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世界が終わるその前に  作者: 深井陽介
第一章 春・夏編
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#7 何様ゲーム


 わたし達の村には、ゲームソフトを売っている店が一つもない。普段の買い出しで隣町のスーパーまで行くのと同様、最新のソフトや端末を入手するには隣町まで出向かなければならない。それも、スーパーよりもさらに遠いところへ。

 まあ、うちは四人全員がスマホを持っているから、ゲームアプリをダウンロードしてプレイすることはできるけど、残念ながらそれほど経済的に余裕のある生活を送っているわけじゃないので、課金の事を考えたら満足にプレイすることは叶わないのだ。というか、わたしが許可していない。下手に変なアプリを入手しようものなら、毎月の請求書をチェックするわたしにはすぐばれてしまうのだ。

 そういうわけで、わたしの家にあるゲーム端末はほぼ使われておらず、暇な時間に四人で、家の中で遊ぶゲームといったら、これしかないのだ。

「にー、さん、よん。はいまたわたしが王様でーす」

「だあっ! またかよ。なんで菜月ばっかりちょうどいい所に!」

「はいはい、公平なゲームで文句言わない。ほら、早くくじ引いて」

 中央に置かれた円筒形の容器から、三本の割り箸をひとり一本ずつ取った。

「では、一番と三番が交代してください!」

「という事はわたしと……」一番のくじを引いたわたし。

「今度は僕が交代だね」三番のくじを引いた夕貴。「文香、順調に進んでるじゃない」

「くっそ、いつまで経っても追いつけねぇ……」悔しさから爪を噛む丈太郎。

「丈太郎ったら、さっきからサイコロに嫌われっぱなしじゃん」笑う菜月。「なんかサイコロに変なことして恨まれてんじゃないの?」

「してねぇよ。てかなんでサイコロに恨まれるんだよ」

 ……いったい何をしているのか、よくわからない人もいるでしょう。当然です、これは我が家のオリジナルゲームですから。

 菜月が名づけるところの『王様すごろく』である。

 基本的にルールはすごろくと同じだが、これと王様ゲームの要素をまぜこぜにしたものだ。スタートからゴールまでの道のあちこちに、『一回休み』や『二マス進む』などと一緒に、『王様決定』のマスがあり、そこに到達した人はその場限りで王様ゲームの『王様』になる。そして他の三人が番号つきのくじを引いて、王様は番号で他の三人に命令するのだ。最終的に一人がゴールに到達した時点で、一枠しかない『永世王様』がその一人に確定し、ゲームは強制的に終了となる。

 ちなみに王様とはいえ何でも命令できるわけではない。命令の中に王様、つまり自分自身を含めることはできない。命令が許されるのは『交代(一組だけ)』と『進退(一人だけ、王様が振ったサイコロの目だけ動く)』の二つだけである。とはいえ、それは盤上に影響を与える命令に限ったことで、それ以外であれば何でも許されているのだが。たとえば『今日の風呂掃除をやれ』などと命令することも可能である。もちろん、ルールそのものを捻じ曲げるような命令はご法度である。

 これまで十回ほどこのゲームをやってきたが、考案者である菜月の勝率が異常に高い。ルール的に不正はできないため、単純に菜月が強運というだけだ。ただし、菜月が作ったものなので、そもそも盤上に変なマスが多い。

「いち、に、と……」夕貴が駒を進める。「ん? 他のプレイヤーのいい所を一言でいえたら一マス進む……なんじゃこりゃ」

「書いてある通りだよ。他の三人を一言で褒めることができたら進めるの。出来なければそのまま」

「菜月、また変なもの入れやがって……」

 丈太郎が顔をしかめた。マスのいくつかは自由に指示内容が変更できるようになっていて、ゲームが終わるごとに差し替えたりしている。ちなみにその権限を持っているのが『永世王様』であり、必然的に菜月がほとんど変えていることになる。

「はい夕貴、ほめてほめて」菜月がにやにやしながら促してくる。

「人を褒めるってあまり得意じゃないんだけど……じゃあ、一番やりやすい文香から」

「それはどういう意味の発言でしょう」

 わたしは冷笑を浮かべながら夕貴を見返した。

「文香は……責任感の強い頑張り屋さん」

「…………」ちょっと反応が遅れた。「あ、ありがと」

「文香ぁ」菜月が不満そうに言った。「そこは真っ赤になって照れるところじゃないの」

「この状況で照れる事なんかできるか!」

 わたしは恐らく真っ赤になって菜月に言った。ここで照れたらしばらく話のタネにされるから、何とか朱を注がないよう耐えていたのに。

「で、丈太郎は……剛健」

(みじけ)ぇな、文香に比べて!」丈太郎は大声で突っ込んだ。「漢字でたった二文字かよ」

「それから菜月は、元気」

「短い!」菜月は叫んだ。「言葉も短いし、考える時間も言った割に短い! しかも見るからに適当!」

「まあ、いいんじゃない?」わたしはフォローに回った。「いい所を一言でいっていることに変わりはないわけだし」

「でもでも、なんかだまされた気分!」

 丈太郎が呆れる。「勝手に変なもの仕込んだお前が言うか……」

 確かに菜月が勝手に仕込んだものだけど、わたしとしては、夕貴の本心を知れたことが嬉しくないわけじゃない。どことなく過大評価のようにも思えるけど、言われて悪い気はしなかった。

 さて、こんな感じでゲームは進んでいき、終盤に差し掛かったところでトップはわたしになった。五の目を出せばゴールに到達する。だがそれ以外だと、今いるところより何マスも後ろに下がってしまう。ゴール付近の四マス全てが、『〇マス戻る』になっているのだ。一番近いマスには『十マス戻る』なんてひどい指示が書かれている。

「お前も相当意地が悪いな……」

 とは丈太郎の弁である。菜月は面白がって入れただけだ。ちなみにここでのルールとして、出た目の数を消費する前にゴールに着いた駒は、残りの分だけ戻るという事になっている。つまりこの状況、六の目を出してもゴールからは遠ざかるのだ。わたしが一番先に上がる確率は、六分の一である。

 とはいうものの、わたし自身はそれほど緊迫した心境にないので、特に何も考えずサイコロを振った。

 ……なんと、五が出た。

 図らずもわたしがゴール、『永世王様』の称号を手にしてしまった。

「というわけで文香、永世王様就任、おめでとうございまーす」

 菜月の掛け声とともに、三人から拍手が送られる。他の二人はやらされてる感が強いけど。

「では文香さま、最後に一言、お願いいたします」

「え、そんなルールあったっけ」と、夕貴。

「ないよ。でもゲーム終わったし、何をしてもいいでしょ」

「屁理屈か」と、丈太郎。

 うぅむ……何を言えばいいのだろう。そもそもわたしは、このゲームで一度もゴールに辿り着いたことがないのだ。だからこの立ち位置で何をすればいいのか、皆目(かいもく)わからない。

 少し考えて……わたしは三人に向かって言った。

「では、新しいゲームソフトを一つだけ買うことを許可しましょう」

 沈黙の時間、およそ五秒。

「えー! いいの?」

「まじで? 太っ腹だな!」

「本当に何を選んでもいいの?」

 三人が一斉に顔を寄せてきた。焦るわたし。まさか夕貴まで食いつくなんて……。

「言っておくけど、ひとり一つじゃないからね。何を選んでもいいけど最後は一つに絞ってよ」

「いやいや、それでも嬉しいよ。休日の楽しみがまた一つ増えるんだー」

 菜月はキャッハーとでも叫びそうな勢いだ。

 喜んでくれるのはいいが、実はあまり褒められない理由がある。わたしはこの『王様すごろく』が苦手なのだ。なかなか勝てないからというのもあるが、まるで自分の性格を反映しているかのような、もどかしい展開がどうも肌に合わない。菜月たちが誘ってくる手前、どうも断りにくい。そう、わたしは基本的に優柔不断な性格なのだ。それを見せつけるようなゲームだから、好きになれない。他のゲームを買えば、多少は『王様すごろく』に誘われる頻度も減るのでは、そう考えたのだ。

 何とも卑怯というか、姑息なものだ。夕貴の言う“責任感の強い頑張り屋”は、やはり過大評価のような気がしてならない。

「いやあ、やっぱり楽しいわ、『王様すごろく』」

「自画自賛かよ」

 それでも、考えが甘いとしか言いようがない。菜月はそう簡単に飽きてくれないだろうし、わたしはたぶん、菜月たちの誘いを断れない。断ったら、菜月たちがどれほど悲しむか、わからないから。悲しませるわけには、いかないから……結局同じことの繰り返しになる。

 わたしは次のゲームまでの王様になった。だけど今も、『何様だ』という問いかけは続くのだ。

この人たちは、どうやらポケモンGOに興味がないようです。

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