9 黒いてるてる坊主にしか見えない
次の日の朝、明るくなった陽射しと鳥の鳴き声で目が覚めた。
鳥の声で起きるなんていつぶりだろう。
小学生の頃、キャンプに行ったとき以来かしら。
むくりと体を起こしてふと隣を見ると、イヴァンがこちらを見上げていたので、おはようと声をかけた。
やっぱり夢じゃなかったんだなあと寝ぼけた頭で考えながらベッドを降りた。
一緒に階下へ降りるとイヴァンはリビングのラグの上に、私は朝の支度をするために洗面所へ向かった。
歯磨きと洗面を終えるとパジャマを着替え、それらや昨日着ていた服なんかをまとめて洗濯機に放り込み、洗剤を入れてスイッチオン。
朝ご飯を食べている間に洗濯も終わるだろう。
キッチンに入って朝ご飯の準備を始める。
食パンをトースターで焼いている間にスクランブルエッグを作り、焼き上がった食パンにハムとスライスチーズ、その上に出来上がったばかりのスクランブルエッグをのせ、軽くケチャップをかけ食パンで挟む。
それを四等分に切って皿にのせ、イヴァンの前に置く。
もう一つ同じものを作って私の前に。
それと、お湯を注いで作ったインスタントのオニオンスープを、スープカップに入れたものをイヴァンの前に、マグカップに入れたものを私の前に置いた。
いただきますと手を合わせ食べ始める。
すると、イヴァンが
『サキはいつもそうやって手を合わせて何やら唱えているが、呪いか何かか?』
と聞いてきたので、
「う~ん、食材とか作ってくれた人への感謝を表すってことかなあ」
今までは機械的に使っていたけど、改めて考えてみれば「いただきます」も「ごちそうさま」もそういう意味があったはずだ。
これからはもう少し感謝の気持ちを込めて使おう。
『ふむ、なかなか良い行いだな。これからは我も唱えてから食べるとしよう』
そう言うとイヴァンは、いただきますと口にしてから食べ始めた。
なんだ、なんだ、マジかわいいぞ。
あんまりかわいいので、昨日ネットスーパーで買ったお饅頭をデザート代わりに出したら、即イヴァンのお腹の中へ消えていった。
食後の片付けを終え、洗濯物を干すといざ街へ。
冒険者ギルドに行くのにヒラヒラのスカートもどうかと思ったので、昔穿いていたジーンズを出してきた。
そう、実は若返ったせいか体形が少し変わっていたのだ。
年のせいでポコッと出た下腹とか、必要以上にムチムチした太ももとかお尻とか、タプタプして気持ち良すぎる二の腕とか・・・。
明らかにおばさん体型のせいで穿けなくなっていた、所謂スキニータイプのジーンズが穿けるようになった。
これは素直に嬉しかった。
ついこの間まで穿けていたはずのジーンズやスカートのボタンやホックが留められなかったときのショックは言葉にできない。
泣く泣くタンスの肥やしにしていたものがまた日の目を見るのだ。
こんな嬉しいことはない。
特に気に入っていたものならば尚更だ。
ホクホク顔でスキニージーンズを穿き、上には生成のタンガリーシャツ。
この世界の人たちの服装がどんな風なのかわからないけど、異世界ものでは中世ヨーロッパあたりであることが多いのでとりあえず、現代風の服は避け、なるべく目立たないようにしたい。
これでも浮いてしまう気もするけど。
あと、よくありそうなのがフード付きマントだと思うんだけど、普通一般家庭にマントなんてものないよね。
家にはあるよーなんて聞いたことないもの。
その代わりというか、フードの付いた膝丈の黒いポンチョ風コートなら家にもある。
何年か前のお正月に買った福袋に入っていたものだ。
さすがにいい年をした私にポンチョは恥ずかしいので、姪の和奏にあげようと思ったんだけど、黒いてるてる坊主みたいだからいらないときっぱり言われて、これもまた泣く泣くタンスの肥やしになっていた。
それをタンスから引っ張り出して着てみたけど、鏡には黒いてるてる坊主が映っていた。
せめて赤ずきんちゃんならぬ黒ずきんちゃんならまだ可愛かったのに。
しくしく。
すると、それまで何も言わず面倒くさそうにこちらを見ていたイヴァンが
『着るものなどそんなに気にしなくてもよかろう。皆そのような服を着ていたぞ』
と言うので、そんなものなのかと結局ポンチョ風コートを着ていくことにした。
髪は一つにゆるく三つ編みをして左側にたらし、カラコンをつける。
よし、準備完了。
玄関に鍵をかけ、それをポンチョ風コートの下の、肩からかけた小さなショルダーバッグに入れる。
財布も持たずに出かけるなんて心許ないけど、日本のお金を持って行っても使えないよね。
鍵の他にはハンカチくらいしか入ってないショルダーバッグをポンチョの上からポンとたたくと
「行こうか」
とイヴァンに声をかけた。
ドキドキするなあ。
大丈夫かなあ。
期待と不安が入り混じって落ち着かない私の足にイヴァンが鼻先をすりすりとこすりつけてくる。
『大丈夫だ。心配するな』
ああ、そうだ。
イヴァンも一緒なんだからきっと大丈夫。
イヴァンの頭を二~三回撫でると、私たちは街へと向かって出発した。




