47 魔力溜まり
そんな穏やかな昼下がりを楽しみつつ、シロに話しかける。
「そういえば、この間私にベルマフィラくれたでしょ。シロはベルマフィラがすごい薬草だって知ってた?一本が金貨百枚にもなったのよ。すごい再生薬が作れるんだって」
「魔力溜まりにしか生えぬ草じゃから魔力は強い。良い薬が作れるじゃろうな」
「魔力溜まり?」
「この世界にはあちらこちらに魔力があふれておるが、特に魔力が集まる場所を魔力溜まりと呼ぶ。ベルマフィラは水底の魔力溜まりに生える草じゃ。ラシュートの、我が住処にしておる湖の底にもたくさん生えておった」
「そうなんだ。でも一度採取すると二度と同じ場所には生えないってマルクルさんが言ってたけど」
「ベルマフィラは魔力溜まりに溜まった魔力を糧に生長する。生長してしまえばそこに溜まっておった魔力は空っぽじゃ。次にベルマフィラが生えるだけの魔力が溜まるのに百年近くかかることもあるからのう。人間からすれば二度と生えぬように映るのじゃろう」
「へぇ。ベルマフィラって貴重なんだねえ。魔力溜まりって水の底にしかないの?」
「いや、そんなことはない。地上にもある」
先が二つに分かれた舌をチロチロ出しながらシロが教えてくれた。
「確か地上にある魔力溜まりでは虹石の華がとれるはずじゃ」
「虹石の華?」
「魔力が凝縮してできる石じゃ。魔石のようなものじゃが、魔石よりもはるかに魔力が強く宝石よりもキラキラして綺麗じゃ」
「そんなに綺麗なら一度見てみたいなあ」
今まで高価な宝石にはあまり縁がなかったけど、興味がないわけではない。
これでも一応女ですもの。
「探せばどこかにあるやもしれぬが・・・。地上にある魔力溜まりは危険が伴う」
「どういうこと?」
「上手くいけば虹石の華になるが、時に魔穴になることもある」
「魔穴?」
「魔物が生まれ出る穴じゃ。魔力溜まりに溜まる魔力は強力ゆえ、何が原因かはわからぬが、時に虹石の華にならず魔穴となりそこから魔が生まれる。魔穴を閉じぬ限り際限なくそこから魔が生まれる」
「何それ、怖いんですけど」
「我らと一緒におれば心配ない。それにサキにはフェンリルの結界もある。何の問題もない」
「ありがとう、シロ」
「魔力溜まりに溜まった魔力が強ければ魔穴になったとき、そこから生まれてくる魔も強力だ。気をつけるに越したことはない」
「わかった。気をつけるわ。ところで虹石の華ってどんな効果があるの?」
「それは・・・」
『サキ。おやつの時間だ』
シロが答える前にイヴァンの声が被さってきた。
時計を見るとちょうど三時だ。
なんて正確な体内時計なの・・・。
「仕方がない。イヴァンがうるさいから帰ろうか。でもその前に・・・」
せっかくここまで来たのだからと、目の前に生えているアトリア草を少し採取する。
「じゃあ、帰ろうか」
家に戻るとおやつの準備。
今日のおやつはクレープ。
ネットスーパーで箱買いしたいちごもまだたくさん残ってるし、ホイップ済みの生クリームも購入してある。
薄力粉と砂糖をボウルに入れて軽く混ぜ、溶き卵と牛乳を少しずつ加えて混ぜ合わせる。
レンジで温めて溶かしたバターを加えてさらに混ぜる。
フライパンに油を引いて生地を流し込み薄く広げて中火で焼く。
焼き色がついたらひっくり返し裏面を焼く。
粗熱が取れたらホイップクリームといちごを並べてくるくると巻いていくと完成。
クレープ屋さんじゃないので、多少いびつになってもそこはご愛敬ということで。
生地を焼いて具材をのせくるくる巻き、これを繰り返し皿いっぱいのクレープを作る。
クレープの中身もあんこをのせてみたり、ブルーベリーをトッピングしてみたり。
バナナ、買っとくんだった。
チョコバナナ、絶対美味しいよね。
チョコソースもいるわね。
いちごにかけても美味しいし。
次にクレープを作るときには絶対に用意しておこう。
みんなでわいわいと仲良くおやつを食べ、リビングでまったりとしていると、けたたましい騒音とともにヴォルカンが帰ってきた。
「帰ったでっ。飯、食わせてくれっ」
「ヴォルカン、もっと静かに帰ってこれないの?」
本当にもうとブツブツつぶやく私に、ヴォルカンは何かを突きつけた。
「何?」
思わず手のひらを差し出すと、ころんと何かが落ちてきた。
「森で拾ったさかい、お前にやるわ。美味い飯を食わしてもろとる礼や。遠慮なく取っとけ」
あいかわらず上から目線のヴォルカンだったけど、そんなことは気にならないくらい、手の中のものに目を奪われていた。
キラキラと虹色に輝く石だった。
宝石・・・かしら?
「人間の女はそういうキラキラしたもんが好きやろ」
少し胸を反らして何だか得意げだ。
ダイヤモンドのようにも見えるけど見る角度によって色を変え、まるで虹をまとっているかのようだ。
その時、シロののんびりした声が耳に届いた。
「サキ。それが昼間に話した虹石の華じゃ」
「えっ?これが?」
「魔力を感じるであろう?」
「本当だ。かすかだけど魔力を感じるわ」
「かなりの魔力を秘めておるが、触れていてもその程度の魔力しか感じぬ。しかし身につけておるとあらゆる魔を寄せ付けぬ強力な守りとなる」
「そうなんだ。ありがとう、ヴォルカン」
乱暴でナルシストなだけの謎生物かと思っていたけど、意外と良いところもあるのね。
ひもを通す穴すらないけど、まあ何とかなるだろう。
ウキウキしながら、何を作ろうかと考えていると、イヴァンが面白くなさそうな顔で言葉を発した。
『我のやったアイテムバッグの方がよほどサキの役に立っておるだろう。そのような石ころが何の役に立つ?』
いや、役に立つとか立たないじゃなくて気持ちの問題でしょう。
それに、
「身につけているとあらゆる魔を寄せ付けない強力なお守りになるんでしょう?役に立たないことはないじゃない」
『我の結界があるゆえ、そんな石ころなど必要なかろう』
ホントに何だろう。
イヴァンってイケメンなのに、性格に問題ありよね。
優しいところもあるんだし、もう少し女心を理解できれば完璧なのに・・・。
『どういう意味だ』
イヴァンにギロッと睨まれた私は何でもないわと顔の前で手を振るに留めた。
「ほな、飯にしようか。わし、めっちゃ腹減っとんねん。うん?なんやこいつ大地の精霊か。何でこんなとこにおんねん」
早々にユラを見つけたヴォルカンに、
「その子はユラ。今朝、私が必死で運んでたハナマイムの挿し木がユラのヤドリギに認められたからここにいるの。今まではカイセリの街に住んでたんだけど、一緒の方が寂しくないでしょ」
「ふーん。まぁ、わしには関係ないことや。それより早う飯や」
『今日の夕飯は何だ?』
・・・。
いや、いいんだけどね。
何だか楽し気なイヴァンと「できるまでわし、キャサリンとシャーロットとここでイチャついとるわ」と変態発言をするヴォルカンを見る私は、よほど疲れているように見えたのか、シロがいつもの透き通るような良い声で労ってくれる。
「元気を出せ、サキ」
声の方へ顔を向けると、無表情で親指を立てるシロと目が合った。
何故にサムズアップ!?
それから治療師として勤務する日まで風の森でのんびりと過ごした。
ご飯を作って、おやつを作って、家事をして、合間に趣味の手芸や魔法の練習をして。
イヴァンはやっぱりご飯だ、おやつだとうるさくて。
シロは湖へ行ったり、イヴァンの頭の上でまったりしたりといつものようにマイペースで。
ヴォルカンは変わらず朝に出かけて夕方に帰ってくるサラリーマンのようで。
ユラも小さいながらも新しいヤドリギを気に入ってくれたようで。
スリルもドキドキもなかったけれど、のんびりまったりと毎日を満喫できたのだった。