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世界が終わるその前に  作者: 深井陽介
第一章 春・夏編
13/32

#12 地は固いまま(後編)


 放課後になり、校門近くで先に来ていた菜月と合流すると、わたしは菜月と並びながら学校を後にした。もちろん、いつも登下校で使っている自転車に乗って。誘われた場所が隣町のデパートだというので、押して歩くという事はせず、普通に漕いでいく。

 丈太郎はほぼ毎日部活があるし、夕貴はその時々の気まぐれであちこちに立ち寄るので、二人ともわたし達が一緒に遠出していることには気づいていないだろう。もとより、菜月から二人には内緒で来てもらいたいと言われている。

 田舎の田園地帯を自転車で疾走する間、菜月はずっとわたしの前を走っていて、振り返ることなく沈黙を続けていた。丈太郎との喧嘩で機嫌が悪いのか、いつもの楽しそうな雰囲気はない。

 なんだか居心地悪いなぁ……今朝からこんな感じではあったが。

「ねえ、なんで急にデパート行こうって言い出したの。しかもわたしと二人だけなんて」

「黙ってついてきて」

 菜月はつれない態度だ。居心地の悪さから逃れたくて会話のきっかけを作ろうとしたのに、到着するまで黙っていなければならないなんて……何の拷問ですか。

 仕方がないので、わたしは風を全身に受けて、別の心地よさで耐えることにした。

 デパートに到着して、わたしと菜月は駐輪スペースに自転車を並べて置いておき、気温が上昇した午後の外気から、冷房の効いた店内に足を踏み入れた。

「ふああぁ~、涼しいぃ……」

 菜月は首をかくんと後ろに曲げながら言った。全身に冷気を浴びようとしている……。

「菜月、あんたもしかして……」

「だってあんな暑い中で下手に口開いたら、絶対“暑い”って連呼しちゃうもん。そうしたら余計に暑くなるだけだと思ったから、何も言わなかったの」

 必死で暑さを我慢していただけですか。わたしはそれほどとも思わなかったのに。

「それより、いい加減ここにきた目的を教えなさい」

「そりゃあ喧嘩でムシャクシャしてるから、気晴らしがしたかったからに決まってるじゃない」

 だろうとは思っていたけどね。

「わたしを誘ったのは? 他に誘える友達はいくらでもいるでしょ」

「あはは……まあそこは何でもいいじゃない」

 笑ってごまかす菜月。どうやら事情があるのはそっちらしい。

 五階建てのデパートの、上りエスカレーターに乗りながら、わたしは言った。

「言っておくけど、無駄遣いと前借りは認めませんからね」

「大丈夫だって。買い物に来たわけじゃないし」

 じゃあどうやって気晴らしをするつもりなのだ。大体、デパートに来ていながら買い物をしないって、それでいいのか? ……まあ、ここのチョイスは悪くないけど。

「あっ!」エスカレーター脇に貼ってあるチラシに目を奪われた。「ここの食品売り場、卵とベーコンとココナッツミルクが安い! 帰りに買っていかねば!」

「おお、およそ女子高生らしからぬ主婦的発言……!」菜月は引いていた。「ていうか、メインの目的はそっちじゃないからね?」

「だから、買い物じゃないなら何のためにデパート来たのよ」

「それはね……」

 菜月がエスカレーターを離れたのは四階だった。このフロアにあるのは、子供用のおもちゃ屋と、小規模な本屋、そして……。

「ここ! ここに来たかったの! ストレス発散ならここが一番!」

 菜月は興奮した様子で、ゲームセンターの店舗を指差した。

「結局お金は使うのね……」

 この義妹(いもうと)の経済観念が、わたしはちょっと心配です。

 このまま暴走を続けたら、本当に菜月の懐が無防備になってしまいかねないので、わたしはストッパーとして仕方なく菜月に付き合った。菜月は元からそのつもりだったみたいだが。

 まずは格闘ゲーム。菜月とわたしで対戦したが、そもそもコントローラの使い方さえ知らないわたしに、まともな相手が務まるはずもなく……あっさり勝敗は決した。これではつまらない、ストレス発散にならない、そう言って菜月はCPUとの対戦に切り替え、今度は互角の戦いを繰り広げたのち勝利した。

「うぉっしゃああっ!」

 キャラの動きが激しすぎて、見ても展開に全くついていけないうちに、いつの間にかゲームは終わっていた。わたしは、菜月の雄たけびでようやく気づく体たらく。でもこの言い方だと、車のウィンドウガラスの汚れを落とす洗浄液の名前に聞こえる……。

 次はエアホッケー。これはわたしも経験があるので、それなりに相手ができた。もっとも、下手くそな夕貴と一緒にやった程度だから、技術面に不安はあったのだけど……。

 結果は16-14で菜月の勝利。最後に手の甲で滴る汗をぬぐいながら、菜月はわたしに言った。

「フッ……なかなか、やるじゃない」

「……なにこれ」

 菜月の体育会系テンションが理解できないわたしは、呆れるしかない。

 その後もガンシューティングゲーム、リズムゲーム、UFOキャッチャーと続いて、いずれも菜月が驚異的な器用さを見せた。あのがさつそうな外見とは裏腹に、指先や体の動きがしなやかで繊細なのだ。そしてそれ以上に、どれをやっても菜月は楽しそうで、わたしも見ていて気分が晴れていく。

 こういう()だったな、そういえば……ストレス発散の効果はてきめんだったようだ。

 ちなみにわたしも好きなゲームをやっていいと言われて、モグラ叩きを選んだ。慣れたゲームで反射神経にも自信があったので、それなりの高得点を得られたが……菜月からは「子供か」と突っ込まれた。お前だけには言われたくない……。


 さんざん暴れまくった後、わたしと菜月は別の階のイートインコーナーに移動した。

「いやー、たくさん遊んだね!」

「わたしは菜月の財布が気がかりで、それどころじゃなかったよ……」

 どちらもシェイクを注文して飲んでいた。種類は桃とオレンジで違うけど。両方とも蓋付きでストローが刺さっているが、菜月はストローを(くわ)えつつ、(あお)るように飲んでいる。……おかしいだろ。

「ぷはあ。文香、今日は付き合ってくれてありがとね」

「妹の真剣そうな頼みじゃ断れないからねぇ」

「そりゃあ、一人であんなことやったって、むなしくなるだけだもん。誰を付き合わせるか考えたら、文香しかいなかったんだよ」

 他の友達は選択肢から外したのか……思い切ったことをするな。

「なんかさぁ……みっともないじゃん。きょうだい喧嘩してイライラしたからゲーセン行くって。子どもっぽいって思われるのはなんか(しゃく)だったから」

 十分子どもっぽいと思うよ、言動もその考え方も。言わないけどね。

「わたしのクラスの朝美ちゃんも言ってたよ。菜月と丈太郎が喧嘩するなんて珍しいって」

「そりゃあまあ、丈太郎とのマジな喧嘩なんて年に一回あるかないかくらいだし……」

 菜月がストローで吸い上げると、カップからガララと音がした。空になったカップをテーブルに置く。

「……わたしを産んだお母さんが家を出ていって、お父さんが再婚して兄ができたとき……正直、もっとイケメンがいいって思ってた」

「あらま……」

 さらっと容貌を貶されたぞ、丈太郎。

「だからわたし、最初のうちは丈太郎にちっとも懐かなくて……丈太郎もあんまり気にしなかった。でもあいつ、なんだかんだ言いつつ、誕生日とか祝いの席はいつもプレゼント用意してくれるんだ。それも、ピンポイントでわたしの好みを突いてくるの。四次元ポケットでも入ってるのか、って思うくらいに」

「そういえば今でもやってるね。菜月の誕生日はまだ先だけど」

「まあね……何も言わないけど、新しい家族であるわたしの事を、真剣に理解しようとしてくれてるんだ……それが分かるまで、結構時間かかっちゃった。でもそうだと分かったら、不思議と会話が弾むようになってね、今じゃ割とお互いの事が分かるようになったんだ」

「そっか……二人も、今ほど仲良くなるまでに、だいぶ時間を費やしたんだね」

「なにせ血の繋がりがない上に、親の事情で一緒になった関係だからね。ちびの時はそれなりに不満もあったわけよ。でも今は……いい奴だって分かってる。ちょっとすれ違って喧嘩しても、たいてい明日になったら忘れていて、やっぱりこいつと兄妹でよかったんだって、今なら思えるよ」

 そうだろうなぁ。憎まれ口を叩きあっていても、二人はお互いの事をよく分かっているんだよな。心配するまでもなく、菜月と丈太郎は変わらず仲良しだ。雨降って地固まる、とはよく言ったけど、この二人の場合は最初から固い絆で結ばれているんだ。

 ……なんて言ったら菜月、恥ずかしがりそうだからやめておくけど。

「ちょっとぉ、なに笑ってるの」

 菜月が口を尖らせて言った。いかん、考えたことが顔に出てしまったみたいだ。

「いや、別に……ところで、昨日はなんで喧嘩してたの?」


 同じころ、気まぐれで丈太郎の練習風景を見学していた夕貴は、野球部の練習が終わって、丈太郎と一緒に自宅へ帰ることになった。喧嘩が原因らしく、いつも一緒の菜月は同行していない。夕貴が覚えている限りで初めて、血の繋がらない兄と二人で帰ることになったわけだ。

「……誕生日プレゼント? 文香の?」

 夕貴も文香と同じく、当事者に喧嘩のきっかけを尋ねると、そんな答えが返ってきた。

「ああ。プレゼントの事を考えた方がいいんじゃないかって俺が言ったら、どうせならサプライズで渡そうって言い出したんだ。どうせあいつは、誕生日祝いを恒例行事にして、気兼ねなくプレゼント交換ができればいいと思ったんだろうけど」

「二人だけで計画していたのか?」

「夕貴は誘わなくても、なんだかんだ言って姉のお祝いはちゃんとやるだろうから、って菜月が言うから」

 ふむ……夕貴は考えた。確かに、間違ってはいないかもしれない。

「つまり、そのプレゼントを何にするかで揉めて、喧嘩になったと?」

「簡単に言えばな」丈太郎はごつい肩をすくめた。「やっぱり予想つくよなぁ」

「丈太郎は何をあげようと思ったんだ?」

「いや、俺は女子の好みなんて分からないから、セレクトは菜月に任せていた。どうせ、無難に服とかアクセサリーとか選ぶんだろうと思っていたんだよ。ところが……」

「とんでもないものをセレクトしたわけだな」

「やっぱり予測しておくべきだったよなぁ」

 付き合いが長いにも関わらず、菜月の行動を読み切れなかったのが残念なのか、丈太郎はあからさまにため息をついていた。まあ、あの義妹がぶっ飛んだ行動に出るのは、いつもの事だけれど、さすがに義姉(あね)の誕生日に変なものは選ばないだろうと、高をくくっていたんだな。

「で? 菜月はいったい何をプレゼントしようとしたんだ?」

「マッサージチェア」

「…………え?」

 想像をはるかに超えて宇宙までぶっ飛びそうな単語が出てきた。

「どアホウとも言いたくなるぜ」丈太郎は額に手を当てた。「場所はとるし、おまけに女子高生に誕生日プレゼントであげるものとは思えないし……しかもあいつ、一番性能よさそうとか言って、十万を軽く超えるやつを選ぼうとしていたんだぞ。俺たちの財布が一発でカラになるわ」

 無意味なセレクトとは思わない。何しろ文香は、「あぁー、肩凝った」などと女子高生らしからぬ発言を日常的にやっている人だからな。しかし、肩もみくらいは喜ぶかもしれないが、マッサージチェアで喜ぶとは到底思えない……何より、財布的問題が大きい。

「前々から経済観念が未熟だと思っていたけど、確かにそれは度が過ぎている……」

「ところがあいつはこれが一番といって聞きやしない。そんなものに毎回お金をかけるくらいなら、やらない方がマシだって言ったら、もうそこで泥沼の大喧嘩だよ。事情が事情なんで、特に文香にはなかなか原因を話しづらくて、どちらも今の今まで黙らざるを得なかった、ってわけだ」

 予想以上にくだらない理由だった……とはいえ、夕貴がそれを言える立場ではなかった。

「あれ? お互い無言だった理由がそれなら、もう昨日の時点で喧嘩は終わっていたのか?」

「寝静まった頃に、菜月が俺の部屋を訪ねてきて、こういったからな」

 ―――――『悪かったな。誕プレ、別のやつを考える』

「それだけ言って戻った。だからもう喧嘩する理由はなくなってたのさ」

 なんと。実はきょうだい喧嘩は今朝になったら終わっていたのか。雨降って地固まる、とはよく言ったものだが、固まるタイミングが早すぎる。というか、最初から固かったのか。

 あっけない理由で、あっけない終わり方だったが、ある意味でこの二人らしい。やっぱり、喧嘩するほど仲がいいというのは、きょうだいの(さが)なのだろうな。

 しかし……これを文香が聞いたら、ものすごく怒りそうな気がする。


 わたし、宮原文香は激怒していた。

 目の前には、喧嘩の事情を打ち明けて、引きつった笑いを浮かべる義理の妹。わたしは怒りのあまり、怒り方を忘れて柔らかく微笑んでいた。

 菜月さん、なーにがそんなに怖いかな。

 わたしは椅子から立ち上がる。

 ピンと右手の指をまっすぐに揃え、振り上げる。

 ごつん。

 手刀が頭頂に当てられた瞬間、菜月は「ぴゃっ」と言った。

 ……まあ、かわいいから、特別に許してやろう。

仲良きことは、美しき哉。

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