僕が死ねない理由
また腕に一筋の傷を作ってしまった。
裂けた皮膚の間から赤い斑点が膨らんだ時
僕は「生」というものを実感し、安心する。
この先の人生を考えると
思考が鈍くなって
靄がかかるように脳が考えるのを止めようとする。
こんなになってしまったのはいつからだっただろう。
好きだった女の子の進学先だった高校。
自分の丈に合ってない高校に僕は必死こいて入学した
2年目の夏に彼女に彼氏ができた
その頃からだろうか。僕は死にたがるようになった。
でも、勇気が出なかった。
首に縄をかけても。
わけのわからない薬を沢山買って飲もうとしても。
手首に刃を立てても。
疑問が頭を駆け巡る。
僕が死んだ空の下に世界は続くのか。
無論、僕なんて世界の歯車のちっぽけな一部。
でも、僕の人生の主人公は僕だ。
主人公のいない物語は成立せず、崩壊する。
それと同じようにこの世界も壊れるのか。
答えはわかってる。
きっと僕がいなくなった世界でも
変わらず、人々は営み続け、地球は回り続ける。
それが悔しいのだ。
社会に揉まれ、傷つき、唯一の救いも失った。
そんな男一匹が死んだところで世界は変わらない。
我が物顔で平穏を享受し続ける世界が憎い。
社会は僕に死ぬなという。
病気を患い、死を目前にした人
戦地でまともな人生を送れない少年兵
飢餓に苦しみ死んでゆく人々
彼らに失礼だと
生きられるだけマシなのだと
笑わせるな。
彼らの不幸を生きる糧にしろと?
お前は不幸だが、下には下がいる。
お前より不幸な奴がいる。
そいつらを踏み台にして生きて行け
そう言っているのだ。
勝手な見解を押し付ける。
さもそれが模範解答であるように
個人の考えを押し潰し、個性を殺し
社会の歯車を創り出す。
それが社会だ。
「後片付け…しないと…」
カッターの刃をしまい
血の付いた床を拭き
傷ついた手首に包帯を巻く。
この作業も何度目だろう。
最初は好奇心だった。
けど、得られたものは大きくて
安心、満足、 絶望
それらは僕を満たしてくれた。
ここにいる実感をくれた。
そしていつしか止められなくなった。
嫌な事があると何度も手首を傷つけた。
何もかも耐えられなくなった。
最初から彼女の視界に僕は映ってなかった事
社会は僕のような人間を必要としてなかった事
僕が生きていること。
手首よりもまず心が悲鳴をあげた。
不思議なもので心が悲鳴をあげると身体まで
蝕まれ崩れてゆく。
もう何ヶ月も学校には行っていない。
学校へ行けば彼女と会わなければならない。
彼女の横顔を眺めながら
また絶望に打ちひしがれなければならない。
彼女は優しいからきっと僕の事を心配する
その親切心が僕を殺す。
片付けを終えて僕はいつもの公園に向かった。
高台にある人気のない公園でそこにあるブランコ
が僕は好きだった。
唯一この世界で好きな物。
一人だけの世界に浸れる物。
今日もきっと誰もいないだろう。
しかし僕の予想とは裏腹に
一人の少女がそこにいた。