55 お化け屋敷という名のユラの家
「それじゃあ用も済んだのでそろそろ帰りますね」
にこやかに告げる私にマイラさんが、
「本当にお金はいいの?私たち、何とかローガンの目を治そうと再生薬を探したんだけど全然手に入らなくて。再生薬がダメならリジェネレイトを使える魔術師をと思ってもやっぱり見つからなくて・・・。それでもいつか見つかったときのためにいくらかは貯めてたの。だから相場より全然足りないかもしれないけど・・・」
「本当に気にしないでください」
でも・・・となおも言い募るマイラさんにイヴァンの頭を撫でながら言った。
「イヴァンたちが優秀なおかげでそれなりに暮らせています。でも・・・マイラさんの気が済まないのなら今度食事に連れて行ってください。私、まだこの街に来たばかりで街のこと、全然知らないんです。美味しいお店とか教えてもらえたら嬉しいんですけど・・・」
遠慮がちに私が口を開くと、マイラさんは目を輝かせて、
「お安い御用よ。でも本当にそんなことでいいの?」
「はい。もちろんです」
「わかったわ。じゃあこの街で一番美味しいって評判の食事処に連れて行くわ」
「本当ですか?楽しみだなあ」
小躍りしそうなくらい喜ぶ私を見て、マイラさんがふと思いついたかのように、
「ところでサキはいくつなの?」
「十八才です」
本当は四十八才ですけどね。
「十八才!!てっきり成人したばっかりなんだと思った」
と驚くマイラさんに、
「どう見てもまだ子供だろ。それなのに明日の討伐に一緒に行くと言うからおかしいなとは思ったんだが」
とちょっと失礼なローガンさん。
「俺と同い年!?嘘だろっ」
外見年齢が同じだとわかって少し引き気味のボルターさんに、
「よいよい。ちっこくてもかわいいからお嬢はそれでよい」
と若干意味不明のトーマスおじいちゃん。
くつくつと肩で笑うエドさんを少し睨みながら、
「エドさん。そろそろ戻らないとスタンさんが怒ってませんか?」
「あーっ、そうだったっ。スタンに仕事を丸投げしてきたんだった。急いで帰らねえと。その前にちゃんと家まで送ってやるからな、サキ」
頭を抱えて唸るエドさんに、
「大丈夫ですよ。私、子供じゃありませんから。知らない人にだってちゃんと道が聞けますよ」
それにいざとなれば転移魔法を使って家に帰るという方法もある。
「・・・やっぱり。ここに来るまでやたらときょろきょろしてるから帰り道がわからんかもなとは思ってたんだ。心配するな。送って行くくらいの時間はある」
ため息をつきつつ、帰り道の心配をしてくれるエドさんに思わずお父さんと呼んでもいいですか?と言いそうになる。
「じゃあ、俺が送って行くよ。エドは詰所に戻っていいぜ」
ボルターさんが何でもないように言う。
「そうか。ボルター、悪いな。じゃあ頼む」
エドさんはそれだけ言うと詰所に戻って行った。
やっぱり時間がなかったんだ。
ごめんなさい。
スタンさんにあまり怒られませんように。
「ボルターさん。私なら大丈夫ですよ。明日も早いですし、今日はゆっくり休んでください」
「何言ってんだ。さっきサキにヒールをかけてもらったから体調もバッチリだぜ。それに送って行くってエドに約束したのに一人で帰らせたら後でエドに何言われるか。ローガンの目だって治してもらったんだ。送って行くくらい何でもねえよ」
ボルターさんがにかっと白い歯を見せて笑った。
「ありがとうございます、ボルターさん」
ペコリと頭を下げる私にボルターさんは、
「サキ、その敬語やめねえ?俺と同い年なのにさんとかつけられるとなんか背中がムズムズする」
「わかりました・・・じゃなくてわかった。ボルター」
これでいい?とでも言うようにボルターを見る。
頷くボルターを見て頬が緩む。
なんだか友達っぽい。
「いいなあ。わしのこともトーマス爺とでも呼んでくれんかのう」
何がいいのかわからないけど、
「トーマスおじいちゃん」
と呼ぶとトーマスさんはひゃっほーと踊り始めた。
よくわからないところもあるけれど、あれはあれでおもしろいおじいちゃんだ。
「じゃあ、私たちも敬語はなしで・・・」
と言い出したマイラさんに顔の前で両腕でバツ印を作る。
「年上の方にため口はダメです」
そんな教育は受けてません。
たとえ、中身は私の方が年上だとしても。
「えーっっ」とむくれるマイラさんはなんだかとてもかわいい。
心の憂いがなくなったせいか表情が生き生きとしている。
「じゃあ、そろそろ行こうか。サキの家ってどこ?どこかの宿屋?」
何と説明すればいいのやら。
「宿屋じゃなくて。街の人がお化け屋敷って呼んでる家です」
「えっっ!」
一斉に四人の視線が私に集中する。
聞き間違い?と全員の顔に書いてあるようだ。
「やっぱりご存知ですか?お化け屋敷の噂」
「本当にサキはお化け屋敷に住んでんの?赤い風見鶏の、この街じゃ珍しい木でできた家だよな?」
ボルターの確認するような問いに、私は頷く。
「そう、その家よ」
「大丈夫なの?サキ」
心配そうなマイラさんに、大丈夫だと答える。
「私、お化けと友達になったんです」
「友達?」
顔を見合わせる四人がなんだかおかしくて笑いが込み上げてくる。
「なあ、サキ。お化けってどんな奴なんだ?」
俄然、お化けに興味を持ったボルターが目を輝かせて聞いてくる。
「そうねえ。ぷにぷにでふわふわでくるくる・・・かな」
さっぱり、全然、少しもわからないと首を傾げる四人に我慢できずに笑い転げてしまった。
「ご、ごめんなさい。でもそれしか言いようがなくて」
あまり詳しく言うわけにもいかず、ちんぷんかんぷんな説明になってしまった。
「よくわからんが、変わり者のお嬢の友達じゃ、多少変でもおかしくないかもな」
白いあごひげを撫でながら、トーマスさんが納得じゃとでも言うように頷いている。
私、変わり者決定なの!?
ちょっと納得できないわーと思いつつも窓の外を見れば、日が落ちかけそろそろ薄闇が広がりそうだ。
夕方も遅い時間になり、下の食堂からいい匂いとともにガヤガヤと人のざわめきが聞こえてくる。
そういえばお腹空いたなあ。
チラッとイヴァンを見ると目が合った。
ずっとおとなしくしていてくれたイヴァンだったけど我慢の限界だったのか、
『早く帰って飯を食わせろ』
と睨まれた。
そうね、そろそろ帰ってご飯作らなきゃ。
結局帰り道のわからない私をボルターが送ってくれることになった。
ローガンさんたちに、また明日と声をかけて部屋を出ようとしたら、マイラさんに抱きつかれて耳元でありがとうと囁かれた。
宿屋を出てボルターと一緒に歩いているとさっきのマイラさんの幸せそうな顔が浮かんできて、知らず知らずのうちに笑みがこぼれた。
「サ、サキ。それはちょっと反則かも・・・」
「えっ?」
声の主、ボルターを見ると何故か顔を右手で隠してそっぽを向いていた。
「どうしたの?ボルター」
「だからそんな笑顔見せられたら・・・」
そういえば私の笑顔って変だったんだ。
久しぶりに落ち込みつつ、
「ごめんなさい。そんなつもりじゃなかったんだけど・・・」
「いや、サキが謝ることじゃない。そうじゃなくて・・・。えーと何て言うか・・・」
首を傾げる私に、ボルターは笑って言った。
「何でもないよ。そのうちにね」
ユラの家に着くと、ボルターにお礼を言って別れた。
家の中が気になって仕方なさそうなボルターだったけど、時間が時間だし明日のこともあるので、
「引っ越したばかりなので、片付けがまだ終わってないの。綺麗に片付いたらぜひ遊びに来て」
そう言うと嬉しそうに帰って行った。
「ユラ、ただいま」
待ちわびていたのかすぐにユラが姿を現す。
「遅くなってごめんね。さあ風の森に帰ろうか」