友達なんて産まれてこのかたいませんよ
「いやまじ卍、ありえんみが深い」
鍛冶屋さんにお手紙を無事渡した後、もうフラグとか立っちゃってるからとりあえず早く帰りたい一心で走っていた。
そう、僕は走っていたのだ。
先ほどまで、街道を、一人で、走って、いたのだ!!!!
気がつくと後ろには犬の群れ。というか犬の魔物の群れ。魔犬というそうな。めでたしめでたし。
魔剣だったらいいのにね!
腐ってないだけまだマシというものか、彼ら魔物は大気中の魔素や地中の魔素などから時間をかけて自然発生するもので、それらは近くにいたものの形を記憶し自らをかたどる。
つまるところ彼ら魔犬は、近くにいた犬の形を覚えた魔素が魔犬になってなんかその魔犬の形を覚えた魔素が魔犬になったみたいな感じで群れをなしているらしいのだ。
自然ってしゅごい。
その自然の摂理に任せて産まれたこいつらは僕を食わんとばかりに追いかけてきている、というかこれ食べようとしてますねうん。
もうヨダレだっらだらじゃんやめてくんない?
日本生まれ日本育ちの僕とはいえまあ10年もこっちに住んでいればある程度の耐性はつくもので、実はそんなに焦ることもなく街道を全力疾走していた。
もちろんふつうに走っていては追いつかれるのは必須である。
彼ら魔物は通常の生物よりポテンシャルが高い。
例えばこの魔犬、普通の犬、というかこいつらが象っている犬とくらべてもそのポテンシャルは2倍以上はあるだろう。
そういわれると走る速さ2倍!噛む力2倍!と勘違いしてしまいそうになるよね。単純にそういうわけでもないらしいですよ。
走る速さ1.2倍!噛む力1.3倍!視力1.4倍!とか色々含めて総合的に2倍!みたいな感じらしい。
なんか難しそうな本に書いてあったのを父さんの部屋で読んだのを覚えている。
それでもわずか10歳の少年がそんな化け物から走って逃げられるほど僕の身体はマッチョではない。ショタマッチョ。一体どのジャンルに受けるというのであろうか。
何を隠そう、僕の天啓、【なんかもう色々凄いやつ】的なやつのおかげで逃げおうせているのだ。
これすごい。対価さえあれば基本はなんでもできるらしい。
この天啓を授かったと自覚してから色々試してはみたが、まさにチート。チート中のチート。圧倒的チートッッ!!!
おそらくこれは本当になんだってできるのだろう。新しく生命を作ることも、誰かを殺すことも、簡単にできるのだと思う。
「この石を砕きたい」
そう天啓の力を持ってして願えば、目の前の石は呆気なく砕ける。なんの前兆もなく。パリ、と砕けるのだ。
しかしそれには対価が必要だった。以前何も考えずに石を砕いた僕は不意打ちのように『それ』に襲われた。
眩暈。
そう、眩暈である。眩暈一回。これが石を砕く対価であった。
「え?ちょろくない?」
それは僕の人生安泰決定の瞬間であった。
それ以降は色々と試してみた。自分の体の限界、または能力の限界がくるまで試してみることにした。
そして能力の限界が来る前に体の限界がやってきた。
それは天啓で石を消した瞬間だった。
砕くでも粉々にするでもなく、消す。消滅させたのだ、この世から、物質を。
それはそれ相応の対価を持って支払われた。
ーーー左小指の剥離骨折。
ーーこれつかえばかっこいいと思ってるやついるよね。
ーーーーわからんこともない。
ーーーーーーーー楽しいもんな。
そんなことより剥離骨折だ。え、かるくね?と思うだろうがこれがなかなか痛い。
そしてまだ石が無機物だったこととサイズが5センチほどだったことが幸いした。
これがたぶん大型の生き物であったとしたら腕は持っていかれていたし、もしかしたら妹が鎧に身を包んでいたかもしれない。実写化やめてください。
いやいや腕が消し飛んだって天啓で治せばいいじゃん!と思ってた時期が僕にもありました。
どうやらそれは不可能のようで天啓の対価によって痛めた小指を天啓によって治そうとしたのだが、一向に効果は現れず対価も支払われなかった。つまり天啓で失ったものは天啓では戻ってこないということだ。
自然には治癒したのでめっちゃ安心した。おれ一生剥離骨折したまま過ごすのかと思ったもん。
そんなこんなで魔犬の群れから逃げ切り、西門へと駆け込んだ僕は魔犬撃退を衛兵さんに任せてギルドへと向かう。
「っ、いっった、え?いった、ありえんわ痛いわ」
天啓によって自身の筋力を補正していたのだが、どうやら対価として、中指と薬指のささくれが支払われたらしい。これ地味に痛い。
ささくれは親不孝だなんてよく言いますね。
やめてよ、、またフラグ立っちゃって困る、、、
めくれ上がらないように出来たばかりのささくれを歯で噛みちぎり、ペッペしておく。
「ようレミル!魔犬と友達になれたみたいでなによりだよ」
通りすがりの顔見知りのおっちゃんに皮肉を言われたので、「友達なんて産まれてこのかたいませんよ」と返しにくい辛いジョークで返しておいた。
自虐は鈍器なり。
おっちゃんは苦笑いで受け流したあと、軽く会釈してその場を去った。
自分の天啓のことをもっと詳しく知らなければならない。でもこれは誰に言ってもいいのもではない。
友達、確かに思うところがある。こんなことを相談できる友人もいなければ、先輩も後輩もこの世界にはいない。
もっとも、向こうの世界でもそんなもの片手で数えられる程しかいなかったが、それでも確かにいた。
「おかえりレミル」
ギルドから帰った僕を母は洗濯物をたたみながら迎えた。
おかえり〜と二階からラミアの声がする。
「、、、ただいま、今日は手紙を届けてきたんだ」
そういって僕は今日の依頼の出来事を話して行く。
レイミアは丁寧に服をたたみながら、そうなの、すごいね、と聞いてくれた。
「それとね、母さん」
「なあに」
自分が本当はソウタという人間であったこと、違う世界の記憶を持っていること。
もしかしたら僕は、レミルという人格を食ってしまったのではないか、レミルの前世が僕なのではなく、僕がレミルの人生を途中から乗っ取っているのではないか。
誰に言ってもいけない。
こんなこと、誰にも言えない。
「んーん、なんでもないや」
僕はこんなにも恵まれた家族に囲まれていながら、相変わらず、何も変わらず、何も変われず。
日本で引きこもっていた僕のままだったーーーー
ーーーーーーこれ楽しいね。