43 家庭料理と団らん
バロールさんが言い終わらないうちにまた入り口の方が騒がしくなり、腕に包帯を巻いている人や足を引きずっている人たちがやって来た。
冒険者のパーティのようだ。
「うん?お前サキか?新人冒険者の。ここで治療師をやっているのか?」
そう声をかけてきたのはダークブラウンの髪と瞳の色を持つ大柄な男で、何故かやたらと声が大きい。
耳が痛い・・・。
「休み明けの一日はここでお仕事をさせてもらうことになりました。サキと申します。よろしくお願いします」
ペコリと頭を下げると、目の前の大男は同じように頭を下げて名乗ってくれた。
「俺は「北風の乙女」のリーダー、ヒューゴだ。こっちこそよろしく頼む。早速で悪いが診てもらえるか?骨が折れちまったんだ」
折れた?
腕に包帯を巻いているが、添え木らしきものはない。
いいの?
そんな大雑把で。
さすが冒険者というべきか。
傷に障らない程度に触れヒールをかける。
ヒューゴさんは無造作に包帯を剥ぎ取り、ぶんぶんと腕を振り回した。
「おぉ、治ってる、治ってる。助かった。無駄にポーション使わずに済んだ。ありがとな」
さわやかな笑顔とともにお礼の言葉が返ってきた。
ちょっぴり嬉しくなって笑顔になった私に、横から別の男の声が割り込んできた。
「次は俺。トビーってんだ。ちょっと足を捻っちまって」
ヒューゴさんの肩に手をかけ、ひょいと怪我をしている方の足を少しだけ持ち上げる。
同じように、トビーさんにもヒールをかける。
トビーさんはぴょんぴょん飛び跳ね、治ったことを確認している。
「よし。これで次の依頼が受けられる。じゃあまた何かあったときはよろしく頼むな」
二人は笑顔で帰って行った。
その後も次から次へと街の住人や冒険者が治療のためにやって来た。
こんなにたくさんの人が痛いのや苦しいのを我慢してたの?
そう思ってしまうくらい、病人や怪我人が治療を受けて帰って行く。
一息付けたのはお昼をかなり回った頃だった。
バロールさんが私に気を使って、昼の休憩中だからもう少し後で来るようにと追い返してくれたようだ。
「私なら大丈夫なのに」
困ったように言う私に、バロールさんは真剣な顔で、
「何を言うんだ。昼飯も食わずに治療してお前さんが倒れたらどうする。それに・・・」
バロールさんはチラッとイヴァンに目をやり、
「何だかそこのシルバーウルフの機嫌が悪いように見えるんだが・・・」
「イヴァン、どうかした?」
いつもと変わらないように見えるイヴァンだったけど、イヴァンは不機嫌そうに、
『腹が減った。飯はまだか?いったいいつまで待たせるのだ』
相変わらずの横柄な物言いに少しムッとしながら、
「あのね。私は仕事をしてたの。イヴァンは木陰で寝てただけでしょ」
診療所に来る人たちが皆、イヴァンを見て驚くので、イヴァンには花壇の隅の目立たない場所に移動してもらっていたのだ。
『そのようなこと、我には関係ない。それに我とて今まで静かに待っておったではないか。昼に昼飯を食いたいと言うのは悪いことなのか?』
うっ・・・。
イヴァンの言うことにも一理ある。
確かにイヴァンは今までおとなしく待ってくれていた。
治療師の仕事は私がやると決めたことだ。
イヴァンには関係ない。
ふう。
私は大きく息を吐くと、イヴァンに向かってガバッと頭を下げた。
「ごめん、イヴァン。イヴァンの言う通りだよ。イヴァンは悪くない。本当にごめんなさい」
『わかれば良い。我は偉大なる風の精霊だ。小さなことなど気にせぬ』
「じゃあ、お昼ご飯食べようか」
イヴァンと仲直りをしたところで、エミリさんの私たちを呼ぶ声がした。
「サキ。一緒にお昼ご飯を食べましょう」
エミリさんに誘われ、イヴァンとともに後をついて行くと、二人の居住スペースにあるダイニングへと案内された。
こぢんまりとしているけど、清潔感のあるダイニングで、テーブルには美味しそうに湯気を立てる料理が所狭しと並んでいた。
「簡単なものしかないけど、どうぞ召し上がれ」
案内された席に着くと、エミリさんに勧められて目の前にあるスープを一口飲んだ。
「美味しい・・・」
たっぷりの野菜としっかり煮込まれた肉が、あっさりとした塩味のスープにとても合っていて優しい味だ。
「口に合ってよかったわ。ところでシルバーウルフの食事はどうすればいいかしら」
「あっ、しまった」
私は慌ててアイテムバッグの中から今朝作ったサンドイッチを取り出した。
「ごめん、イヴァン。はい、どうぞ」
家にいるときと同じようにバロールさん家のダイニングの椅子にちゃっかり座っているイヴァンを見て、バロールさんもエミリさんも優しい笑顔を浮かべている。
イヴァンの前に大量のサンドイッチを置くと、残りをテーブルの真ん中へ。
「今朝、作ってきたんです。よかったら一緒にたべませんか?」
「美味そうだな」
「えぇ、本当」
サンドイッチに手を伸ばした二人は一つを手に取ると、口へ運んだ。
「美味いっ!」
「美味しいわ」
二人の口に合ってよかった。
「この黄色いのは何かと思ったら卵なのね。こんな卵料理初めてだわ」
「この肉もすごく美味い。この肉は何の肉だ?」
「キングボアの肉をカツにしたんです」
「キングボア!?そんな高級な肉をわしらが食べてもいいのかね?」
「遠慮なくどうぞ。この間の依頼の報酬の一部として貰ったんです。今まで食べたことがなかったので少し分けてもらったんですけど、本当に美味しいお肉ですよね、魔物なのに。エミリさんも食べてみてください」
「報酬なんでしょう?それなのにいいのかしら」
「もちろんですよ」
申し訳なさそうなエミリさんにさらに勧める。
だってみんなで食べた方が美味しいもの。
そして私はエミリさんの作ってくれた料理に手を伸ばす。
何かの肉と野菜を炒めたもののようで、見た目はチンジャオロースに似ている。
「美味しい。少しピリッとしているけど、それがアクセントになっていて辛すぎずにちょうどいい味。これは何ですか?」
「あぁ、サキは最近街に来たばかりだったわね」
「えっ?どうしてそれを・・・」
「街でも噂になっているし、それに昨日、警備隊のエドがあなたのことをよろしく頼むってわざわざここに来たの。何も知らない子だからいろいろ教えてやってくれって」
エドさんっっ。
かっこ良すぎるよっ。
なんか泣きそう。
エドさんといいマルクルさんといい、どうしてこうも優しいんだろうとほっこりしていると、エミリさんが「それはね」と一つずつ教えてくれた。
「今食べたのはクレーデル。マッドブルの肉とパプリカとレシュカの実を細かく切ったものを炒めて唐辛子やペーペリで味付けをしたものよ」
パプリカと唐辛子って聞こえた。
その二つはここにもあるのね。
黄色の方がパプリカで赤いのが唐辛子だと思うから、こっちの黒いのがレシュカの実ね。
「それからそっちのスープがグラッシェル。小さく切ったホーンラビットの肉と玉ねぎやじゃがいも、カロッテと一緒に煮込んで塩こしょうで味付けしてあるの。入れる具材は家庭によっていろいろね。どっちもこの辺りの家庭料理の定番よ」
カロッテ・・・きっとこの緑のことね。
食べると人参のような味がする。
なるほど。
こっちの人参は緑なんだ。
でも領主様の城でホーンラビットのスープにもオレンジの人参みたいなのが入っていたような気がするんだけど、あれは人参じゃなかったのかしら。
また市場で確かめなくちゃ。
それからペーペリ。
あの言い方だと唐辛子のような香辛料よね、たぶん。
これも後で確認っと。