45 海苔巻きと重力魔法
翌朝、いつものように目覚め、普段と同じように朝からうるさい三人のために朝食を作り、家事を済ませ、それから庭の手入れ。
水をやったり、雑草を引っこ抜いたり。
さして広くもない庭の手入れを終えると、ふと挿し木したハナマイムの枝の鉢植えに目をやった。
えっ?
嘘でしょ!?
そこには立派に成長したハナマイムの木が鎮座していた。
とても三日前に挿し木をしたばかりだとは思えないくらいのハナマイムの木が。
すでに私の身長を越え見上げるほどになっている。
変わった精霊がいる世界だもの。
こんなことが起こっても不思議じゃないのかも。
この世界に来てまだ日は浅いけど、いろいろなことがありすぎてもう慣れっこだ。
「もうこれで十分じゃない?さすがに大木とは言えないけど。今度ユラをここへ誘ってみようかな」
せっかくなのでリビングの窓辺に移そうと鉢植えを持ちあげてみるけど、びくともしない。
元々大きめの鉢を用意していたし、土自体だけでなくハナマイムの木も相当重そうだ。
「ちょっと無理かも。どうしよう」
そこへヴォルカンが声をかけてきた。
「ほな、わしはちょっと出かけてくるわ」
「終わったの?朝ドラ」
「おぉ。何であんなところで終わるんや?わし、気になってもうてしゃあないわ」
視線をハナマイムの鉢から、腕を組んでぶちぶち怒るヴォルカンに変え、私は尋ねた。
昨日、イヴァンからよくわからないレクチャーを受けたヴォルカンは、今日はリアルタイムで朝ドラを見ていた。
何故かシロも一緒に。
彼らのツボはよくわからないけど、朝ドラは偉大だということはよくわかった。
「また探し物?」
「まあな」
「何を探してるの?」
「わしの大事なもんや」
「ふぅーん。早く見つかるといいわね」
さして興味もないので、あっさり会話を終えるとハナマイムの鉢に視線を戻しながら、
「お弁当作っておいたから持って行って。どうせ今日もうちに帰ってくるんでしょ」
ヴォルカンは首を傾げて、
「お弁当?お弁当って何や?」
「持ち運べるお昼ご飯よ」
「何やて。それはごっつ楽しみやなあ」
にこにこ顔のヴォルカンを見て、作ったかいがあったかもと今朝のことを思い出していた。
今日は特に予定もなかったのでうちでのんびりしようと思っていたら、ヴォルカンが朝ドラを見た後出かけると言うので、お弁当でも作ってあげようかなって気になって、結局朝からせっせと海苔巻きを作ったのだ。
最近お昼といえばサンドイッチばかりだったので、何か違うものをと考えていたら、朝のニュースでお花見をしている様子がテレビに映し出されていて、「そうか。日本じゃちょうど桜が咲いてお花見の時季なんだ」と思いながら見ていると偶然海苔巻きのお弁当が見えたのだ。
無性に食べたくなっちゃったんだよねえ、海苔巻き。
運よく海苔巻き用の海苔もあったので、作るしかないと大量の海苔巻きを作り始めた。
炊き立てのご飯にすし酢を合わせて酢飯を作って冷ましておく。
その間に具材の準備。
厚焼き卵を細く切ったもの。
油を切ったツナにマヨネーズを混ぜ合わせたもの。
それから縦に四等分したキュウリ。
巻きすに海苔を置き、酢飯をなるべく均一になるように広げる。
中央より少し下のところにツナマヨ、卵焼き、キュウリを並べ具材を軽く押さえながら巻いていく。
同じようにして焼いた鮭の身をほぐしたものにマヨネーズを混ぜ合わせたものとカニカマ、厚焼き卵をのせて巻いたもの。
それからガッツリ系の海苔巻き。
薄切り牛肉を焼き肉のたれで炒めてサンチュ代わりのレタスを敷いた上にのせて巻いたもの。
出来上がったものを全て食べやすい大きさに切ったら完成。
それをお弁当箱に詰めて昨日作ったカップケーキと一緒に包んでテーブルの上に置いておいた。
「テーブルの上に置いてあるから、昨日あげたナップサックに入れてね」
「おぉ、めっちゃ嬉しいわ。ところでお前はさっきから何をしとんねん」
何とかハナマイムの鉢植えを移動させようと奮闘している私を見て、ヴォルカンが尋ねる。
「この鉢植えをね、リビングの窓のところへ持って行きたいんだけど、この大きさでしょう?重くてなかなか動かないの」
ずるずると少しずつ重い鉢植えを動かしていると、呆れたような声で、
「そんなもん、魔法使ったら一発やろ」
「魔法?どんな?」
首をひねる私に、呆れを通り越して馬鹿にしたような口調でヴォルカンは言い放った。
「重力魔法に決まっとるやろ。何でわからんのや」
「そんな魔法聞いたことないわよっ」
「何で知らんのやっ」
「地球生まれの地球育ちだからよっ」
「地球?」
今度はヴォルカンが首をひねる番だった。
「私が生まれ育った所よ。そこには魔法なんてなかったの」
「魔法のない場所なんか存在するんか?」
驚きに目を見張るヴォルカンに、
「まぁ、いろいろ事情があるのよ。とにかく私は重力魔法なんて使えないから」
私はまた少しずつずるずると鉢植えを引っ張り始めた。
「しゃあないなあ。美味い飯食わしてもろとる礼や」
そう言うなりヴォルカンはパチッと指を鳴らした。
その瞬間、私は怪力女になってしまった。
あれだけ重くて苦労していたハナマイムの鉢植えを軽々と持ち上げてしまったからだ。
「ヴォルカンっ!いったい何したのっ!こんな怪力女になっちゃったらもうお嫁にいけないーっっ」
と叫んでから「どこに嫁にいく気?」と自分に突っ込んでみた。
「何アホなこと言うとんねん。わしはその鉢植えに重力魔法かけたっただけや」
「えっ?どういうこと?」
「重力魔法いうんは物の重さを自由自在に変えられる魔法や。重い物を軽うしたり、軽い物を重うしたり。お前が怪力になったわけやあらへん。ホンマ、お前ってやつは・・・」
アホやな。
明らかにヴォルカンの目がそう語っていた。
ムキーッ!
私の怒りを感じ取ったのか、ヴォルカンは瞬発力を活かしてあっという間にいなくなった。
テーブルの上のお弁当がなくなっていたので忘れなかったらしい。
プンプンしながら軽くなったハナマイムの鉢植えをリビングの大きな窓の近く、良く日の当たる場所に置く。
なおもブツブツつぶやく私にシロがそっと声をかけてきた。
「サキ。何故転移魔法を使わぬ?転移魔法なら簡単に運べたであろう。触れてさえいれば良いのだからの」
シロの言葉に私が全力で脱力したのは言うまでもない。
私のバカ。
しばらくソファの上で膝を抱え、ごろごろ転がっていたけど、いつまでもこうしていられない。
ユラを連れてこよう。
ユラの家に転移し、ユラを呼ぶ。
「ユラ、どこ?」
呼ぶとすぐにユラは姿を現した。
くるくるフワフワと嬉しそうに私の周りを回っている。
「ユラにもらったハナマイムの枝を挿し木にしたんだけど、何故かあっという間に大きくなっちゃって。さすがに大木とまではいかないけど、あれなら大丈夫じゃないかな。それにね、風の森の奥には大きなハナマイムの木もあったの。ね、一度風の森の家に行ってみない?」
私の言葉を聞いたユラは体を大きく縦に揺らした。
早速、ユラと一緒に風の森の家に転移する。
やっぱり最初は不安そうにキョロキョロしていたけど、窓辺に置いたハナマイムの鉢植えを見つけるや否やすぐさま近づいていった。
しばらくハナマイムの鉢植えの周りを観察するようにゆらゆらしていたけど、やがてふっと姿が見えなくなった。
うん?
どうしたんだろうとなおも見ていたらまたふっと現れて、かと思えばまたふっと消えて。
「ねぇ、イヴァン。ユラは何してるの?」
ハナマイムの鉢植えから視線を動かさずにイヴァンに聞く。
『ヤドリギとなりうるかどうか見極めておるのだろう』
あくびをしながら面倒くさそうに答えるイヴァンに一瞬だけ視線を向けると、すぐに鉢植えに視線を戻す。
どうなんだろう。
まだ小さすぎるのかな。
ドキドキしながら待っていると、やがてユラが現れた。
ハナマイムの鉢植えの周りを嬉しそうにくるくる回っている。
もしかして・・・。
「イヴァン。あのハナマイムの鉢植えはヤドリギとして認められたの?ユラに聞いてみて」
明らかに面倒くさそうに何事かユラに問いかけると、
『あぁ、ヤドリギとして問題ないらしい』
もうこれ以上手間をかけるなとばかりにイヴァンはハンモックに飛び乗り、前足に頭を預け目を閉じた。
私はハナマイムの鉢植えに近づくとユラに声をかけた。
「ユラ、これで一緒にご飯食べたり、のんびりおやつタイムしたりできるね。ここに泊まることもできる?」
体を縦に揺らすユラに私は手を伸ばすとギュッと抱きしめた。
「よかった。これでもう寂しくないね」
それからはお昼になるまでうちで過ごした。
何故か今日は湖に行かなかったシロはイヴァンの頭の上でまったりとしているし、ユラは部屋中を物珍しげにあっちに行ったり、こっちに行ったりして楽しそうだ。
私はと言えば、少し魔法の練習をしようと小さなコップを手に四苦八苦していた。
水魔法の練習で、この小さなコップの中だけに水をためようとしているんだけど、けっこう集中力が必要で、ただ単に雨を降らせるだけなら簡単なんだけど、コップの中限定となるとなかなか上手くいかない。
それでもしばらく格闘していると、なんとかできるようになった。
次は庭に出て土魔法の練習。
三人目のゴーレムを出現させようと土の塊相手に闘志を燃やしていた。
なんとか三人目のゴーレムを出現させることに成功してもその後が上手くいかない。
「二人までは上手くいくの。でも三人目となるとどうもダメなのよねえ。どうしてかしら」
形を作ることはできても、動かそうとすると三人が全く同じ動きになってしまう。
今も軍隊さながらに両手両足をそろえて行進している。
「入場行進ならこれでいいと思うの。でも競技となれば別々に動かないと変だもんねぇ。もう少し魔力を分散させればいいのかしら」
秋の大運動会を諦めていない私は必死に練習する。
「大丈夫。まだ時間はあるわ」
分散させる魔力の量を微妙に調整しながら練習していたけど、だんだん疲れてきて、気がつけば砂の山ができてたりして、もうこれ以上練習しても無駄かなぁと思ったところにイヴァンの『腹が減った。飯だ』の声が飛んできた。
ちょうどいい頃合いだと、手を洗うために家の中へ入った。