけねえが、多すぎても困るんだよ。仕事にあぶれるやつが出てきて、余計ないざこざが増えるからな。バランスが大事なんだ。昨日、お前がリジェネレイトで治療した分、サキはいらないと言ったがどうすればいいとバロールが相談に来た。これが片付いたら話し合いをする予定だからお前も参加しろ。いいか、これからは無料で力を使うな。わかったな」
「えーっっ」
「えーじゃないっ。はいっだっ」
「はぁーい」
「だからなんで渋々なんだよ。おれは四十何年間生きてきて金を払えって怒る冒険者は腐るほど見てきたが、金はいらねえって渋る冒険者は初めてだ」
またも頭を抱えるマルクルさんに、四十何年間生きてきても初めてのことってあるんですねぇとしみじみ言ったらまた怒られた。
冗談ですって。
本当にもう。
すると突然、ぶっと吹き出す音が聞こえたかと思うと、ボルターがゲラゲラ大声で笑い出した。
「サ、サキ。おもしれぇ・・・」
お腹を抱えて笑い転げるボルターを見た周りの人たちもつられて笑い出した。
そんなに笑うこと!?
私からしたら不本意だけど、任務を終えた後の殺伐とした場の雰囲気を和やかなものに変えるのには役に立ったようだ。
やっぱり納得いかないけど。
「それじゃあ帰るぞーっ」
マルクルさんの掛け声とともに皆が帰り支度を始めた途端、
『サキ。三時だ』
あまりにも正確なイヴァンの体内時計に、本当に時計が埋め込まれてるんじゃ・・・とお腹の辺りをモフったらイヴァンに嫌がられた。
どんなカラクリがあるのか気になるんだもん。
でも三時だからと大衆の面前でおやつを出すわけにはいかない。
今日のおやつはいちご飴とみかん飴。
砂糖をたっぷり使っているからね。
どうせもう帰るんだし、イヴァンと私は一足先に帰らせてもらおう。
グリセス様率いる騎士団の方々は城へ、マルクルさんたち冒険者とエドさんたち警備隊の方々はカイセリの街へ帰ることになっている。
だったら先に帰っても問題ないよね。
「マルクルさん。私たち先に帰らせてもらいますね。イヴァンのおやつの時間なので」
「あぁ、わかった」
イヴァンのおやつと聞いて察するものがあったのか、マルクルさんもすぐに了承してくれた。
「だが、ギルドには顔を出せよ。そいつの従魔登録もしねえといけねえだろ」
ニコを指差すマルクルさんにそうだったと思い出す。
でもニコ、街に入っても大丈夫かな。
「サキ、お疲れさん。気をつけて帰れよ」
エドさんがいつものように私の頭を撫でながら労ってくれる。
だから私は子供じゃないですっ。
ちょっと嬉しいけど。
「それじゃあ、皆さんお疲れ様でした。イヴァンのおやつの時間なのでお先に失礼させていただきます」
ペコっと頭を下げると、さっとイヴァンに跨りその場を離れた。
ニコもちゃんとついてきている。
「サキっ。ちょっと待てっ」
「おいっ、サキっ」
モリドさんとボルターの声が聞こえたような気がしたけど、あっという間に遥か後ろに消えてしまった。
ある程度離れた所まで来ると、イヴァンは駆けるのを止めた。
転移魔法で街まで帰ろうと思ったのだけど、このままニコを連れて転移するわけにもいかない。
ユラの家の中に大きなニコと一緒に転移するわけにもいかず、庭ならかろうじて転移できるだろうけど、突然レインボーバードが街中に現れたらパニックになりかねない。
私自身転移している所を見られたくないし。
とりあえず街の外、以前のように門の近くに転移することにした。
「イヴァン。マルクルさんたちが戻って来るまでここで待つ?ニコを連れて街へ入るわけにもいかないわよねえ。それにここならおやつを食べても大丈夫だし」
街道から少し離れた木立の奥に身を隠しているので、派手なニコでもそう目立たないだろう。
アイテムバッグからいちご飴とみかん飴を取り出し、イヴァンの前に置いた。
「イヴァン。ニコもイヴァンたちみたいにご飯を食べるのかしら?」
『魔物は飯など食わぬ。たまにお前の魔力を分けてやればよかろう』
ガリガリと飴を砕きながらイヴァンが教えてくれた。
「魔力がご飯なの?どうやってあげればいいの?」
『魔物は魔力によって個として存在する。そこかしこにある魔力を取り込むこともできるが、手っ取り早いのは魔力の高い人間を食らうことだな』
「そうなの?だから魔物って人を襲うのね」
巨大なまこも従魔になる前のニコもやたらと私を狙っていたのはそういうことだったのね。
『やつの体に触れれば魔力を与えてやることができるはずだ』
小さな岩の上で羽を休めるニコの体に触れ、そっと撫でてやると気持ち良さそうにヒューと鳴いた。
何度も撫でているうちに緊張もなくなりいつしか目を閉じていた。
今日はいろいろあったものね。
少しの間だけど、ゆっくり休んで。
ぐう。
自分の腹の虫に、そういえばお昼ご飯を食べてなかったなと思い出す。
お腹空いたな。
まだサンドイッチ、残ってたっけ。
アイテムバッグの中を探してみるも、全部イヴァンが食べてしまったようだ。
サンドイッチはないけどいちご飴なら残っている。
とりあえずこれでここは凌ごう。
いちご飴を一つ、口に放り込む。
甘くて美味しい。
すると眠っていると思っていたニコが目を開け、ヒューと鳴いた。
何?
『それが食べたいと言っておる。人間の食う物を食べたがるとは変わったレインボーバードだな』
イヴァンがそれを言うの!?と思ったけど口には出さず、いちご飴をニコの口の中へそっと入れた。
ニコはバリバリと咀嚼すると嬉しそうにヒューと鳴いた。
「美味しかったの?」
肯定するかのように一声鳴くニコ。
なんと餌付けに成功したようだ。
でも次にみかん飴を口に入れたら吐き出された。
みかん飴はお気に召さなかったらしい。
そうか。
ニコもいちごが好きなのね。
またいちごを箱買いしとかなくちゃ。
そうやってマルクルさんたちが戻って来るまでのんびりと過ごした。