40 彼女の名前はシャーロット
いろいろ言いたいことはあったけど、まずはお風呂が先と浴室にヴォルカンを放り込み、体を洗うためのボディソープ・・・ではなくシャンプーをつけて洗うように指示する。
一瞬迷ったけど、犬や猫用のシャンプーっていって売ってるくらいだからシャンプーの方がいいのかなと思ってシャンプーを勧めたんだけど、ヴォルカンにそんな気遣いは無用だったかもしれない。
次にシャワーの使い方を教えて、体の泡を全部洗い流すまで湯船に入らないように言い含めた。
浴室の扉を閉め、ヴォルカンの着ていたアロハシャツとハーフパンツを洗濯機に入れて、開始のスイッチを押すと、盛大にため息をついた。
なんだかイヴァンやシロと違う意味で疲れるんだけど・・・。
気を取り直してリビングに戻り、今度はシロに声をかける。
「シロ。寝室に水槽を用意したけど、水を入れた方がいい?それとも布か何か布団代わりになるものを敷く?」
「うむ・・・」
しばらく何かを考えていたシロだけど、おもむろに、
「我はサキと一緒のベッドで良いぞ。もちろん人型の方が良いならそれで構わぬ。サキの胸の上は寝心地が良くて我は好きじゃ」
はい?
あぁ、そういえばこの間ハンモックで一緒に寝たことがあったっけ。
「代わりに我の魔力が回復した暁には、サキと同じほどの人型になってサキを我の胸の上で寝かせてやろうぞ。どうじゃ?」
「どうじゃって・・・」
胸の上ってつまり抱きしめられながら寝るってことだよね・・・。
イケメンシロに抱きしめられながら眠る自分を想像してしまい、思わず赤面する。
「な、何言ってるのっ。無理よっ。ドキドキしすぎて絶対に眠れないわっ。情けないけど私、全くイケメン耐性ないんだからっ。死んだ夫だってごく普通の顔だったしっ。もしかしたらそれ以下かもしれないわっ」
ははっ。
動揺のあまり、なんてことを口走ってるんだ、私は。
本人が聞いていたらきっと草葉の陰で泣いているに違いない。
ごめんなさい、あなた。
一人でおたおたしていると、突然イヴァンの声が割り込んできた。
『ふざけるなっ。魔力を回復させたいのなら湖に行けば良い。一緒に寝る必要などない』
「確かに森にある湖にいれば少しずつではあるが、魔力は回復する。じゃが、我はサキの甘い魔力が好きなのじゃ。サキの魔力に包まれているととても心地が良い。それとも何か、フェンリルよ。先ほどは好きにすれば良いと言っておったのに、我に嫉妬しておるのか?」
少しからかうような響きを含んだ声でシロはニヤッと笑った。
シロってばそんな顔もできるんだ。
なんて感心すると同時にイヴァンの怒鳴り声が聞こえた。
『アクエっ。何故我がお前になど嫉妬せねばならぬ。バカなことを言うでないっ』
ぐるるっと威嚇しながら怒るイヴァンに自然と笑みがこぼれる。
イヴァンの首に抱きつきすりすりと頬ずりする。
だって私にも嫉妬しているようにしか見えないんだもの。
嬉しすぎるっ。
ついでにわしゃわしゃ体中を撫でまわしていると、後ろからせかせかしたヴォルカンの声がした。
「おい。わしはどうしたらええんや?」
その声に振り返るとずぶ濡れのヴォルカンが所在なさげに突っ立っていた。
何してるの?と思ったのも束の間、お風呂に入れていたことを思い出し、思わず叫び声を上げてしまった。
「バスタオル出しとくの、忘れたーっ」
慌てて脱衣所にバスタオルを取りに行く。
「絶対にそこを動かないでよっ」とヴォルカンに釘をさすのも忘れない。
自分が悪いのはわかっているけど、これ以上床を水浸しにされたくないもの。
後始末をするのは私だし。
取ってきたバスタオルをヴォルカンに手渡すと、「ちゃんと拭くのよっ」と言い残し、二階の寝室に駆け上がる。
寝室に入るとクローゼットからTシャツと短パンを取り出した。
死んだ夫が着ていたものだ。
「処分しなくてよかった」
夫の物はなかなか踏ん切りがつかずそのままになっていた。
唯一手放したものと言えば車くらいだ。
私も一応免許は持っているが、いわゆるペーパードライバーだったので車庫で大きなお荷物になっていた。
けれど、ちょうど高校を卒業して車の免許を取ろうと教習所に通っていた洸大がめでたく免許が取れたので譲ったのだ。
もうそろそろ買い替えなきゃねなんて話していたくらい年季の入った車だったので練習用にはもってこいだろうと。
名義変更やら保険やら細々したことは義弟―恵里の旦那様に任せてたんだけど、それらが全て済んだのだろう。
洸大の免許取得の三日後には洸大と恵里、義弟の三人で引き取りに来てくれた。
洸大は緊張した面持ちで恐る恐る車を発進させ帰って行った。
無事に着いたと知らせを受けたときはホッと胸をなでおろしたのを覚えている。
夫のTシャツを手に、そんなことを思い出していると、
「はくしょんっっ」
と大きなくしゃみが聞こえてきた。
ハッと我に返った私は急いで階下へ降りていく。
いけない。
つい、感傷に浸っちゃったわ。
「とりあえずこれを着てちょうだい」
少々乱暴気味にヴォルカンにTシャツと短パンを渡すと、今度は雑巾を手に水浸しになった床や廊下を拭いて行く。
あらかた拭き終えて、リビングに戻るとヴォルカンの叫び声がした。
「何やこれっ!こんなん着れるかっ」
「今度は何なのっ」
「ほれっ見てみい。この服、ポケットがついとらん。こいつをどこに入れたらいいんやっ」
そう言ってどんっと私に左手を突き出した。
そこにあったのは私が作った編みぐるみのうさぎ。
右手にはさっき私が直した白うさのぬいぐるみがしっかりと抱えられている。
何なの、このシュールな光景は・・・。
・・・疲れるっ。
何だかすごく疲れるんだけどっ。
「ヴォルカン。その編みぐるみのうさぎ、私のなんだけど」
こめかみを押さえながらヴォルカンに抗議すると案の定、
「せやかてこいつがわしと一緒にいたいってゆうとるがな」
そんなわけあるかっと脳内でツッコミを入れる。
「とにかくこいつもわしが好きで、わしもこいつが好き。なら一緒にいるのが当然やろ」
そうね、好きなら一緒にいたいよね、正論だよね。
でもね、何か違うっ。
・・・はあ、もういいや。
なんだかんだ言っても無駄な気がする。
それにここまで気に入ってくれたら、作った方としても嬉しくないこともないしね。
「わかったわよ。そんなに気に入ってくれたのならあげるわ。大事にしてね。私のお気に入りでもあったんだから」
「わかっとるわっ。大事にせんわけないやろ。せやから早うわしの服を返してくれ。あのポケットがちょうどおさまりが良くてええねん」
「そうは言われてもねえ」
あの人はアロハシャツなんて一枚も持ってなかったし。
ポケットのついたTシャツなんてあったっけ。
「ヴォルカンの着てた服は今洗濯してるから明日まで待ってちょうだい。明日には乾いてると思うから」
別にぬいぐるみにしたように風魔法で乾かしても、洗濯機についている乾燥機を使って乾かしてもいいんだけど、やっぱりちゃんとお日様に当てたい。
「しゃあないなあ。今日のところは我慢したるわ」
だから何でこうも上から目線なの・・・。
「うーん、そやなあ。よし、今日からお前はシャーロットや。よろしくな、シャーロット」
シャーロット・・・。
そんな高貴な名前をつけてもらえるようなうさぎを作った覚えはありませんけど・・・。
はぁ。
私は気づかれないように小さくため息をついた。
ホントに疲れるわ。
でも私にはもう一つ疲れることが待っていた。
お風呂で癒されようと浴室の扉を開けた私は開いた口が塞がらなかった。
何故かシャンプーやコンディショナーをはじめとするバスグッズがあちこちに散らかりまくり、湯船を見れば泡だらけ、さらにお湯の量は半分もない。
ヴォルカンっ!!
ゆっくりお風呂に入る前にお風呂掃除をする羽目になった私は、もう二度とヴォルカンをお風呂には誘わないと誓った。
人間ではない彼らに人間の常識を求めるなんて所詮無理だったのだ。
三人の今までの行動を思い返し、湯船でバラの香りに癒されながら私はそう結論付けた。
今日は一日いろいろありすぎたせいか寝支度を整えベッドに入った次の瞬間には深い眠りについたようで気がつけばもう翌朝になっていた。
寝る時にもイヴァンとヴォルカンでひと悶着あり、「何でわしだけ一人で寝なあかんねんっ」『お前となど一緒に寝たくはない。家の中にいれるだけでも有難く思え』と大騒ぎだ。
その横でシロは水魔法を使って水槽を水で満たし、チャポンと水に潜っていた。
結局水槽で寝ることにしたらしい。
瞼がないので寝たのかどうかわからないけど、じっとして動かないから眠ったのかもしれない。
そう思ったら私も無性に眠くなり、今だにぎゃあぎゃあと騒ぐ二人にキレて、「いい加減にしないと明日からご飯もおやつも作らないわよっ」と怒鳴ったら二人はピタッと喧嘩を止めて各々の寝場所へと戻って行った。
はぁ。
いつまでこんな騒ぎが続くのかしら。