10 いざ、カイセリの街へ
先に結果から言うと、イヴァンの言っていたことは全部嘘っぱちだった。
森を抜け、街へ向かう一本道を歩きながら周りを見渡すと風光明媚な景色が広がっていた。
まばらに生えている低木、くるぶしほどの高さの草が生えた草原には、所々赤や黄色の花が咲いている。
見たことのない花に混じって、見慣れた花も咲いている。
たんぽぽのようだ。
時折、サァーッと心地よい風が通り抜けていく。
気持ちいい。
向こうは三月半ばで春も近しという感じだったけど、こちらの世界も同じくらいの季節のようだ。
朝晩はまだ冷えるけど、昼間はぽかぽか陽気で暖かい。
イヴァンと二人、かれこれ三十分ほど歩いた頃だろうか、大きな街道に出た。
この道を東に進んでいくと風の森に一番近い街、カイセリに着くらしい。
カイセリに向かっててくてく歩いていると、旅人らしき人をチラホラ見かけるようになった。
やはり皆一様にグレーや濃い緑など色に違いはあるが、フード付きのマントを着ていた。
ああ、よかった、これならそれほど目立たないわねと安心したのも束の間、すれ違う人が皆私たちをチラチラ見ているのに気が付いた。
な、何なの?
やっぱりどこかおかしいのかしらと内心ドキドキするが、理由がわからない。
時々、馬車が横を通り過ぎて行く。
馬車なんてテレビや映画の中でしか見たことがないなあなんてぼんやり考えながら歩いていると、前方に城壁らしきものが見えた。
この頃にはかなり道行く人も増えてきていたので、案の定門の前には行列ができていた。
まあ私も並ぶことにそれほど抵抗のない日本人ですし、並びますとも。
列の後ろに並ぶと近くにいる人が皆ギョッとした顔をしてイヴァンを見ている。
あれ?
そういえば、従魔を連れている人って他にいないなあ。
冒険者の人はいないのかしら。
そう思ってキョロキョロ辺りを見回すと前方に冒険者らしきパーティーがいた。
腰に剣を下げていたり、弓矢を背負っていたり、杖を持っていたり。
でも従魔の姿は見えなかった。
まあ全員が従魔を連れていることもないだろうからたまたまよね、きっと。
私がそう結論付けたとき、前方から慌てふためいた様子で、剣を携え革の鎧を着た人が私たちの元へやって来た。
門番だと言うその人は
「このシルバーウルフは君の従魔なのか?」
と聞いてきた。
シルバーウルフ?
イヴァンのことかしら?
チラリとイヴァンを見ると小さく頷いたのが見えたので、
「イヴァンは私の従魔です」
と答えると門番さんは
「悪いが君、そのシルバーウルフを連れてちょっとこっちに来てくれないか?」
と言って私たちを門の横にある詰め所らしき所へ案内した。
広くもなく狭くもない部屋の中には三十代くらいの男の人が一人と、中央にこれまた大きくもなく小さくもないちょうどよいサイズの机とそれを挟んで椅子が置いてある。
椅子に座るように勧められたので、ちょこんと座ると部屋にいた男の人が私の向かいの椅子に座り自己紹介をしてくれた。
「俺はカイセリの街の警備隊隊長のエドだ。君は?」
答える前にイヴァンが家名は名乗るなと念話を送ってきたので
「サキです」
とだけ答えた。
家名があるのは貴族だけらしい。
「サキ、そのシルバーウルフは君の従魔で間違いないか?」
「イヴァンは私の従魔ですが、何か?」
「君より先に街に入ってきた者から何件も大きなシルバーウルフらしき魔物を連れた子供が街道を歩いていると報告があったんだ。中には初めて見るシルバーウルフに怯えている者もいてな。最近では従魔を連れている者も少ない上に冒険者や騎士でもなけりゃこんな大型の、それもAランクの魔物を間近に見る機会はほとんどない。もちろんこの街の冒険者の中には小さな従魔なら連れている者もいるが、このサイズの従魔はいない。そこそこ魔物に慣れている街の人間でも凶暴と名高いシルバーウルフは怖いらしい」
イヴァン、どういうこと?
と口から出そうになるのを寸前で止め、念話を飛ばす。
『昔は従魔が一緒にいるのが当たり前だったのだが・・・。これも時代の流れか・・・』
は!?
何、黄昏てるの?
「この子と一緒には街には入れないということでしょうか?」
おずおずと私が聞くと、エドさんは
「いや、禁止されているわけではないので入れないわけではない。
ところで、この街には何のために?」
「ギルドに登録するためです」
「冒険者になるのかい?」
「えぇ、まあ。でも商業ギルドにも登録しようと思っています」
「どっちのギルドも十五才にならないと登録はできないぞ。見たところ子供のようだが・・・」
エドさんの言葉に私はやっぱりと小さくため息をついた。
ここでも定番のアレが発動されたよ。
もしかしてとは思ってたんだよ。
ここに来るまでに会った人たちは皆、金髪だったり、茶髪だったり、赤毛だったり、目の色も青だったり、緑だったり、薄茶だったり、さらに顔立ちは彫りが深くてまさしく西洋風って感じだったもの。
十五才にならないと登録できないということは十五才が成人で私は成人しているようにも見えなかったということなのね。
そんなに日本人って幼く見えるのかしら。
『だから言っただろう。子供にしか見えぬと』
隣にいるイヴァンがふんっと鼻を鳴らし私を見た。
そうは言っても鏡に映った私は高校生くらいには見えても、中学生にはどうしても見えなかったんだもの。
仕方ないでしょ。
それに中身おばさんだし。
「私、成人はしているので・・・」
と言ってみるとひどく驚かれたが、イヴァンを見て怖がる人間もいるからと冒険者ギルドまでエドさんが一緒に行ってくれることになった。
従魔登録は冒険者ギルドでしかできないそうだ。
「おとなしくしててね、イヴァン」