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彼女は羊の夢を観る 2019年  作者: 野兎症候群
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終話 夢をみる

 大きな仕事が終わった。トモくんの事件はEIの世界との距離を感じた一件だった。人間とEIは言葉で繋がっていても、同じ風景を見て同じ感情を抱いているわけじゃ無いのだ。その事を実感した。

 当たり前といえば当たり前のことだった。同じ人間でも一人一人違った目を持っているんだから、そもそもの成り立ちが違うEI達との差異なんて幾らでも想定できたはずだ。

 極端に言ってしまえば、彼らは存在背景が違って生態も違う、全く違う進化を遂げた星からのエイリアンと同じなのだと思う。きっと人間とEIの違いはこれからもっと明らかになっていくだろう。

 私は、いや我が社はこれからこの差異がもたらすトラブルに直面していくだろうし、それに対応して行かねばならない。世界中で活躍している五億を超えるEI達が引き起こす問題を果たして我々が対処しきれるのか、私には分からない。

 今回、私はトモくんに視野を広げるおもちゃを与えることで彼を答えのないジレンマから遠ざけた。結果から見れば問題の規模に対して被害は最小限。自分にしてはよく出来た方だと思う。でもそれは結局、難題から目をそらしただけにすぎない。無限に近い記憶容量と電子基板由来の長い寿命を持つ彼らは遠からぬ未来、きっと同じ問題に直面することだろう。その時、私は生きていないかもしれないけれど、彼らの行く末に責任を感じている。自分ひとりが心配したところで何もできないとは思うけれど、気持ちは晴れない。

 不安と無力感ばかりが胸の中を埋め尽くして私を疲れさせる。まったくなっていない、と自分を叱咤するが空元気が逆に虚しさを加速させていた。ヒカリが画面のセンサーアイ越しに心配そうな視線を向けている気配を感じたけれど、冗談を言う余裕は失われていた。

 私はこれでも経営者の一員で世界中に散らばる社員とEI達の未来を考えて、保証してやらねばならない。その責任の重さと将来の不安が私を押しつぶそうとしている。胸に苦しさを感じる。全てを投げ出しても良いじゃないか? 無責任なセルフトークが聞こえる。しかし、結局それが私の本音なのだと思う。花は私を凄いやつと言うが、結局何も出来ない凡人に過ぎないのだ。無力感が膨れていく。

 自分を叱咤する言葉すら思いつかなくなっていた。

 Aならどうするのだろうと、ぼんやりと考えた。きっと驚くべき秘策を立案して、私の気苦労を笑い飛ばしてくれる気がする。彼はいつもそうやって私を魅了してきた。彼なら、と無責任な期待が胸の中に広がった。自分の浅慮な思考を批判するだけの元気はなかった。たまにはこういうことがある。明日には新しい仕事に取り組んでいける。そう言って聞かせる。

 悶々と午前を過ごし、昼休みになるちょっと前、私の席の正面にあるドアが開いた。なんて事のないドアの音を背中に聞いた。私は思案に疲れてデスクに背を向け窓の外を見ていた。

 姿は見えなかったが、流れてきた懐かしい空気が来訪者が誰かを告げていた。

「やあ」

 振り返らずに言った私の声は不思議と広い部屋によく響いた。自然に出た声だった。


 振り返ると当然の如くAがいて、彼の確信に満ちた表情を見たら先程までの不安は消えていった。まだ頑張れるような、安心感を伴った力が湧いてくるようだ。ESを設立した時のような、私達ならなんでもできると思えるほどの万能感が心のどこからか溢れてくる。

 まだまだ私達はこれからだ。確信が胸に広がった

 そして彼は迷いなく私の前まで来ると一拍の静寂ののち、徐に口を開いた。


彼女は羊の夢をみる 2019年 ~完~


 お手に取っていただきありがとうございました。お楽しみいただけたなら幸いです。

 さて、本物語はESの創設者の一人、Dをの生涯をテーマにした物語になります。なので実は次のお話もあります。次はこの物語の結末から十年後、2029年のお話。

 人工知能や感情を持つロボットに関する倫理的、技術的、法律的問題は多々ありますが、それをDたちはどう乗り越えていったのか? それはまた追々物語の中で紹介していきますので気長にお待ちください。


2016年2月1日 野兎

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