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世界が終わるその前に  作者: 深井陽介
第一章 春・夏編
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#4 ひとりじゃないと…


 チャイムが四時間目の授業の終了を告げる。スピーカーを通しているはずだが、本当にどこかで鐘を鳴らしているのかと思えるほど、透き通った音が響くのだ。

 お弁当の入った巾着袋を、教室後方のロッカーから取り出し、わたしは自分の机に戻る。昼食に相伴する友人はいない。昔から家族以外の人と一緒にご飯を食べるという習慣がなかった。

 お弁当を机上に広げ、食べ物への感謝をこめて合掌。

「いただきま」

「文香ぁー! 一緒にご飯たべよぉー!」

 教室の出入り口から菜月が大声で呼びかけてきた。食べ始めの挨拶を遮って。

「……いいけどさ、呼びかけるなら普通にやってくれない?」

「え? 遠くにいる人に大声で呼びかけるのは普通でしょ」

「声量が普通じゃないのよ」

 基本的に菜月は、一日を通してテンションが高い。元気なのは結構だけどね。

 菜月は窓際のわたしの席まで歩み寄りながら、二列離れたところにいる夕貴にも声をかけた。

「おーい、夕貴もこっち来て一緒に食べない?」

 夕貴は振り向いて答えた。

「あー、僕は俊也(としや)たちと屋上で食べる予定だから」

 夕貴はどこか冷たい印象を与える奴ではあるけれど、それなりに友達づきあいはあるらしい。菜月も丈太郎も交友関係は今も広げているらしいし、未だにボッチでいるのはわたし一人らしい……。

「なーんだ、つまんないの」菜月は口を尖らせた。

「そういう菜月はクラスの友達と一緒にお昼一緒に食べたりしないの」

 わたしが尋ねると、菜月は手首に巾着の紐をかけてぶら下げながら、胸に両手を当てた。

「だってぇ、姉が一人ぼっちで寂しくお昼を食べているのかと思ったら、妹として放ってはおけなかったんだもの。そう言ったらクラスの子たちも納得してくれたよ」

「さりげなくわたしの株価を下げるな」

 そんでもって相対的に自分の株価を上げるな。底抜けの明るさと剽軽(ひょうきん)ぶりも考えものだ。

 結局、菜月はわたしの前の席の椅子を動かし、わたしと正対する形で腰かけた。赤を基調にした模様の巾着からお弁当を取り出す。すでに承知の通り、中身はわたしと同じである。

「そういえば丈太郎は一緒じゃないの?」箸を動かしながら尋ねる。

「別にいつも連れ立ってるわけじゃないし。一応、夕貴も誘うつもりでいたから、丈太郎にも声はかけたんだけどね。女ふたりに男ひとりって、バランス悪いじゃない?」

「箸は振り回さない」わたしは菜月の悪癖をたしなめた。「バランス悪いっていうか……まず夕貴が居心地悪くなるだろうね。わたしと二人ならともかく」

「えー、男女ふたりきりでの食事って、周りから何か言われるんじゃない?」

「血縁はなくてもきょうだいだし、わたしは気にならないけど。菜月たちと会うまで、そういうことは何度もあったし」

 まあ、小中学校の頃の話だから、きょうだいになった事が理解されるまでは、デートみたいだという揶揄や冷やかしもなかったわけではないけれど……。

「それで話を戻すけど、丈太郎に声をかけたらどうなったわけ?」

「もうバスが来ているから無理だって言われた」

 菜月は箸を(くわ)えながら不満げに言った。

「だろうね」

「ああもう、丈太郎といい夕貴といい、付き合いの悪い兄たちだよ!」

 義理の姉への同情心から友達との付き合いを断ったお前が言うか……。

「わたしは一人でお昼を食べることの方が多かったし、別にわたしの事なんか気にかけないで、菜月も友達と一緒にお昼を食べたらよかったのに」

「文香は平気かもしれないけど、わたしは気にするの! 血縁はなくても姉妹だし!」

 普段から誰かと一緒に行動するのが当たり前になっているから、一人ぼっちでいる人を放置しておけないんだろうなぁ。お人好しといえばそうだけど、そうした好意を跳ね除けるのは罪悪感がある。菜月みたいに裏表のない人が相手だとなおさらだ。

 本当は感謝するべきなのかもしれない。たぶん菜月なら、たとえ義理の姉妹でなかろうと、どこかの段階でわたしを巻き込もうとするはずだ。夕貴や丈太郎にもできるだろう。わたしにそんなことはできない。というか、できない事の方が圧倒的に多い……。

「菜月……」

「ん?」

「これで恩に着せて課題を丸投げしようなんて思わないでね」

 ぎく、という声が菜月の口から漏れた。放っておけない事は確かだろうけど、普段から一緒に食べようと呼びかける事のない菜月が、今日に限って一緒に食べようと持ちかけた。姉妹になってまだ日は浅いけれど、彼女の行動パターンが分からないわけでもなかった。菜月はちょっと勉強が苦手で、うちでいちばん成績のいい夕貴に相談して断られたことが以前にあったため、まさかと思ったのだ。

 その後、菜月はお弁当を綺麗に平らげて、そのまま隣の教室に戻っていった。そして、昼休みの時間が終わる直前に、夕貴がわたしの席の近くにやってきた。

「俊也たちが、女子に誘われるなんて名誉だから行けばいいのに、って言ってきたけど……必要ないよな」

 ……うん、必要ないよ。あんたのその報告も。

この兄弟姉妹たちの関係って、何なんでしょうね。

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