62 実は魔物じゃなくてお化けなんです
「サキっ。大丈夫かっ。いつまでたっても戻って来ないから心配したぞっ。お前が魔穴を閉じてくれたおかげでモーザ・ドゥーグの群れは討伐完了だ。残る一つはこれか・・・」
エドさんの言葉にホッとしたのも束の間、目の前の魔穴も閉じるためホーリーをかけた。
消滅した魔穴に安堵したものの、さっきの不審人物が気になって仕方がない。
エドさんと同じように心配して来てくれたグリセス様にさっき会った不審人物のことを報告する。
男が消えた辺りを調べたグリセス様が、確かに魔法陣の跡があると言う。
でもどこへ転移したかまではわからないらしい。
たいしたことはわからなかったけれど、調べられるだけ調べたあと、私たちはマルクルさんたちのところへ戻ることにした。
そのとき、不審人物が放ったフレイムヴォーテックスの爆炎に巻き込まれないように自主避難していたニコが戻ってきた。
それを見たエドさんたちは咄嗟に身構えるけど、あの子は私の従魔になったのでもう人を襲ったりしませんよと私が言えば、エドさんやグリセス様、一緒に来ていた警備隊や騎士団の面々が一様に同じ顔をして驚いていた。
声も出ないとはこのことか。
あんぐりと口を開けたままの面々に、「ニコです」と紹介した。
我に返ったエドさんたちは皆口々に信じられないと呟いているけど、シルバーウルフも従魔になっているんだからありなのかと半信半疑ながら納得していた。
「ところで・・・」
おずおずとエドさんが、らしくない口調で話しかけてきた。
「サキ。そっちの白いやつだが・・・」
ヴォルカンを指差しながら、目は魔物だよなと言っている。
どうしよう。
何て答えたらいいの?
「なんや、わしか。よう聞いとけ。わしはな・・」
咄嗟に左手でヴォルカンの腕を取り、右手でヴォルカンが背負っていたナップサックのポケットからシャーロットを抜き取って、小さな声で囁いた。
「黙って。何もしないで。でないとシャーロットがどうなっても知らないわよ」
言い終わるや否や、ピタッとヴォルカンの動きが止まった。
微動だにしなくなり、元々の目付きの悪さに加えて虚空を睨みつけながら停止しているので怖さが二乗だ。
ヴォルカンの周りだけ時が止まったかのような不気味な空間が出現した。
「・・・サ、サキ?」
「えっと・・・彼は・・・迷子ですっ」
「はっ!?」
一様に首をひねるみんなにもう一度、私は力強く言った。
「迷子ですっ。魔物のふりをした、ただの迷子ですっ。なので全然気にしなくて大丈夫です。さっ、早くマルクルさんたちのところへ戻りましょう」
「サキ?さすがにそれは無理がないか?」
一緒に来ていたモリドさんが口を挟む。
「モリドさん。何も無理なところなんてありませんよ。だって本人がそう言ってるんですもん。ね?」
最後はヴォルカンに向かって念を押した。
言外に、わかってるわよね、こっちはシャーロットを預かってるんだからね、余計なことは言わないでよと匂わせた。
口に出さなくても思考駄々洩れの私の考えることなんかお見通しのヴォルカンは首が取れるんじゃないかっていうくらい思い切り首を縦に振っている。
『ヴォルカン。お前は先に帰れ。お前がいればサキが困る』
『あぁ。ようわからんが、わしは先に帰っとるわ。シャーロットは返してもらうで』
念話でそう答えたヴォルカンはさっと私からシャーロットを奪い取ると姿を消した。
消えた!?
『消えたわけではない。いわゆる目眩しだ。実際にそこにいるのに人の目から見えなくする魔法だ』
へえ。
そんなのあるんだ。
他の人にも突然消えたように見えたため、周囲がざわついている。
「サキっ。白いやつが消えたぞっ」
びっくりするエドさんに、私は頭をフル回転させて考えついた言い訳をした。
「エドさん。実は彼は・・・私の買ったお化け屋敷に住んでいるお化けなんです」
「えっ?でもお化けの正体は・・・」
「それとは別です。別にもう一人いたんです。迷子のお化けが・・・」
「・・・迷子の・・・お化け・・・」
明らかにエドさんの目がなんだそれはと言っている。
言っていてもお化けで押し通すしかない。
それにヴォルカンも探し物が見つかったのだから自分の国へ帰るだろう。
すぐにいなくなるんだからお化けでもかまわないはずだ。
「そうなんです。だから今消えたでしょう?探し物をしているうちに迷子になっちゃって。でもさっき探し物が見つかったからきっと成仏したんですよ」
「成仏・・・?」
さすがに成仏って言葉はないか。
「天に召された?あの世へ旅立った?まあ、そんなところです」
「そんなところって・・・」
納得していないエドさんたちだけど、実際ヴォルカンがいなくなったことは事実なので首をひねりながらも私たちを待つマルクルさんの元へ急ぐ。
途中、ニコと初めて対峙した死の大地と化した場所で、浄化魔法をかけて大地を復活させておいた。
さすがにこのままでは困る人も多いだろう。
ニコがしたことでもあるし。
マルクルさんのところへ戻ると、一緒にいたニコに驚くもお前ならありえんこともないとあっさりと受け入れてくれた。
さすが、マルクルさんだ。
二つの魔穴を閉じたことを報告し、怪我人をヒールやリジェネレイトで治療していく。
そこそこ腕自慢の集まりではあったけど、Bランクのモーザ・ドゥーグの群れ相手ではそれなりに怪我人もいた。
それでも死人が出なかったのは不幸中の幸いだった。
よかったわ、みんな無事で。
ホッと胸をなでおろす。
ただ、怪我をしているローガンさんにヒールをかけようと近づいたら逃げられた。
何故だ。
側ではトーマスさんとボルターが大笑いをし、マイラさんが苦笑いをしながらごめんなさいねと謝ってくれた。
とりあえず全員の治療を終え、さあ次はモーザ・ドゥーグの浄化だとあちらこちらに斃れているモーザ・ドゥーグを浄化しようとして、慌てたマルクルさんに止められる。
「待てっ、サキ。モーザ・ドゥーグを全部消すなっ。持って帰らなかったらフラッジオに怒られるっ」
切実なマルクルさんの声に、そうだったと今朝フラッジオさんと約束したことを思い出す。
危うく全部浄化しちゃうとこだった。
残っていたモーザ・ドゥーグの死骸を全部アイテムバッグの中に入れた。
全部で十一匹。
そしてその全部にニコについていたタグのような革紐がついていた。
ニコについていたものと一緒にグリセス様に渡した。
グリセス様が調べてくれるらしい。
顔に特徴のある男のことも調べてみると約束してくださった。
何かわかるといいんだけど。
「ところでサキ。さっきの白い魔物だが・・・」
「あっ、あれは魔物じゃありません。お化けです。さっき心の憂いがなくなったのか、あっさりあの世へ旅立ちました」
「はっ!?」
首をひねるマルクルさんからさっさと離れた。
突っ込まれても困るもの。
後始末を全て終えるとマルクルさんが「任務完了」と宣言した。
周りから歓声が上がる。
そこへイヴァンの声も上がる。
『サキ。腹が減った』
「そうだった。ごめんなさい、イヴァン。それどころじゃなかったものね。今日はいろいろお疲れ様。本当にありがとう」
アイテムバッグから出したサンドイッチを美味しそうに食べるイヴァンの頭を撫でながらほっこりしていると、エドさんが魔力切れを起こしてないかと心配して来てくれた。
さすがに今日は大きな魔法を連発したので、多少だるさはあるけれど、倒れるほどではない。
そう伝えると、本当にお前の魔力量はどうなってるんだと笑われた。
私自身、どうなってるんだと思ってるんですよ、エドさん。