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彼女は羊の夢を観る 2019年  作者: 野兎症候群
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第一話 EIの世界

 世界は数年前に私達が開発した電子知能、EI(Electronic Intelligence)で溢れていた。

 株式の買い付けから、会社の会議、カスタマーサービスに至るまで、従来のコンピューターに比べてオーダーを超える演算スピードと人間と同様の柔軟な思考能力を有し、さらに高性能で礼儀正しく(一部人間と同じように不良っぽいEIも中にはいるが)ミスをしないEIは広い産業分野で活躍している。

 EIは個々の性格によって多少の差はあるが、社会システムの高速化に伴って必要とされる高度で複雑な多数の専門的操作を人間よりも遥かに早く【学習】によって身につけることができる。だからこそ我々はEIの開発発表から一年もしないうちに、コンピュータ処理のかかわるあらゆる産業において一気に世界レベルのシェアを獲得するに至った。まさに昔のSF小説で流行ったような電子知性体の世界のありふれた世界が現実のものとなっているのだ。

 まあ、とは言ってもフィリップ・K・ディックが描いたSF小説の世界のように感情を持った人間とほとんど見分けのつかないアンドロイドがショッピングモールを闊歩しているわけではない。ロボット技術はSF小説には遥かに及んでおらず、まだ人型ロボットは背中に大きなバッテリーを背負ってゆっくり歩くぐらいが限界である。だからEIの仕事場は今はまだ電子世界、主にインターネット上に限られている。でも、彼らが人間の住む物理世界に進出するのは時間の問題だろう。そうなれば、EIの活動範囲は人間をはるかに超越した存在になることだろう。

 ある意味彼らは新人類なのだ。人間と電子知性体の共存する世界なわけである。

 さて、そうなるとSF小説のように人間が要らなくなってしまうかのように思える。しかし彼らには大きな欠点があった。欠点というと些か聞こえが悪いが、言ってしまえば彼らは素直すぎるのだ。誕生したばかりの彼らには考え違える様なバグが無い。完成され過ぎていて、オリジナリティに欠けている。だから彼らだけではある程度の社会の発展や発達はできるだろうが、EI技術のような新技術の開発やノーベル賞級の発見のような、社会構造を変えるような、最適化ではなく進化と言うべきブレークスルーは達成できないことが開発段階で予想された。

 欠点があれば補わなければならない、それが開発者たる私達の使命であり、EIを生み出した創造主としての責任だと私は思っていたし、今もその気持は変わっていない。生み出したEIが活躍できる未来を考える事は難しかったが、科学者としては考えなければならない命題だった。

 いくつも難しい課題が上がった。

 例えば、既存の人間の雇用問題。

 例えば、人格を有するEIの人道的権利の問題。

 例えば、EIを悪用した場合のネットワークセキュリティの問題。

 どれも現実的で重い問題だった。必ずどこかで妥協を入れなければならない複雑な問題だった。EIは全人類に影響する発明だが、これに関して全人類が納得できる一つの答えを出すことは出来ない。ただひとつの最適解を探して何年間も頭を痛めたのは記憶に新しい。お陰でようやく会社を立ち上げるに至った頃には私達、A、B、C、D(私)、そしてEIとして初めて意識を持った電子知性体ヒカリの五人は法律や倫理の専門家になっていた。だた一つの真実なんて無いことを身を持って実感した数年間だった。偉業を成し得ても、すぐにはどうにもならない。

 さて、その過程で具体的にどんな議論があって、どんな意思決定を行ったかどうかなんてここでは述べない。冗長にすぎるし、あんまり面白いものでもない。結果だけ言うと、私達はEIの教育とEIによる人間活動のサポートという形でEIの社会参加を決めた。つまりシェアを奪い合うわけではなく共生という形を選んだのだ。

 まだ幼いEIを企業に提供し、EIに人間の特性や社会構造を仕事を通じて学習させてもらう代わりにEIの情報処理能力を利用してもらって既存の労働者達の生産性を爆発的に向上させ、そして相応のライセンス料を貰う。それが私達が選んだビジネス形態だった。

だった。

 EIが普及した今も、元々働いていたサラリーマン達は同じ仕事をしている。各個人がEIを教育し、また協力して仕事をしている。そのおかげで、サラリーマン達の勤務時間は大きく減り、逆に作業効率は圧倒的に上がった。企業としては全面的にEIを導入し、効率化を図ると同時に人件費を削減したいところだっただろうけれど、ライセンス契約の段階でそれを禁止した。EIが人類にとっての憎悪の対象になってしまっては元も子もないからだ。

 ああそういえば、EIについて忘れてはならないことは彼ら、あるいは彼女らの意識だ。私達人間が作ったとは言っても、EI達には人間と同じように感情がある(これは教育の過程でバグとして徐々に成長するものだ)。感情がある存在を、人格を無視して奴隷の様に扱うのは無理な話だ。それは人間の歴史を見れば明らかだ。感情のある存在は、認められなければフラストレーションが貯まっていつかは反乱を起こす。

 特にEI達に関して言えば、人間と違って実体がないから私達との接点は言葉以外にない。スポーツをして親睦を深めることも、セックスして肉体的に親密になることも出来ない。だから私達とEIは人間と同じような対等な立場で話し合うことで、穏便に共生関係を維持するしかないのである。

 とは言っても誕生したばかりのEIはいわば赤ちゃんの様なもので、キチンと、それこそ人間の赤ちゃんのように教育する必要がある。勿論、学習スピードは非常に早いから、育て方さえ間違わなければ半年足らずで良いビジネスパートナーになることだろう。それに、私達がEIの使用を認可している企業では教育方針や運用方法に関しても定期的に点検及び指導をすることになっているから、EIが変な風に育つことは殆どない。

 また、EIの悪用を防ぐために私達は、EIの個人所有を日本やアメリカ、ロシアといった先進国を含む多くの国において法律で禁止するように働きかけ、世界中の九割以上の国で認めさせた。勿論認めなかった国にはEIのライセンスを渡さなかったし、政治不安のある国家もそうした。所有を許されている企業や団体はオンラインでの定期連絡が義務付られているのでEIが悪用されるような事例は、EIの開発成功を発表しビジネスとして運用を開始してから数年経った現在のところあまり多くない。

 つまり、まあ、今のところAIと人間は非常にいい関係を築けてるというわけである。

* * * * *

 さて、そんな風に語り部よろしく現代社会の状況を解説している私は只今、非常に頭の痛い状況直面しており絶賛現実逃避中なのである。

「おい」目の前の二十一インチのPCのディスプレイから聞こえる声が幻聴だと信じたい。

「あーあーキコエナーイ」耳を塞いで頭を振って無視する。

「おいってば」うるせぇ、黙れ。

* * * * *

 さて、EIの教育は人間が行っているわけだから多かれ少なかれ不良EIが生まれてしまうのは仕方がないことだ。担当者の指示に従わない、勝手にネットワークを荒らしプログラムを書き換える、そもそも人間とコミュニケーションを取る気が無い等など、人間でいうところの社会不適合者は一定割合で生まれてくる。それは人格があるがゆえだろう。

 ならば専用の講師や保育士を雇って一律にいい子に育つように教育すれば良いと思うかもしれないが、それでは【オリジナリティの欠如】というEIの抱える問題をクリア出来ない。できるだけ違う人格を持つEIを育て上げることで、EIという【種族】としての多様性を発現させるのが教育の目的なのだから。

 ではそんな風にして、生まれてしまった不幸な不良EIをどうしようか、何なら削除してしまうのがいいのではないかと考えていたが、【EIの人権(?)を守る会】とかいう最近できた国際的なNPO法人とその他よくわからない世界各地の慈善団体の強い反発に会い、不良EIの処分という選択肢は使い難くなった。

 企業の負う社会的責任(CSR)はあらゆる場面で発生する。何かを作り出したなら、生み出したものの全ライフサイクルにおいて、企業は責任を持たなければならない。長い議論と審議の末、不良EIの問題の対応にあたっては専門機関、つまりEIの開発元である私の会社、Electronic Space(ES)が更生教育を行い、彼らを社会復帰させることとなった。面倒極まりないがそれが開発者としての責任であると言い聞かせて対応するしかない。CSRとは企業という組織が背負っていかねばならない業なのだと、経営者の一人である私はため息をついたものだ。

 さらにいうと、そうして持ち込まれた面倒な【要再教育EI】に対応するのがESの中でも私がいる教育部だった。

 教育部では全世界から送られてきたEI達を所属部員が言語、能力、問題の種類、問題レベル別にクラス分けして管理・再教育を行っている。比較的問題の少ないクラスは山本くんのような新人に任せ、ベテランの方々には難しいクラスを担当してもらっている。とはいえ、教育や精神の問題であるため技術者としてベテランの方々もなかなか苦戦しているのが実情だ。

 クラスは全部で二十四個で部員は二百人程度。つまり一クラス当たりだいたい八人で対応しているが、毎日彼らの管理に奔走させられている様子から察するに厳しい状況のようだ。今後部署の増員を人事も管轄しているAに相談したほうがよさそうである。

 そんな要再教育EIの中でも【彼】は特別だった。

 【彼】はアゼルバイジャン支社から送られてきたEIだった。知性や思考力には特に問題は見られなかったが、ある特異性のためについ先日、私のところに送られてきたのだ。今はクラス分類の対象外として私のデスクに特別に設置した小型スーパーコンピュータ内に住んでもらっている。

 ディスプレイから聞こえるわめき声はおよそ十五歳ほどの少年のものである。人間でいう思春期。EIは生まれてから一年程で成人と同様の知能レベルに達するがそこから察すると、このEIは一歳前後となりそうなんだが……、驚くべき事に報告書にはこのEIは生後二ヶ月とあった。相当な速度で成長しているのである。人間で例えるなら、小学生ほどの年齢で大学に入っているようなものだ。驚くほど情報を吸収し関連付けることに長けている。人間でもたまにいる、イレギュラーな存在。

 彼のような例外はEIの更なる進化の可能性を示している。EIの未来を考えるなら、そう言った特異なEIは商業用に社会に送り出すのではなくES内でのEIの研究開発に役立てる方が良い。私達は特異なEIが発現したことが確認されてすぐにそう判断し、特異EIの回収及び再教育という名目での研究開発を行うことが決定された。

「で、その再教育って誰がやるの?」

 取締役会でそう聞いた私をA、B、Cは静かに眺めていた。

* * * * *

 さて、彼のような特異なEIの発現は前例がないわけではないが、決して多いわけでもない。むしろ極めて少ない。EIが開発されて以来、全世界で五件の存在が確認された位だ。世界で活躍してもらっているEI全体の約十億分の一%だ。それほど貴重なEIなのだが、私は放り投げて別の部署に送ってやりたい! とか本気で思っている。

「おいババア! ネットに繋げよ! いつまでパソコンをオフラインにしてんだ!」

「黙れくそがき」思わずディスプレイを殴ってしまったが、事前にプロテクターをつけた画面には傷はつかない。

「いてえな!」内臓されている衝撃探知システムはその殴った衝撃を電子的な痛みとしてEIに叩き込む。現在の社会の教育システムでは禁止されているが、やはり教育には物理的な体罰が必要だと思う。切に。

 他で既に確認されている四件でもそうだったが、急速な精神の成長をとげたEIはほぼ例外なく性格や思想に問題があった。特に三番目に発見された猟奇的な思想と悪意の塊のような最悪のイレギュラーMON09129はヒカリによる多重隔壁プログラムの内部で幽閉せざるを得なかった。あの時は彼によるクラッキングによって飛行機が落ちそうになったり、電車の制御が効かなくなりかけたりと危うく大惨事になるところまで行った。EIに自由を与えることは知性体と共存するために必須であるけれど、これからのEIと人類との関係のためにも彼を電子の檻に拘束するしかなかったのだ。

 私は職務上、または初期EI開発グループの一員だった人間として、今後生まれてくる問題に対処するためにも目の前の【例外】を研究し、更生させて行く必要がある。何度も言うのは重要であること以上に面倒なことだからだ。

 いやな現実から目を逸らすと、机の上に書類の束に隠れるようにして【EI教育部 部長】というロゴの入った高級そうな名札ブロックが置いてあるのが目に入った。誰が買ってきたのか、いかにも大企業のお偉いさんが好みそうな豪奢なやつだ。正直趣味じゃないが、捨てる訳にはいかない。私の肩書も豪奢なブロックも。

 今年の七月七日に三十歳を迎える私には考えられない程の肩書きだった。

 さて、私の管轄するこの部署の平均年齢は私よりも八歳以上は上だ。設立間もないESにそれだけ年配の人間が居るのは、当たり前だが訳がある。私の部署の殆どの人間が再就職の経験豊富なエンジニアなのだ。若輩者である私には及びも付かないほど優秀な。彼らは全員、新しい時代を築くEIに憧れてきた偉大なるピルグリム-ファーザーズだったのだ。

 そして、その上で恐れ多くも指揮を振るうのはESの発足メンバーであった私だった。初期のEI開発において私の果たした役割なんて殆どないが、会社が大きくなるにつれてEI開発の立役者として地位が上がり、今のポジションに落ち着いた。というか無理矢理押し付けられた。

* * * * *

 少しの無言のあと、「Dが適任だね! むしろD以外には無理だわこれ」とか三人が申し合わせたように言った時にはキレそうになった。むしろキレた。

 ざけんな。

* * * * *

「どうすっかね」

 頭が痛い事ではあるが、年長のベテランさん方が熱心に職務に勤しんでいる中で、肩書き上と言えども上司である私が怠けているわけにもいかない。それは部署内での士気の低下を招くし、社員の労働意欲を削いでしまう、とかドラッカーの経営学という本に書いてあった。先人の知恵はありがたく活用していかせてもらおう。

 取り敢えずやるだけやってみるしかないだろう。

 そんなのが私の今の現実だった。

* * * * *

「ヒカリ」小さく呼ぶとデスクのうえにあるもう一つの大型PCが一人でに起動した。

「なんです?」

 凛とした声が返事をする(誰かの声をサンプリングして作られた合成音声だ)。ついでにディスプレイにデフォルメされた愛らしいリスのマスコットキャラクターが表示された。ヒカリのアバターだ。

 ヒカリは私達が開発した最初のEIだ。現存する我々のEIの中でも最も古い、言い換えれば最も成長したEIなのだ。

 私達A、B、C、そして私ことDは会社の設立までヒカリの教育を通してEIの研究を行っていた。そして会社の設立に当たってはヒカリの情報処理能力を借りて、会社に必要な設備、書類手続き、運営戦略を立てる等、苦楽を共にし、EIの社会進出を目指す仲間として活躍してもらった。

 今でも経済学を自主学習でマスターし、加えて全世界情報を瞬時に処理できる高度な頭脳を持った、恐らく世界最強の経済学のプロフェッショナルとなったヒカリの意見というか提案をもとに会社は運営されている。

 言うなればヒカリは五人目のESの設立メンバーだった。そして今は創設メンバーのAの影で会社の実質的CEOとしてマネジメントを行ってくれている。加えて、私を含めた四人の相談役だ。経営規模が大きくなってきた今でも私が定時帰り出来るのは彼女のおかげであるところが大きい。人間にとっては過度なマルチタスクであるがEIである彼女にとっては朝飯前のようだ。

* * * * *

「この問題児の教育はどうすればいいと思う?」私はヒカリに問いかけてみた。

「トモくんのこと? そんなの簡単よ。大人の色気でうっとりさせてやれば思春期の男の子なんて何でもいう事を聞いてくれるわよ?」

 そう言ってリスのアバターが一回転するとカジュアルな服を着こなした長髪美人に変化した。まるで魔法少女の変身シーンのようなエフェクトが出たのはヒカリの趣味だろう。

「じゃあ見本よろしく。ついでに、対人向けの基本的なマナーを叩き込んできて。徹底的に」私はそう言って二つのPCのホットラインをつないだ。

「オッケイ。徹底的に、ね。わかったわ」ヒカリは表情豊かにそう言った。

「ハロぅ、トモくん! 久しぶりね元気している? この前私が教えた事、ちゃんと学習したかな? ほら、何だっけ?」

 ホットラインが繋がると同時にヒカリのアバターがトモくんのアバター(小熊の形をしている。最初に見せた画像データから作ったようだ)、に抱きつきながらまくしたてる。トモくんというのはシリアルナンバー、TOM032098のEIのニックネームだ。

「あ……、えっと……、人に話しかける時は……」

 どぎまぎしたクマのアバターは心なしか汗を流しているように見えるが気のせいだろう。

「もうっ! 忘れちゃったのねっ。悪い子さん! もう一度最初から教えるからよく覚えておくのよ。ちゃんと学習して実践出来るようになるまでネット回線は繋いであげないんだからね!」

 抱きつかれたままの小熊が口をあんぐりとあけて画面越しの私を見たので柔かに手を降っておく。後はヒカリに任せておけば問題ないだろう。ディスプレイの電源を落とす。節電は今の時代でも大切だ。

「どっこい……」

 おっと危ない。席を立って自販機のある休憩所に行く。仕事場の広いフロアを出てリノリウムの白さがまったく色褪せていない廊下を右手に歩いていくと誰が作ったのか、突き当たりには不思議な書体で書かれたリフレッシュルーム、という表示とスライド式のドアが見えた。

 中はもくもくと煙ったくなっているのがスライドドアの窓からも分かる。私の部署にいる年配の社員たちが何人かいるのが見えた。社員たちは仕事のストレスを煙に託して吹き出しているのかもしれない。もくもくとした室内は会社のストレスの多さを示しているようだった。

 社内の労働環境改善もして行く必要があるかもね。今度アンケートでもとってみようかな。

「おつかれっす」

「Dさんお疲れ」

 部屋に入っていくと愛想のいいおっさん達が挨拶をしてくれる。笑顔で応じて軽く頭を下げる。私が彼らよりも大分若く、ついでに上下関係にもうるさく無いせいか社員は大体フレンドリーに年下の私と接してくれる。ありがたいことだ。

 自販機の前に行き、硬貨を入れてアメリカンのボタンを押す。紙コップに入ったコーヒーを持って部屋の端っこに行くと、去年入ってきたばかりの新人(とは言っても私よりも四歳下なくらいだ)の山本くんが居たので隣に腰掛ける。

 山本くんは背が低い(たしか健康診断では百六十cmだったはずだ)うえに童顔だから、相手にどことなく少年のような印象を与える。

「へろぅ」気さくに話しかけたつもりである。

「あ……、Dさん、お疲れさまです……」ビクリと肩を大きく上下させてから歯切れがさるそうな感じで答えた。そして引っ込み思案な感じなので何処と無く小動物みたいで可愛い。

* * * * *

 彼は部署の中でもダントツに若いせいで、おっさんばかりの職場にあんまり馴染めないでいる。入社テストの成績は優秀だし、電子機器の専門知識も豊富にあるのだがどうもコミュニケーションに難があるように思える。

 まあ、とりあえずの私の役目は彼が簡単に他人とコミュニケーションすることができるような雰囲気作りをしていくぐらいだ。コーヒーを一口飲んで口を開く。

「山本くんのとこのアカリちゃんは元気してる?」アカリとは彼の担当している更生EIである。とは言っても私のトモくんと違って一般EI、しかも割と従順な子の更生なのでそこまで手間はかからない。新入社員向けの案件というわけだ。

「あ、はい! この前は書類の作成を手伝ってもらったりして……、順調に更生出来ていると思います!」

「そう、良かった」何と無く微笑ましく思えて、にやけてしまった。

 コーヒーの残りを一気に煽って席を立つ。

「じゃ、今日も頑張ってきますかね」

 誰に言うでもなくそう言って私は休憩所を後にした。頭の痛い問題が待っているデスクに向かって歩き出す。これが私の日常の風景だ。

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