52 思いもしなかった理由
「でも冒険者の皆さんはどうして大勢でオールドムッカの森に出かけたんですか?」
「えっ?」
領主様をはじめとした三人が三人とも微妙な顔をしている。
「サキ。気づいてなかったのか?」
「何をですか?」
「前からニブいとは思っていたが・・・」
ニブいってマルクルさん、何気に失礼ですよっ。
「お前、ベルマフィラを採ってきただろ。それで西の方にあって近くに川が流れている森で蛇に貰ったって教えたらしいじゃねぇか。その話があっという間に広まって、該当する森はオールドムッカの森しかねぇってんで、みんながこぞって押しかけたんだよ」
えっ?
それじゃあ今回のみんなの怪我は・・・。
「私のせい・・・なんですね。私が教えたから・・・」
ショックだった。
全部私のせいだった。
もし私が来るのがもっと遅かったら?
もし私がリジェネレイトなんて使えなかったら?
間に合わずにみんな死んでいたかもしれない。
たとえ間に合ったとしても、あんなに痛い思いをしなくて済んだかもしれない。
それなのに私は自分を守るために適当なことを言って・・・。
全部私のせいだ。
どうしよう。
「サキっ。しっかりしろっ。お前のせいじゃないっ」
「違いますっ。全部私のせいですっ。私の・・・」
慰めてくれるエドさんに私はぽろぽろ涙をこぼしながら言った。
「違うぞ、サキ。むしろ俺たちはサキに感謝してるんだ」
「マ、マルクルさん。いい加減なことを言わないでください。み、みんなを危ない目に合わせたのに感謝してるだなんて・・・。うぅ」
「サキがみんなにオールドムッカの森のことを教えてやったから大勢の冒険者たちがオールドムッカの森へ向かったんだ。もしサキがベルマフィラの採取場所について何も言わなかったらみんなはてんでばらばらな場所へ行っただろう。そうなったらオールドムッカの森へ向かう冒険者がどれくらい少なくなったかわからない。そこへモーザ・ドゥーグの群れに襲われたらひとたまりもない。下手したら全員そこで死んでた。でもサキがオールドムッカの森というヒントをやったから全員がそこへ向かった。あの人数がいたからこそみんなが生きて帰って来れたんだ。もちろん、お前のリジェネレイトがなかったら助からなかった命もあっただろう。でも冒険者は危険なことも命を落とすことがあることも承知の上で冒険者をやってるんだ。お前も最初に言われただろう。自己責任だって。そんなことみんなわかってるし、誰一人としてお前のせいだなんて思ってない。それとも誰かに言われたか?お前のせいでこんな怪我をしたって」
私は首を横に振った。
みんな、感謝やお礼の言葉はあっても私を非難する言葉は言わなかった。
「でも・・・」
「でももくそもねえっ。それが事実だ。いいか。サキが気にすることじゃねぇ。わかったな」
「・・・はい」
マルクルさんの勢いに押されて頷いたものの、やっぱり私の気は晴れない。
その時、ずっと黙ったままだった領主様の暖かい声がした。
「本当にサキは優しい子だねえ」
領主様を見ると優しい眼差しで私を見つめていた。
「冒険者なんて向いてないんじゃないかい。やっぱりうちの子になって危険なこととは無縁のところで生きた方がサキにとっては幸せなんじゃないかな」
領主様の言葉に頷きそうになる。
領主様の娘になるのは論外だけど、元々平和な日本で生まれ育った私だもの、争いごとには向いてないのは否定できない。
領主様の言う通り、危険なこととは関係ない所で生きようと囁く私と、せっかく仲良くなれたかもしれない街の人たちがまた危険にさらされるのを見過ごしていいのと囁く私が心の中でせめぎ合っている。
脳裏にジャックの姿が浮かぶ。
幼さの残る顔でまだ冒険者になったばかりだと言っていた。
無残な姿でベッドに横たわっていたジャック。
すごく怖くて痛い思いをしたに違いない。
このまま知らないふりをしてジャックや他の冒険者たちがまた同じ目に合うのを見るのは嫌だ。
「確かに私は冒険者に向いてないかもしれません。でも・・・今回のことは私に無関係じゃありません。エドさんもマルクルさんも気にするなと言ってくれますが、気にしないでなんていられません。だから今回の件はきっちり落とし前をつけさせてください。でないと私・・・街のみんなに顔を合わせられません」
そうだ。
起きてしまったことはもうどうしようもない。
だからこれ以上街の人たちが危ない目に合わないように私もできることをするしかない。
私の決意に、領主様は優しく微笑みながら、
「サキならそう言うと思ったよ。本当は芯の強い子だからね。大丈夫。サキならできるよ。心配ない」
「領主様・・・」
ただの変態かと思っていたけど、実はとってもいい人だったんですね。
止まった涙がまたこぼれそうになり、慌てて目じりを拭う。
「見直したかい?いつでも私の胸に飛び込んできていいんだよ」
両手を広げる領主様にマルクルさんの拳が飛ぶ。
やっぱり領主様は領主様だった。
頭を抱える領主様は無視し、マルクルさんが真剣な顔で話し始める。
「間が悪いことにAランクの『ドラゴンナイト』とBランクの『フェアリーウィング』は別の依頼で今この街にはいねえ。帰ってくるのは早くても三日後だ。Bランクのメイブたちだが、何故かここんとこずっと常宿から出てきやがらねえ。理由はわからんがとにかくあてにならん。後はBランクの『鉄の猟犬』が今朝依頼が終わって帰ってきたところだ。疲れていようがどうしようがこいつらを連れて行くしかねえ。それからBランク間近と言われているCランク『ミストラルメイデン』だ。こいつらはオールドムッカの森でモーザ・ドゥーグともやり合ってる。怪我もさっきお前さんに治してもらったと言っていたから連れて行っても大丈夫だろう。あと少し使えそうな連中を連れて行くつもりだ」
「さっきも言ったが、警備隊からも人を出す、騎士団も参加する。サキには助けてもらってばかりだが、よろしく頼む」
エドさんにも頭を下げられるが、今回の件の原因を聞いた以上、断るつもりは全くないので、こちらこそよろしくお願いしますと頭を下げた。
「イヴァンもお願いね」
『我には関係ないことだが』
「わかってる。だから今回も何でも好きなもの作ってあげる。どう?」
『うむ。いいだろう』
今回のパイも良いが、この間のムースとかいう冷たいデザートも捨てがたいとブツブツつぶやくイヴァンの頭をなでながら、
「ありがとう、イヴァン」
「よし。話がまとまったところで解散だ。明日朝七時に西門に集合。俺はこれから他の連中に伝えに行く」
マルクルさんの言葉に私も立ち上がり、一度教会に戻ろうかそれともユラの家に帰ろうかと考える。
「サキはこれからどうするんだ?」
「一度教会へ戻るか、家に帰るかどうしようか考えてます」
「そういや、サキ。お前家を買ったんだってな。それもあのお化け屋敷を」
やっぱりマルクルさんの耳にも入ってましたか。
「そうなんですよ。そのうちあそこでお店とか始められたらいいなあと思って」
「そんときはぜひたんぽぽコーヒーを置いてくれ。いや、そうじゃなくてあんまりいい噂を聞かん家だが大丈夫なのか?」
チラッとエドさんを見た後、マルクルさんに視線を戻すと、
「心配していただいてありがとうございます。でも大丈夫ですよ。私、お化けと友達になったんです」
お化けの正体であるユラを思い浮かべて口元を緩めた。
「はぁ!?」
困惑した表情を浮かべるマルクルさんに笑いかけながら、
「ではまた明日。よろしくお願いします」
「あぁ。明日はよろしく頼む」
困惑した表情のままのマルクルさんに挨拶をしてから帰ろうとしてふと思いついた。
「『鉄の猟犬』の皆さんは今どこにいらっしゃるんですか?迷惑でなければ今からヒールをかけに行ってきますが・・・」
疲れなり、怪我なり、体調不良なりがあるなら今日のうちに何とかしておいた方がいいだろうと思ったのだけど。
「おっ、そうか。それはありがたい。あいつらは確かこの近くの宿を常宿にしていたはずだ」
「『火竜と麦酒』亭だったよな。俺も今から詰所に戻るからついでにサキを連れて行って顔合わせさせてきてやるよ」
「あぁ、悪いな、エド。頼んだ」
「任せとけ」
「では私もそろそろ帰ろうかな。サキ、また明日」
いつの間にか復活していた領主様がにこやかに手を振っていらっしゃる。
思わず一歩引きつつ、私も明日はよろしくお願いしますと返しておいた。
本当に領主様はよくわからない人だ。