53 隻眼の猟犬は意外にも人見知りだった
エドさんと一緒にギルドを出て並んで歩く。
エドさんに連れられてやって来たのは、ギルドからほど近い大きな通りから裏道に入り、くねくね曲がった先にあった、この辺りの建物に多い石積みの堅牢な建物だった。
扉を開けて中へ入って行く。
イヴァンには入り口で待っていてもらう。
一階は食堂兼酒場のようで右手奥の階段を上ると宿になっている。
宿屋の一般的な造りらしい。
ずかずかと食堂を進んで行ったエドさんは、奥のテーブルに背を向けて座る男に声をかけた。
「ローガン」
ローガンと呼ばれた男がゆっくりと振り返った。
ローガンさんはマルクルさんに負けず劣らず強面の男で、特に額から左目にかけて走る大きな傷がさらに怖さを強調していた。
「あ?エドか。何か用か?討伐は明日だろ?」
低く少しかすれたような男らしい声が、耳に心地良くすっと入ってくる。
わぁ、いい声。
「ちょっとな。他のやつらはどうした?まだ休んでるのか?」
「あぁ。でももう起きてくる頃だろ」
ローガンさんがそう言うなり二階からガヤガヤと数人の男女が降りてきた。
すぐにローガンさんとエドさんを認めて近づいてきた。
「エドじゃない。どうしたの?警備はいいの?」
エドさんに話しかけてきたのは赤毛の巨乳美女だった。
なんでこうもリタさんみたいなナイスバディな美女が多いのかしら。
下を向いても視界を邪魔しない控えめな胸にひそかにため息をつく。
どうせならここら辺は育っていて欲しかった。
「・・・サキ。おい、サキ。聞いてるのか?」
「えっ?」
私を呼ぶエドさんの声にはっとして意識を戻す。
前を見るとエドさん以外の四対の目が私を見ていた。
ただ、ローガンさんの左目は本当の目なのかどうかわからない。
もしかしたら義眼かもしれない。
「ご、ごめんなさい。ぼぉっとしてて」
「やっぱり疲れてるんじゃないのか、治療のし過ぎで。ふつうあれだけ光魔法を使えばとっくに魔力切れを起こしてるぞ」
「大丈夫です、エドさん。全然心配いりません。本当にちょっと考え事をしてただけで」
あははと笑って誤魔化す。
さすがに言えない。
控えめすぎる双丘にへこんでいたなんて。
「そうか?ならいいが・・・」
それでも心配そうな顔をするエドさんに大丈夫という意味を込めてにっこりと笑いかける。
「サキ。紹介しておく。彼らが『鉄の猟犬』のメンバーだ。このいかつい男がリーダーのローガンだ」
ローガンさんがリーダーだったのか。
ローガンさんは立ち上がると、あの素晴らしく良い声でメンバーを紹介してくれた。
「アイアンハウンドのリーダー、ローガンだ。そしてこいつがボルター。その隣がトーマス」
ボルターさんは茶色の髪と青い目の、にこにこと愛想のいい笑顔をしている中肉中背の若い男の人で、トーマスさんは白いあごひげと目尻にしわのある、こちらもにこにこと人の好さそうなおじいちゃんだった。
二人と違って眼光鋭いローガンさんに睨みつけ・・・いえ見つめられながら頭を下げて挨拶をする。
「サキと申します。よろしくお願いします」
「それからエドの横にいるのがマイラ。俺の妻だ」
俺の・・・つま。
えーっっ!
この赤毛巨乳美女はローガンさんの奥さんなのっ!?
そうか、夫婦で冒険者とかも有りなのか。
そりゃ、一緒に何度も危機を乗り越えていくうちに愛情が芽生えることだってあるよねえ。
ふと脳裏にアレスさんの顔が浮かんだ。
アレスさんもシェリーさんやティーナさんに愛情が芽生えたりするのかしら。
そんなことを思ったら、心の奥底にモヤッとしたものが生まれたような気がしたけど、気がつかないふりをした。
もう私ったら何を考えているのっ。
思いっきり頭をブンブン振ったらエドさんにいたく心配された。
やっぱり疲れてるんじゃ・・・となおも言い募るエドさんに笑顔で大丈夫ですと言い切った。
ははっ、失敗、失敗。
「初めまして、サキ。マイラよ。会いたかったわぁ。いろいろ噂は聞いてたからね。今日はシルバーウルフはいないの?」
キョロキョロしながら尋ねるマイラさんに入り口を指し、あそこで待っていてもらってますと答えた。
「皆さん怖がるので」
「街の人間ならそうかもしれないけど、ここは冒険者がよく利用する宿よ。そうそう怖がるやつなんかいないわよ」
ケラケラ笑うマイラさんにボルターさんとトーマスさんも同じように笑っている。
ローガンさんだけが眉間にしわを寄せて口をへの字に結んでいるので何だか怖い。
私、何かしましたっけ?
そんな親の仇のように睨みつけなくても・・・。
私の気持ちを読んだかのようにマイラさんが補足してくれた。
「ごめんなさいね、サキ。そんなに怖がらなくても大丈夫よ。取って食ったりしないから。この人、極度の人見知りなのよ。よく知らない人間には緊張しすぎていつもこんな顔になっちゃうの。別に怒ってるわけじゃないから安心してね」
えっ?
ただ、緊張してるだけ?
この顔が?
ジッとローガンさんを見つめていると、ふっと顔を逸らされた。
でもよく見ると少し顔が赤い。
ローガンさん、照れてるの?
ああ、こういう反応する人、近くにいるよね。
あっ、人じゃないか。
「さらに言うと若い娘も苦手なんじゃよ。特にお嬢ちゃんみたいなかわいい子がな」
わははと笑うトーマスおじいちゃん。
「うるせぇ、じじい」
照れ隠しなのか、暴言を吐くローガンさんにみんなケラケラ笑っている。
じじいと言われたトーマスさんも全く気を悪くした様子もない。
つられて私もクスッと笑ってしまった。
するとますますローガンさんの顔が赤くなっていく。
「本当にお前さんたちは仲がいいなあ」
「そりゃ家族だもの」
エドさんとマイラさんの言葉に、私は首を傾げる。
家族?
そりゃローガンさんとマイラさんは夫婦なんだから家族なんだろうけど。
「あのな、サキ。ローガンはトーマスの孫で、ローガンの嫁がマイラ。マイラの弟がボルターなんだよ。だから家族だ」
へぇー、そうなんだ。
なるほど、この和気あいあいとした雰囲気は家族のなせる業だったのか。
なんて感心していると素っ気ないローガンさんの声がした。
「それで何の用だ?用もないのに忙しいお前がわざわざ来たりしねえだろ」
「あぁ、そうだった。明日のモーザ・ドゥーグ討伐にサキも一緒に行くことになったんだが、今朝依頼を終えて帰ってきたばかりのお前さんたちを心配してサキが今日のうちに治療しておきたいって言うから連れてきた。
まあ、見たところたいした怪我もなさそうだが、せっかくだからサキに診てもらえ」
ローガンさんたちに何か言われる前に私は一人一人にヒールをかけた。
「完了です。どこも悪いところなんてなかったかもしれませんが、念のため」
「サキったら私たちを心配して来てくれたの?ありがとう、サキ」
私に抱きついて頭に頬を寄せてすりすりするマイラさんだけど、マイラさん、胸が当たって苦しいです。
「いや、その・・・。わざわざ来てもらってすまなかったな」
私と視線を合わせず、きょろきょろするローガンさん。
でも私には一つ気になることがある。
「ローガンさん。その左目は義眼ですか?」
単刀直入に聞く私を訝し気に見ながら、「そうだが」とローガンさんは頷いた。
「ちなみにいつ左目を失くされたんですか?」
「二年前だ・・・」
二年前。
失くなった体って再生できる期限とかってあるのかしら。
さっきリジェネレイトを使って治した人たちは明らかに昨日怪我した人たちだ。
うーん。
やってみないことにはわからないわね。
「リジェネレイトか」
エドさんのつぶやきを耳にしたローガンさんたちは皆一様に驚いた顔をする。
「サキ。リジェネレイトが使えるの?」
「はい。さっきやってみたら使えました」
「はい!?」
「お嬢ちゃん。まるでジャガイモの皮をむいてみましたみたいに簡単に言うとるが、リジェネレイトはかなりの魔力を消費する。だれでも簡単にできるというものでもないぞ」
トーマスさんの半信半疑の声に、私も不安げに言葉を紡ぐ。
「そうですよねえ。二年も前に失くした眼球って復活するんですかねえ」
「サキが心配なのはそこなの!?」
「はい。昨日左目が潰れたばっかりの人にリジェネレイトをかけたらすっかり元通り見えるようになったって喜んでました。怪我も新鮮なうちでないとダメなんですかねえ」
「本当なの?サキ」
少し震えたマイラさんの声に、マイラさんを見ると期待で満ちた目で私を見ていた。
「マイラさん?」
「サキっ。お願いっ。できるならローガンの目を治してちょうだい。お金なら何とかするからっ。私のせいでローガンは左目を・・・」
「マイラっ」
ローガンさんが少しきつめの口調でマイラさんを止めた。
「ご、ごめんなさい、サキ。私・・・」
「別に気にしてませんから。それより場所を移しませんか?」
いつの間にか酒場にいる人たちの視線が私たちに集中していた。
最も夕方の早い時間だったので、そんなに人もいなかったけど。
「とりあえずわしらの部屋に行こう」
トーマスさんに促されて上にある部屋に向おうとするけど、その前に、
「あの、イヴァンも一緒でいいですか?」
実はさっきから時々上がる悲鳴や鳴き声が気になっていたのだ。
イヴァンのことだから相手にするはずもないけど。
「あぁ、もちろんだとも」
許可をもらったのでイヴァンも一緒に部屋へ向かう。
結局ローガンさんとマイラさんの部屋に落ち着くと、マイラさんは静かに話し始めた。