42 ベルマフィラ
マルクルさんの部屋の扉を見ながら私は思った。
この部屋に呼ばれる確率高くない?
ノックをすると間を開けずに「入れ」の声がした。
扉を開けるとすでにマルクルさんはソファに座り、じっと手に持っているベルマフィラを見ていた。
視線を上げ、私と目が合うと視線だけで向かいのソファに座るよう促される。
私が座ると、マルクルさんはおもむろにため息をつき、そして口を開いた。
「サキ。お前は何でこうもいろいろ問題を持ち込んでくるんだ。いや、そうじゃねぇな。これも立派な依頼だし、それが達成できたことはいいことだ。ギルドにとってもベルマフィラを手に入れられたことは嬉しい。ベルマフィラなんて滅多に手に入らねぇからな。それを二株も。ちなみにこれが何の薬になるか知ってるか?」
薬草だということしか知らない私はぶんぶんと首を横に振った。
「やっぱりな。知ってたら堂々と持ってくるわけねぇからな。ベルマフィラから作られる薬は奇跡の薬と呼ばれている。生きてさえいればちぎれた手足すら再生してくれる。まぁ、死んじまったら効果はないがな。つまり、どんなに死にかけている人間でも助けることができるから奇跡の薬だ。報酬は見たか?」
頷く私にマルクルさんはさらに続ける。
「これだけ高いのには訳がある。どこに生えているのかわからんからだ。もちろん、水の中に生えるのはわかっている。だが、どんな条件なら生えるのかわかってねぇし、他の薬草みたいに一度採取した場所にまた生えることはないらしい。それでもベルマフィラ採取の話を聞いた冒険者どもはどこで採ってきたのか探りを入れにお前に近づいて来るぞ。同じ場所に生えないとわかっていても近くにまだあるかもしれんと思うし、わかっている情報が少なすぎるからどこで採れたのかっつう情報収集も必要だしな。とにかく気をつけろ。何かあったらすぐ俺に知らせるんだぞ、いいな」
マルクルさんの優しさに泣きそうになる。
私がまた変な冒険者たちに絡まれるんじゃないかって心配してくれているのだ。
本当にこの街の人たちはいい人ばかりだ。
「マルクルさん。心配してくださってありがとうございます。気をつけます。ちなみに・・・マルクルさんは聞かないんですか?私がそれをどこで手に入れたのか」
「そんなことをペラペラ喋る冒険者なんぞいねぇだろ。・・・まさか、サキ?」
「風の森にある湖に生えてたんですよ。さすがに本当のことは言えないですよねぇ。どうしましょう?」
「どうしましょうって・・・お前」
呆れ顔のマルクルさんに笑いかけながら、
「黙ってた方が面倒くさいことになるんだったら、言っちゃった方が楽かなって。でも本当のことは言えないし・・・。ここは一つ、得意の噓八百で誤魔化すのが一番ですかね」
「噓八百って・・・。まぁ、確かにお前の特技かもな。俺もいろいろ騙されたし」
騙されたって・・・。
まさかそれは本当は貴族なのに一般庶民のふりしてるとかのことじゃないですよね。
全然ふりとかしてませんからね。
それともこの瞳の色のことですか?
でもこれは仕方がないことですよ。
好きで誤魔化してるわけじゃないですよ。
心の中で憤慨していると、突然マルクルさんがくつくつと笑い出した。
「マルクルさん、どうしました?」
マルクルさんはやっぱり笑いながら、
「お前は本当にわかりやすいなあ」
それはつまり全部顔に出てるってことですか?
そんなに私ってわかりやすいのかしら。
確かにすぐにイヴァンたちにもバレちゃうし。
これはもう性格の問題なのでは・・・。
「それでサキ。どう言って誤魔化すんだ?」
私は正直に一つは風の森の湖で、もう一つは西の方の森で、どちらもシロからもらったことを話した。
「だから風の森のことだけ内緒にして、それ以外のことは正直に話せばいいかなって思うんですけど、どうですか?」
「まあ、お前の好きにすればいい。ベルマフィラ採取の報酬は下で受け取ってくれ。もう帰っていいぞ」
「はい。ありがとうございます。・・・ってヤバいっ。遅刻しちゃうっ」
慌てて立ち上がった私に、マルクルさんが何だ?という風に首を傾げるので、
「私、今日から教会で、毎日じゃありませんけど治療師として働くことになったんです。初日なのに遅刻するなんて・・・」
「そうなのか。それはありがたいな。もし遅刻したら俺が引き止めてたせいだって言っておけ」
マルクルさんは顔は怖いけど、優しくてかっこいい。
本当のお父さんみたいだ。
部屋を出て、階下へ降りると、ロザリーさんが報酬を用意してくれていた。
「サキさん。気をつけてくださいね、いろいろと」
「はい。マルクルさんにも言われました。ちゃんと気をつけますから大丈夫です」
受け取った報酬(さすがに金貨二百枚は重いわ)をアイテムバッグ入れると、今日から教会で治療師として働くことを伝え、念のためロザリーさんに教会の場所を尋ねた。
自分の記憶と違いないことを確認すると、ロザリーさんに手を振って出口へ向かった。
「お姉さん」
もう少しで出口だという所で声をかけられた。
声の持ち主は、さっき依頼表を取ってくれた少年だった。
「あぁ、さっきの。さっきはありがとう」
「お姉さん、本当にベルマフィラを採取したの?」
「ベルマフィラ?そうねぇ。正確には採取じゃないの。貰ったの」
「貰った?どういうこと?」
そりゃそうだ。
誰が金貨百枚にもなる薬草をくれるというのだ。
「だからね。どこの森かはわからないの、イヴァンに連れて行ってもらったから。たぶん、ここから西の方角だと思うんだけど。そこで困っている白蛇を助けたのね。そしたらしばらくしてその蛇が何かを銜えて戻ってきたの。それを私の足元に置いたら蛇はいなくなっちゃったんだけど、拾ってみたらベルマフィラだったの。近くに川が流れてたからその川の川底にあったんじゃないかなって思うんだけど」
風の森のことは言えないから昨日行った森のことを話した。
シロが持ってきてくれたのも、川底にあったのも本当だし、あながち全てが嘘というわけではない。
本当なのか嘘なのか判断がつかないのだろう。
何とも言えない表情をする目の前の少年に、心の中でごめんなさいと謝った。
そしてそれは周りで聞き耳を立てている冒険者たちも同じようで、困惑した雰囲気が伝わってくる。
信じるも信じないもあなた次第です。
ドラマの最後にありそうなナレーションを心の中でつぶやくと私は目の前の少年に、
「ごめんなさい。私、もう行かなくちゃ。あぁ、まだ名乗ってなかったわね。私はサキ。この子はイヴァン。あなたは?」
「えっ?あぁ、俺はジャック。この間成人してやっと冒険者になったばかりなんだ。小さな弟や妹たちを養わなくちゃいけないのにまだあんまり仕事がなくて・・・。お姉さん、人が良さそうだったからもしかしたら聞いたら教えてくれるかもって・・・」
「別にいいわよ。でもたいして役に立つ情報でなくてごめんなさい。それじゃあ私はもう行くわね。今日から教会で休み明けの一日、治療師として働くことになったの。何かあったら訪ねてきて。じゃあね」
ジャックと別れると、私は足早に教会へ向かった。
確かこの角を曲がれば教会があったはず。
曲がった先には、数日前に訪れた教会があった。
遅刻してなきゃいいけど。
初日からいい加減だと思われたくないものね。
教会の中へ入り、声をかける。
「おはようございます。サキです」
すぐに奥からバロールさんとエミリさんが出てきた。
「おはよう。本当に来てくれたのね。嬉しいわ」
にこにこ顔のエミリさんに、
「ちゃんと約束しましたからね。ちょっと遅れちゃったかもしれませんけど」
「あら、ごめんなさい。別に信じてなかったわけじゃなくて、光魔法の使い手は依頼が入るとどうしてもそっちを優先してしまうでしょう。サキは優秀な冒険者だって聞いているから他の冒険者に誘われたらそっちへ行ってしまうかもしれないわねってこの人とも話してたの」
そうか。
パーティに参加して依頼をこなした方が収入がいいってエドさんも言ってたっけ。
「大丈夫ですよ。イヴァンのおかげでDランクの冒険者になっちゃいましたけど、私自身は全然ランクアップできていないので、他の冒険者の方たちに誘われてもお受けできません。むしろ私がいたら他の方たちの足を引っ張りそうですから」
少しおどけた様に笑って答える私に、バロールさんもエミリさんも安心したように笑い返してくれる。
「サキ。こっちへ来てくれるか。診療所として使っている部屋に案内する」
二人に連れてこられたのは教会の中庭に面する部屋で、教会の入り口から中庭を通ってこの部屋に来れるらしい。
建物の中を通るより早いようで、建物の奥にはバロールさんとエミリさんの居住スペースとエミリさんの薬師としての仕事場があるそうだ。
バロールさんとエミリさんも各々仕事があるみたいで、仕事を片付けに戻って行った。
早速仕事を・・・と思っても患者さんが来ないことにはすることもないので、中庭へ出てみる。
今日はとても穏やかないい天気で、時折風も通り抜けてとても気持ちがいい。
庭の隅にペンキのはげかけた古びたベンチがあったので、そこに座って中庭を眺める。
中庭は小さいながらよく手入れがされていて、色とりどりの花がたくさん咲いていた。
花は好きだけど、ポピュラーな花しかわからないので、それが知っている花なのか似ているだけで全く違う花なのか判断できないけど、綺麗に手入れされている庭は見ていて気持ちがいい。
「もう少し庭の手入れをしておけばよかった。そしたら今頃、我が家の庭もいろいろな花で満開になってたのに。ユラの家にも庭があるから、あそこにも花を植えたいな。野菜やハーブを植えて家庭菜園もしたいし。後で花屋に寄ってみようかな。うん?あれは何かしら?」
庭の奥に目をやると今にも朽ち果てそうな建物が建っていた。
「誰か住んでいるのかしら。今にも崩れそうなんだけど。あっ」
見ているちょうどその時、壁から何かが剥がれ落ちた。
「・・・。流石にあれでは危険すぎるわね。直したりしないのかしら?」
盛大な独り言をしゃべっていたら、教会の入り口の方から声がして、程なくバロールさんが小さな子供を抱いた女の人を連れてきた。
「サキ。すまんがこの子を診てやってくれないか。昨日から熱が下がらないそうだ」
お母さんに抱っこされた子供に近づき、顔を覗き込む。
一歳になるかならないかぐらいの男の子で、顔を赤くし呼吸も早く辛そうにしている。
風邪かな。
医者じゃないので正確なことはわからないけど、急いでヒールを使って熱を下げる。
ピカッと光った後、見る見るうちに顔色も良くなり呼吸も安定する。
穏やかに寝息を立てる我が子を見たお母さんもホッとした顔になり、何度も何度もお礼を言って帰って行った。
「助かったよ、サキ。あんな小さな子供が苦しそうにしているのを見るのは胸が痛む。薬を飲ませてもすぐに楽になるわけではないから、やはり光魔法はありがたい」
嬉しそうなバロールさんを見て、私も嬉しくなる。
人の役に立つっていいものだね。
恵里も言ってたっけ。
元気になって笑顔で退院していく患者さんを見るのが一番嬉しいって。
医者でも看護師でもない私がそれを実感できる日が来るなんて思わなかったけど、私にもできることがあるんだって思うと、ちょっとだけ誇らしい気持ちになる。
まぁ、何の努力もせず気がついたら使えるようになっていた力ではあるけど。
「どんどん病人や怪我人がやって来る。今日は忙しくなるぞ」