死にたい僕の協力者
瑠璃と数時間ほど話した後
帰路につこうとする僕に彼女は言った。
「またね。」
と。日常では当たり前の会話が
僕と彼女の間では当たり前でない。
なぜなら翌日には片方
または両方死んでいるかもしれないから。
今日が最初で最後の会話になるかもしれない。
でも僕は今日
生きる理由を見つけた。
瑠璃を救うこと。
それが僕の余命。
それが終われば僕は。
僕が死んだ後で世界が終わろうと。
終わらなかろうと。
僕はこの世を去る。
日が暮れて家に着くと姉が帰って来ていた。
姉は僕の顔を見ると決まってこう言う。
「あ、お前まだ生きてたんだ。」
酷いものだ。実の弟に向かって。
「まぁーた手首やったのかよ。かまってちゃんが。浅く切ったくらいで死ねるかよバーカ。」
相手にするだけ無駄だ。そう決め込んでから姉とは会話してない。でも、姉がこんなことを言うようになったのも、僕が死にたがるようになってからだ。以前は冷たくも優しい姉だった。
「もっと確実な方法でやれば?その傷、母さんが見て心配する姿見るの嫌なんだよ。ま、なんでもいいけどさ、家族に迷惑かけるような死に方は絶対やめろよ。」
これが真っ当な反応かもしれない。姉も最初の頃はとても心配してくれた。でも年を重ねていくうちに冷ややかな態度は膨らんでいった。
それでいいのだ。僕なんかのためにずっと心配していたら姉が壊れてしまう。
「ごめん。母さんには僕が自分で言うから…。」
はぁとため息をつきながら自分の部屋に戻ろうとする姉。
そうだ。
言わなきゃ。
また嫌味を言われるかもしれない
けど、僕の口から絶対に言わなきゃ
「ごめん。姉さん。」
姉の背中を呼び止める。
「あ?」
「えっと…その…」
「んだよ気持ち悪りぃな」
「僕、まだ死ねない。…だからもうちょっと…待ってて。」
一瞬素っ頓狂な顔をして。舌打ちをしながら姉はドアを思い切り閉めた。
夕飯の時、案の定母親に心配されたけど
姉は何も言ってこなかった。
いつもの嫌味も言ってはこなかった。
家族。僕が死ねない理由の一つだ。
父と母は僕の事を心配してくれている。とても申し訳なく思ってるけど、二人とも無理をしなくていいと言ってくれる。死ぬくらいなら学校なんて行かなくていいと。
僕が言うのもなんだけど、とても良い両親を持ったと思う。
姉はあんな言葉遣いをするけど高校の生徒会長を務めていて勉強もスポーツもできる僕とは真逆の存在だ。だからこそ、僕のような社会の底辺を許せないのかもしれない。
食後、僕が瑠璃を助ける方法を思案していると
姉に胸ぐらを掴まれた。
「ちょっと部屋こい。」
きっと夕方の話だろう。
そっと相槌を打って席を立った。
どんな怒号が飛ぶのかと思いきや、姉は何も
語らない。僕は少し気まずくなってしまった。
「ね、姉さん?」
「……私はお前が何を言ってるのかわからない」
「…え」
「お前が死にたがる理由だって…私には理解できなかった。」
「……」
「お前が死ねない理由…自分が死んだら世界が云々の話なんてもっと理解できなかった。」
「だからお前を理解しようとするのを諦めたんだ。」
「あ、あのさ…僕の事…本当に死ねばいいって…
思ってる…?」
言葉を言い終えた瞬間。
胸ぐらを掴まれて、引き寄せられた。
姉の顔は今までに見た事のないくらい、
鬼のような形相で、見た事ないくらいの涙が溢れていた。
「ふざけんなッッ!!!!!」
「お前は!私のこの世でたった一人の弟なんだぞッ!小さい頃から世話が焼けて甘えん坊で、常に私の後ろを歩いてたお前が!!!手首を切って病院に搬送されたって母さんから聞かされた時の私の気持ちが!!!お前にわかんのかッ!!!」
理解できないのなら。突き放してしまおう。
もし弟が本当に死んでしまった時に、私は何もできなかったと思うのが嫌だから。いっそやっと死んだか。と思えるように。
初めて手首を切った時、生徒会の仕事を放り投げて病院に駆けつけて一晩中そばにいてくれた姉。
手首を切った時に一番最初に気づくのはいつも姉だった。
お互い涙でぐしゃぐしゃだった。
「私はっ…お前を理解したい…」
一番大切にしてくれた人
「お前が何を考えているのか……」
一番そばにいてくれた人。
「私に教えて欲しい……」
一番頼りになる人。
「姉さん。お願いしたいことがあるんだ。」