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世界が終わるその前に  作者: 深井陽介
第一章 春・夏編
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#1 朝の光景

夢から覚めたようです。


 わたしはいつも、朝六時半に起床するようにしている。

 元から熟睡できない体質のわたしは、目覚まし時計のアラームが鳴る前に、目が覚めることもある。その時はいつも、アラームを止めた後に時計に向かってこう呟くのだ。

「……また先に起きちゃって、ごめん」

 はい、寝ぼけています。時計が肩透かしを食らうわけもないのに。

 枕元の目覚まし時計から、カーテンのかけられた窓に視線を移す。わずかな隙間から、淡い日光が差し込んでいた。この窓は東向きだ。掛け布団をよけながら、わたしは上体を起こす。両膝を折り曲げ、(もも)の間に両手を入れる、この体勢がいちばん楽。

「ふあああぁぁ……」

 我ながらだらしないと思える欠伸(あくび)をして、わたしは覚醒を促すべく髪をくしゃくしゃと掻きながら、ベッドから降りた。休日とはいえ、わたしが動かなければこの家の活動は止まったままだ。パジャマから普段着に着替えて、自室を出て階段を下りる。

 洗面所で顔を洗って軽く歯を磨き、誰もいない台所へと向かう。ペタペタという足音がする。フローリングの床がやけに冷たい気がした。

「何かあったっけ……」

 そう呟きながら冷蔵庫を開けた。とりあえず目玉焼きとベーコンはデフォルト、ほうれん草があるからおひたしでも作るか。味噌汁は豆腐とわかめとなめこを入れて……あ、昨日の朝も同じだ。まあいいか。ご飯は昨日のうちに炊飯器を予約設定している。

 薄めに油をひいたフライパンを熱し、卵を割って入れる。四個。半熟になったところで取り出す。今度はそのままベーコンを投入。今度は一人分ずつ焼いていく。その間に鍋の水が沸騰したので、洗ったほうれん草を投入。数分茹でるくらいでちょうどいい。目玉焼き、ベーコン、おひたし、皿に盛ったら割と色彩鮮やかで、なぜか達成感。

 茹で湯は使わないので捨てて、今度は味噌汁づくり。沸騰したお湯に味噌を溶かし、ほんだしで味付け。手の上で一センチ角に切った豆腐、乾燥わかめ、そしてなめこを投入。……なんか豆乳が飲みたくなった。

 ここまで準備が整ったところで、第一陣が参戦してきた。

「おっはよー!」

 我が家の元気娘、ポニーテールの菜月(なつき)が、わたしに後ろから飛びついてきた。

「おはよう、菜月」

「もー、文香(ふみか)ったら朝からテンション低ーい」

「わたしが低血糖なの知ってるでしょ」

「そんな低血糖の文香には、かわいい妹からアメちゃんを進呈しよう」

 そう言って菜月は、ビニールにくるまれた飴玉を押しつけてきた。この子は朝からテンション高い。まあせっかくだから受け取っておくか。かわいい妹という部分については突っ込まない。

「おーっす、朝から元気だなぁ」

 第二陣は、屈強な体格と丸刈りの頭部が特徴の、丈太郎(じょうたろう)である。見た目に紛うことなくスポーツ少年である。

「おっす、丈太郎!」菜月が軽く手を挙げた。「今日も練習か?」

「午後からだけどな」

「よおし、ではかわいい妹の菜月ちゃんが、特製弁当を用意してあげよう!」

「いらねぇし。大体お前がまともに料理作れたためしがあるかよ」

「今度はぜーったい上手くいくもん」菜月は口を尖らせる。

「文香、こいつが変なもの作らねぇようにしっかり見張っといてくれねぇか」

「う、うん、わかった……」

 一応そう答えておいたが、たぶんほとんどわたしが作ることになるだろうな。丈太郎もそうなる事がわかってて頼んでいるに違いない。

 味噌汁が出来上がったので、四人分のお椀によそっていく。菜月と丈太郎はすでに自分の席について、朝食が運ばれてくるのを待っている。……手伝う雰囲気はまるでない。

 そのさなか、最後の陣がやってきた。四人の中で一番朝に弱く、一番背の低い夕貴(ゆうき)である。

「おはよう……」

 夕貴は髪を乱したままだった。どうもまだ眠そうである。

「おはよう、夕貴」真っ先に反応したのは菜月だ。「まーたそんな寝不足でふらついてんの?」

「寝不足だと思ったことはないけどな……」

「おいおい、そんなんじゃせっかくのイケメン顔が台無しだぞ?」

「え、誰が?」

 夕貴は割と整った顔立ちをしているが、本人にその自覚は希薄である。そもそも奴の頭の中にイケメンという単語が定義付きで存在しているかどうかも怪しい。

「あ、文香……おはよう」夕貴は改めてわたしに挨拶。

「うん、おはよ」

「…………ねえ、ずっと気になっていたんだけど」

「ん?」

「その頭に乗っかっているサンタの帽子は何?」

 …………あれぇ。わたしは頭上を見ながら頭に手を当てた。寝巻用のナイトキャップがまだあった。

「あー、それわたしも気になってた」と、菜月。

「俺も。てっきり突っ込んじゃいけないのかと思ったぞ」と、丈太郎。

 もしかしてわたし……まだ寝ぼけていたのか。急に恥ずかしくなって、顔だけ体温が上がったみたいだ。うああ、朝から何をやっているのだ、わたしは。

「それと、靴下も履いてない」

 夕貴に言われて初めて気づいた。そういえば自分の足音がペタペタとなっていたり、やけに床が冷たいと思っていたりしたが……そんなことにも気づかないなんて。

「んもう、真っ赤になって照れる文香ちゃん、かわいい」

「やめてください菜月さん……なんだか穴があったら潜り込みたい気分なんです」

「それと文香、洗面所にこれ、忘れていただろ」

 夕貴がわたしに差し出したのは、わたしの眼鏡だった。うわあ、ずっとこれなしで朝食を作っていたのか。よく何も落とすことなく、素足も無事でいられたものだ。

「よかったな。足、怪我しなくて」

「へ?」一瞬、夕貴に心の中を読まれたかと思った。

「今日は一日、いいことがありそうだな」

 えーと、その考えには全面的な賛成を致しかねるのですが。とりあえずわたしは眼鏡を受け取り、自分の顔にかけた。あ、やっとピントが戻った。ずっと視界がぼやけていたけど、眠くてぼうっとしているだけかと思っていたからなぁ。……どう考えてもこれ、不吉なことの予兆だろう。

 なんて思っていると、菜月がこちらを凝視していることに気づいた。

「な、何……?」

「いやあ、やっぱり眼鏡ない方がちょっとだけ美人度が増すなぁ、と思って」

「はい?」

「でもかけていても素敵だぞ。眼鏡美人も悪くない!」

 なぜか親指を立ててドヤ顔で言ってくる菜月に、丈太郎が突っ込んだ。

「オヤジみたいなこと言うなぁ」

「誰がオヤジだっ! うら若き花の女子高生を捕まえて!」

 また始まった……菜月と丈太郎の喧嘩は日常茶飯事だ。よくある、“喧嘩するほど仲がいい”というやつである。まあ、平和なのはいいことですがね。

「さて、とりあえず朝ごはんにしよう」と、夕貴。「もうご飯よそっていいよな?」

「うん」わたしは微笑を浮かべて頷いた。

 夕貴は四人の中で一番背が低いけれど、目線の高さはわたしとほぼ変わらない。丈太郎を除いて、わたしと菜月と夕貴は、それほど身長に差がないのだ。

 そして今日も、同じように四人で食卓を囲んで、わいわいと騒ぎつつ朝食をいただく。いいことがあるかどうかはわからないけど、いつもと変わらない一日になれば、わたしはそれで十分だった。


 この家には、四人のきょうだいしか住んでいない。長女であるわたし、文香。二か月下の長男の丈太郎。さらに二か月下の二男の夕貴。さらに一か月下の次女の菜月。今年誕生日を迎えれば、全員が同じ十七歳。年齢と苗字の宮原(みやはら)以外に、わたし達に共通点はない。

 誰一人として血が繋がらない四人のきょうだいが、一つ屋根の下で暮らしている。これは、ただそれだけの物語である。

さて、次は何が起きるかな?

というか何か起きるのかな?

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