ささむけは色々と痛い
「このガキ!高ランク冒険者の俺になんだその態度は?!おい!!!」
ドン、と僕は腹を蹴られ、壁にもたれかかった。
受付嬢さんは慌てて僕に駆け寄り起き上がる手助けをしてくれる。
まわりの連中は酔っていて、もっといけ、やれやれ、頑張れ坊主などと言った的外れもこの上ない声援を送ってくれている。
「くっ!!!」
「さっきからてめえふざけてんのか!!!!なんとかいえよおら!!!!」
目の前のこの輩はどうやらCランクの冒険者らしく、こいつも同様、酒に酔っていて、どうやら受付嬢と親しげに話している僕が気にくわんかったらしい。
ガキ相手に何をいうとるんやと思うかもしれないが、この世界では年齢差による恋愛感のズレなどはあまりなく、受付嬢25歳と僕ことレミルの13歳の12歳差くらいでは結婚もありえるのだそう。
ちなみに女性も男性も12から結婚できるんだって。日本と違って男女平等。僕こういうの大好き。
まあこの冒険者、普段は明るくいい奴で、多少気が荒いところもあるが、頼れる町の主力メンバーなのだ。
酒はこわい。
それとなにか嫌なことでもあったのだろう、先ほどからランクランク、ランクのことばかり口にしては激昂している。
「どいつもこいつも俺をバカにしやがって!!!!Cランクだぞ!!!!!俺はCランクなんだ!!!!!!」
「くっ!!!!」
くっ!って言ってみたかった。とりあえずそれっぽくなるかなって。
「っ!!!この…ッッ!!!どこまでもなめ腐りやがって、、、」
「くっ!!!!!!!」
いやこれは煽る僕も悪い。わかっちゃいるけどやめられない。ノンストップ青春。
というのも僕だっていきなり後ろから殴られて酒をぶっかけられているのだ。これで怒らずに男とはなんたるやいかに。
しかし手は出さない。というより出さない。
「お兄ちゃんなにしてるの!!!!!!」
ほらきた。
「ラミア!たんま!まって!俺ちゃう!わしやない!わしは悪ぅことなんもしてへん!!!」
大きな音と共にギルドのドアを開けて喧騒に乱入してきたのは私の可愛い妹ラミアちゃんである超絶可愛い天使、、、、、、
「お兄ちゃんはやましいことがあると変な喋り方するのわかってるんだからね、喧嘩をやめてちょっとこっちへきなさい」
「くっ!!!!!!!!」
早いものでラミアも11歳となった。相変わらずのお兄ちゃん大好きっこで僕も大歓喜なのであるが、いかんせん母に似て気が強く、父に似て腕が立つ。
回復系の天啓をもっているということもあり、この街では顔も広く、今では冒険者ランクCランク、僕が今まさに喧嘩をふっかけられている奴と同じランクまで来てしまったのだ。
ちなみに僕は未だにEランクであり、下から数えて二番目、なんと三年目にして雑魚冒険者なのであった!続く!
大体の予想はつくと思うが、約一年でCランクというのは異例中の異例だ。ないこともないがこの街では何にせ始めての金の卵。神官になるのかと思いきや冒険者になると言い出したこの子は貴重な主力メンバーなのである。
こういった有力な冒険者をしっかりと捕まえておくことはギルドにとって重要なことである。
単純に依頼をこなしてくれる人材は多ければ多いほどいいし、強ければ強いほど難易度の高い依頼をこなすことができる。
なかには中央、王都からの直々な依頼がくることもあり、ギルドは依頼受託金や仲介金なのでウハウハなのである。
大天使ラミアちゃんの登場をもってことなきを得た大乱闘スマッシュブラザーズであったが、僕にはまだお仕置きが残っているのでウハウハである。
そもそも僕は酒をかけられたことを怒っているわけではないし、殴られてもちょっと天啓いじれば余裕だから全然気にしてないのだ。
酒かけられた時は笑ってていいけど仲間を傷つけられた時は許すなって赤髪の船長が言ってた。海賊王に僕はなるってばよ!
今回の天啓で蹴られる瞬間だけピンポイントで打撃無効化とかつけちゃってたのでなんとしゃっくりが9回も出た。これはまあつらい。最初の4回はこれ80くらいまであるんじゃね?と思ったもん。
まああの人のことだから酒が抜けて一晩説教されれば謝りに来ると思うしその時はチキンでも奢ってもらってチャラにしようと思う。
こうして僕らの日常は平和に過ぎていった。妹に杖で軽く小突かれて、ギルドでバカみたいに騒いで、楽しく暮らしていたのだ。それなりに。こんな身でありながら。
考えることを放棄していた。
自分がなぜこんな状況にあるのか。もうどうでもよくなっていたのだ。
母のことは心配だった。トーストにバターを塗ってくれる方の母ではなく顔面にバターを塗ったような母の方が。
僕が死んで寂しくはないだろうか。ろくな息子ではなかったがそれでも母からの愛情はひしひしと感じていた。
母のことが好きだった。これといった反抗期もなく平穏に暮らしていた。ちょっとニートになったりしたけどそれなりに仲も良好だった。
突然いなくなって辛くはないだろうか。
「っ、いった、痛いラミア痛いまって」
ラミアと戯れているとどこに引っ掛けたのか、右手の薬指が少しささむけた。
「うわ、親不孝だ」
ささくれは親不孝。僕が以前ラミアに教えたことだった。
そうか、僕は親不孝なのか。確かにそうだ。
「お兄ちゃん?」
この可愛らしい妹をあっちの母にも見せてやりたいと思った。
もう会えないことを、6年も経って、6年も経った今になって、悲しいと思った。
今まで思わなかったわけではない。つらくなったことがないわけでもない。
でもどこかで、レミルとしての自分がソウタとしての自分を上回って、レイミアを母として思う気持ちに、どこか前世の感覚が薄れていたのだ。
天啓で世界はきっと超えられない。天啓はこの世にしかない理だ。向こうの世界に干渉することはできなかった。
一度、向こうの世界の水を一滴だけ持ってこようと思ったことがあった。10歳の頃の話だ。孤独であることが不安で、向こうの世界が恋しくなって、試したことがあった。
片目を失ってもいいと思った。最悪歩けなくなってもいいとさえ思っていた。
これが成功すれば。そんなことしか頭になかったのだ。
結果、何も起きなかった。対価も支払われず、ただ静かに、時間だけがコツコツと流れた。
待てど待てど水は現れなかった。
「え、え、おにいちゃ、なんで泣くの、え、ごめん!痛かった?!」
ラミアが慌てたように僕のささくれを両手で包む。
「え、あ、ごめん、ちょっと痛かったや」
このささむけは治る。彼女の手から流れる暖かい何かは、僕の指にじんわりと伝わり、ゆっくりとその傷を治していく。
ぽたり、とその手に水が落ちた。
「はは、それはちょっと色々と遅いや」
「お兄ちゃん?」
何もわかっていない彼女をおいて、何も伝えられないこんな僕をおいて、今更になって落ちた水は、やんわりと光った。
そして、消えた。