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背の高い書棚の間を小柄な少女が走りぬける。薄暗い棟内のせいもあり、またそれがあまりにも一瞬のことで、それを目撃した生徒はただの目の錯覚だったのではないかと自らに言い聞かせる。
それの繰り返し。
だが、頻繁に繰り返されることで状況は少しずつ変わってゆく。図書棟には幽霊がいるという噂はこうして次第に形作られていった。そんな状況の中、図書棟かららせん状に続く時計塔の、今は使われなくなった部屋に置かれた四冊の本。どれもが外国のもので、しかもすべてが別の言語で書かれていた。フランスのデカルト「方法序説」、アイルランドのブラム=ストーカー「ドラキュラ」、ドイツのゲーテ「ファウスト」、イタリアのマキャヴェッリ「君主論」。どれもが易しいものではない。
藤枝百合子がそれを発見したとき、さらに驚いたことに、その扇状に置かれた本に埋もれるように、人の形に埃が払われていた。まるでそこに誰かが寝転がりその本を読んでいたかのように思えた。
否、事実である。誰かがそこで本を読んでいた、あるいは、読んでいたかのように見せかけていた。彼女も図書棟に現れる幽霊の噂を知っていた。彼女がここの学生であったときから同じような噂は存在していたし、毎年のように噂が流れる。ありがちな怪談ではあるが、火のないところに煙は立たない。存在しているのは幽霊ではない。幽霊を装った何者かだ。それがこの学園にとって幸いなのか、災いなのか。少なくとも彼女はこれまでその幽霊による実害を知らない。
彼女はその部屋の様子をよく観察した。今残されている本は四冊であるが、もう一冊本が存在していたかもしれない。それが本なのか分からないが、扇状に広がる四冊の本の外側に、同じように四角く埃が空いているのである。そこにも何かが置かれていたことに間違いない。大きさから判断すると同じように本だと思われるが、それはフェイクかもしれない。この図書棟に納められている本の中から、ここの埃がわずかに残った一冊を見つけることができなければそれは証明できない。もちろん候補を絞ることもできるが、それでも対象が多すぎる。彼女一人では到底証明できそうにない。
彼女は二つの理由から、幽霊の実在の噂を広めることにした。
一つは、誰が、図書棟に忍び込んでいるのかを調べるために。
一つは、誰が、幽霊の噂を流しているのかを調べるために。




