50 それってヴォルカンだよねっ!?
アリーさんに別れを告げ、部屋を出ようとする私に、いかつい強面の冒険者たちがお礼を言ってくれる。
彼らの笑顔を見たら私もホッとして心の底からよかったと思った。
それに・・・少しだけ私も仲間と認められたような気がして嬉しかった。
私に光魔法を与えてくれた、いるかどうかもわからない神に感謝した。
彼らに笑顔で見送られ、ギルドへ向かうとすぐにギルマスの部屋に通される。
またマルクルさんの部屋だよ。
小さなため息とともに扉をノックする。
マルクルさんの声が聞こえたので扉を開けて中に入った。
部屋の中にはマルクルさんだけでなく、エドさんと、なんと領主様までいらっしゃった。
「サキ、お疲れさん。しかしお前さん、あれだけリジェネレイトを連発しといて平気な顔してるなんてどれだけ化け物なんだ?」
すでに私のことは耳に入っているようで、呆れ顔のマルクルさんに促されてエドさんの隣に座る。
「すごいな、サキ。リジェネレイトが使えるなんて。このままじゃカイセリの冒険者ギルドは壊滅かと心配していたんだが・・・」
よしよしと私の頭を撫でながらエドさんが白い歯を覗かせる。
頭を撫でられるのは嫌いではないんですけど、子供じゃないし、まして中身はおばさんなので最近はなんとなく恥ずかしいです。
口には出さなかったけど、微妙な顔をする私にエドさんは「もっと誇っていいんだぞ。本当にサキは謙虚だなあ。冒険者なら時にはガツガツ行くくらいじゃないとダメだぞ」となんだかとんちんかんなことを言っている。
エドさん、微妙に、いえかなりズレてますよ。
すると今度は、マルクルさんの隣に座っていた領主様が立ち上がって、
「久しぶりだな、サキ。我が娘よ。会いたかったぞ」
とこちらもさらにとんちんかんなことを言いながら、無理やり私の右隣に押し入ってきた。
このソファ、二人掛けだと思いますっ。
大柄な男二人に挟まれてちょっとキツイですっ。
あわあわする私を見かねてマルクルさんが、自分の左隣を指差し、
「ニコライ、お前はここだ」
「えー。私もサキの隣がいい」
「いい年したおやじがバカなこと言ってんじゃねぇっ」
バシッと領主様の頭を殴ったマルクルさんは、領主様の腕を掴んで問答無用で自分の隣に座らせた。
一応、領主様ですよっ、マルクルさんっ。
と思ったけど、そういえば前にも似たようなことがあったなあと気にしないことにした。
「ところで、サキ。今回の騒ぎのことは何か聞いてるか?」
領主様はあいかわらずだなあなんてほっこりしていたら、危うくマルクルさんの言葉が素通りするところだった。
慌てて意識を戻し、マルクルさんの顔を見る。
「バロールさんから聞きました。オールドムッカの森にBランクの魔犬の群れが出たって」
「あぁ、そうらしい。元々オールドムッカの森はランクの低い魔物しか出なかったし、サーバル草をはじめとする薬草が豊富だ。だからランクの低いパーティがランクを上げるために向かうくらい低級者向けの森のはずだった。ところが昨日、突然Bランクの魔物、モーザ・ドゥーグの群れが出た。強い魔物は群れることを嫌うことが多いが奴らは違う。むしろ群れで行動することを好む。一匹一匹はCランク並だが、十匹以上で行動することによってBランク並の魔物になる。突然あいつらが現れた理由がわからん。それにメイブのパーティがその森で二足歩行で歩く白い魔物と遭遇したそうだ。火魔法を使う今まで見たことも聞いたこともない魔物だったと言っている。それとモーザ・ドゥーグに何か関係があるのか、わからんことだらけだ。そこで、だ。お前さんには悪いがまた手を貸してもらいたいんだが・・・」
・・・。
後半、マルクルさんが何を言ってるのかさっぱり耳に入ってこなかった。
火魔法を使う二足歩行の白い魔物・・・。
それってもしかして・・・いやもしかしなくてもヴォルカンじゃないのっっ!?
ねぇっ、そうだよねっ。
思わず足元に寝そべるイヴァンを見る。
イヴァンは今の話を聞いていたのかいなかったのか、目を閉じて知らんぷりをしている。
「ねぇ、イヴァン。この間、サーバル草を採りに連れて行ってくれた森って、もしかしてオールドムッカの森なの?」
『人間はそう呼んでいるな』
目を閉じたまま、イヴァンが答えてくれる。
やっぱり・・・。
ということはメイブが遭遇した白い魔物はヴォルカンで、メイブはヴォルカンを魔物だと思っているわけで。
いや、私だってそう思ったし。
イヴァンに精霊だって言われてもなかなか信じられなかったもの。
だからメイブがヴォルカンを魔物だと勘違いしても仕方がないことで。
「サキ、何か知っているのか?」
エドさんに聞かれて咄嗟に目を逸らしてしまった私に、領主様は、
「何か知っているんだね、サキ」
私を見る領主様の目は優しいままだ。
でも話してくれるまで帰さないよとその目が言っている。
「あー、その、何と言いますか。えーとっ」
できればこれ以上上位の精霊の知り合いが増えたことを知られたくない私は、頭をフル回転させて考える。
つまり、シロがベルマフィラを見つけた川が流れていた森がオールドムッカの森で。
ベルマフィラは水底の魔力溜まりにしか生えなくて。
地上にある魔力溜まりは虹石の華になるか、魔穴になるかわからなくて。
でも、この間行ったときにはモーザ・ドゥーグなんて魔物はいなくて。
あぁ、イヴァンが魔物を牽制してくれてたんだっけ。
でもシロがあの森には低級な魔物しかいないって言ってて。
つまり突然魔穴ができた!?
「イヴァン。魔穴ってそんなに突然できるものなの?」
『まぁ、魔穴になる直前、いきなり大きな魔力が動くな。虹石の華になるときはそれがない』
「さすがにイヴァンでも魔力が動いたかどうかなんてわからないわよね?」
『我はこの国の真の主、風の精霊だ。わからぬはずがなかろう』
イヴァンはぐわっと目を見開き、怒り気味に私に告げた。
いや、別に馬鹿にしたとかじゃなくて、いくらすごいイヴァンでもさすがにそれはわからなくてもしょうがないよねくらいのつもりで言ったんだけど。
『確かに昨日、オールドムッカの森で魔力が動いた。正確に言うと無理やり動かされた。そんな感じだな』
「どういうこと?」
『さあな』
「元々オールドムッカの森には魔力溜まりがあったのよね?だから魔穴になったのよね?」
『あの森には魔力溜まりはなかった』
「魔力溜まりがないのにどうして魔穴ができたの?この間のシロの説明と合わないじゃない」
『そのようなこと、我が知るはずない』
「さっき、わからないことなんてないって言ったじゃない」
『言ってはおらんっ。魔力の動きがわからぬはずがないと言っただけだ。勝手に解釈するでない』
むぅと思わずほっぺを膨らませた。
しまった。
子供みたいなことしちゃった。
すぐにやめたけど、その前に突然目の前に来た領主様に抱きつかれた。
「かわいいぞ、サキ」
へ、変態だっっ。
私が悲鳴をあげる前に、エドさんとマルクルさんの拳が宙を飛び、領主様の頭に命中した。
「「やめろ、変態っ」」
見事にハモったそれは変態領主様の心に突き刺さり、おとなしくさせることに成功した。
「サキ。何か知っているなら教えてくれないか。このままモーザ・ドゥーグの群れを放置しておくわけにはいかない」
エドさんの真剣な表情に私としても力になりたいと思わなくもないけど、私にできることなどないに等しい。
とりあえず、すでにご存知のことかもしれませんが・・・と話し始めた。
「魔力溜まりってご存知ですか?」
知らないと三人ともが首を横に振った。
「魔力が集まる場所で、ある程度集まれば湖や川の底ならそこにベルマフィラが生えるそうです。地上なら虹石の華。そこにある魔力を吸収してできるので、一度できてしまえばまた魔力が溜まるまで採取できないそうです。次のベルマフィラや虹石の華ができるだけの魔力が溜まるのに百年以上かかるときもあるそうなので、前にマルクルさんがおっしゃっていた、一度採取すると二度と採取できないというのはそのせいみたいです」
私の話を黙って聞いていた三人は一様に驚いた顔をしていた。
「他の薬草と違って、ベルマフィラを採取したらそこからは二度と採取できないのはそのためだったのか・・・」
「えぇ、それで地上にある魔力溜まりは・・・」
『サキ。おやつの時間だ』
「おやつが・・・って、え?おやつ?」
突如割り込んできたイヴァンの声に、足元へ視線を向けると、目を爛々と輝かせ、嬉々とした様子のイヴァンがいた。
確かに三時だけど。
なんて正確な体内時計なの・・・。