54 ローガンさんの義眼の理由
「ローガンの左目が失くなったのは私のせいなの。あの時私がうっかりリバルの実を食べたから・・・」
マイラさんの話を要約すると、二人で出かけた森で久しぶりのデートで浮かれたマイラさんが、いつもならしないようなミス、アナンの実と間違えてリバルの実を食べたことから始まった。
アナンの実はただの果物だけど、アナンの実そっくりなリバルの実は催眠状態にする効果がある。
何でもないときならただ眠るだけなので何の問題もないけど、その日に限って言えば運が悪かった。
眠りこけるマイラさんを担いで街へ帰ろうとしたローガンさんはゴブリンの群れと遭遇したのだ。
ゴブリン自体は弱い魔物で、集団で行動するので数だけが厄介だけど、ローガンさんの腕なら問題なく片をつけることができた。
でもその群れは数匹のゴブリンナイトと一匹のゴブリンキングを擁していたのだ。
さらに言えばゴブリンは女を攫って子を産ませる習性があるので、意識のないマイラさんをその辺に置いておくことも出来ず、ローガンさんはマイラさんを担いだまま戦うしかなかった。
そんな状態で高ランクの魔物を相手にすれば体力の消耗も激しく、うっかり倒木に躓いてバランスを崩してしまった。
とっさに立て直すも身を引くのが精一杯でゴブリンキングに左目をやられてしまった。
もうダメかと諦めかけたその時、ゴブリンキングの目撃情報を耳にして心配したトーマスさんとボルターさんが駆け付け何とか街まで帰ることができたのだ。
街に帰ってから目覚め、そのことを聞いたマイラさんは自分を責めた。
ローガンさんは左目一つで済んだんだから気にすることはないとマイラさんを慰めたけど、マイラさん自身が自分を許せなくて・・・。
「本当に大変だったんだぜ。あの時の姉ちゃんの落ち込みようといったらなかった。その上、何故か俺が八つ当たりされて。何で俺なんだよっ」
そのときのことを思い出してむくれるボルターさんにマイラさんは、
「悪かったわよ。だってあの時のローガンはAランク目前で。それなのに左目を失ったせいでまた遠のいちゃって・・・」
きっとマイラさんはまだそのときのことを引きずっているのだろう。
冒険者に怪我は付き物だし、命があるだけ幸せなのだとわかっていてもローガンさんの左目を見るたびにマイラさんの心の傷が疼く。
そしてローガンさんをはじめ、みんなもそれがわかっている。
もちろん、受け入れるしかないことも。
そうやってこの二年の月日を生きてきたのだ、この人たちは。
私にできることがあるなら力になりたい。
そう強く思った私は、ローガンさんに義眼を取り出すように頼み、空洞となった左目に触れながらリジェネレイトと唱えた。
何度見ても気持ちのいいものではないわね。
早送りで細胞分裂を見ているかのように、ものすごい速さで細胞が生まれていく。
そしてあっという間に眼球が再生された。
「見える。見えるぞ」
二、三度瞬きをしたローガンさんはゆっくり周りを見渡した。
そしてマイラさんで視線を止めると嬉しそうに笑った。
「マイラ、ちゃんと見えてるぞ」
ローガンさんの言葉を聞いたマイラさんはぽろぽろ涙を流しながらローガンさんに抱きついた。
マイラさんを受け止めたローガンさんも愛おしそうにマイラさんの頭を撫でている。
なんだか感動的で私までもらい泣きしそうなんですけどっ。
目をうるうるさせて二人を見ている私にエドさんが「何でお前まで泣くんだ?」と呆れ顔だ。
人間、年を取ると涙もろくなるものなんですよ。
口に出しては言いませんけどね。
「本当にありがとう、サキ。お金は何としても用意するから」
「あっ、いりませんよ」
あっさりと返す私に、マイラさんが理解不能とばかりに固まる。
固まったマイラさんの代わりにローガンさんがためらい気味に口を開いた。
「今、いらないと聞こえたような気がしたが、もう一度言ってくれないか。いくら用意すればいい?」
「だからいりません」
「・・・」
アイアンハウンドのメンバー四人はぽかんとして私を見た。
何か裏があるのかと疑っているのかもしれない。
私のことをよく知るエドさんだけは笑いながら、
「なんの冗談だと思ってるんだろうけど、サキは本気だからな。俺の部下が怪我して治してもらったときも金を受け取らなかった。それどころか反対に俺が脅されたんだぞ。その金を受け取って一生自分が落ち込んだままでもいいのかって。変な勘繰りなんかしなくても大丈夫だ。サキがバカなだけだからな」
はい?
「エドさん、酷いですっ。バカだなんてっ」
「ヒール、ましてやリジェネレイトなんか使っといて金を取らねえなんてただのバカか、よくねえことを企む大悪党くらいだろ。サキは大悪党にはなれそうもねえから、そしたらバカしかねえだろ」
あんまりだーっっ。
酷いですっとエドさんに抗議する私に、ガバッとマイラさんが抱きついてきた。
だから胸がっっ。
「本当、サキってバカ。よく知りもしない私たちのために力を使っておいてお金はいらないなんて。エドじゃないけど大バカ者のすることよ。変わり者だって言われない?」
「よく言われます」
それよりマイラさんこそ言われませんか?
大きな胸は危険だって。
リタさんにしてもマイラさんにしても巨乳は武器になりうるって気づいてないのかしら。
柔らかな凶器から逃れた私は、アイアンハウンドの四人に晴れやかに告げた。
「二年前の傷でも再生できることがわかっただけで十分です」
「嬢ちゃん、リジェネレイトなんぞ使って魔力は大丈夫なのか?平気なふりしとるんじゃないだろうな?」
トーマスさんが魔力切れを起こしてないかと心配してくれる。
「心配いりません。私、魔力が多いのだけが取り柄なんです。さすがに今日はリジェネレイトを使い過ぎてかなり魔力を消耗しましたけど、魔力切れになるほどじゃないですから」
「本当に大丈夫なんだな?お前が今日リジェネレイトを使って治した怪我人は軽く三十人を超えるだろう?そんなことのできる人間がいるなんて俺は聞いたことがねえぞ。王宮の魔術師団にもいないんじゃないか?」
エドさんは本当に心配性だ。
娘を心配しすぎるお父さんみたい。
胸がほっこりするのを感じながら、
「大丈夫ですよ、エドさん。ご飯を食べたら元通りですよ」
「えっ?飯食ったら魔力が回復するのか?」
「えっ?エドさんはしないんですか?」
「しねえ。ってかあれだけの魔力を消費して、普通は飯食ったくらいで回復したりしないぞ。MPポーションでも飲めば別だが」
「・・・。じゃあ、ご飯食べてしっかり寝たら全回復するってことは・・・」
「ねえな。・・・サキ、お前は飯食って寝たら一日で全回復するのか?」
「そうですね。だからそれが普通かと・・・」
「全く。お前はどれだけ規格外なんだよ」
呆れるエドさんと呆気に取られているアイアンハウンドの四人ににへらと笑って、
「世の中にはいろんな人間がいるんですねえ」
「その一言で片付けるのか、お前は・・・」
「あはは」
それ以外どうしろと?