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機人さんと自立支援医療リライト  作者: がらんどう
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クレイドル・2




     クレイドル・2

 


「はあー………誠に残念なことをお伝えしなければならないのですが………」

 そう言って、刈羽市役所障害福祉課で勤務する御堂未知花は言葉を濁した。相談窓口の向かいには、伊勢京太郎が座っていた。

「やっぱり、所得がひっかかりましたか………。」

「はいー………。お忙しい中、自立支援医療精神通院医療の継続のご相談に来られましたのに、申し訳ないのですが………」

「うーん………。所得と言っても、税金対策のために親が始めた不動産賃貸業を引き継いだだけで、家賃収入はほぼほぼ全部税金にとられちゃってて、実入りはないんだけども………。」


 伊勢京太郎は、つい先日、母親を亡くした。父親はもう三年前に他界している。伊勢京太郎の父親は生前、鬱病になって、これから先の人生、主に収入源が心配される息子のために、不動産賃貸業を始めた。

 伊勢京太郎の母親が祖母から相続した土地に木造ガレージハウスを建て、また、その土地を担保にお金を借り、新たな土地を購入し、また木造ガレージハウスを建て、またその土地を担保にし………というのを繰り返し、現在、八件のガレージハウスがある。

 メゾネットタイプのガレージハウスという特殊な物件であるために、物珍しさと先進さから客付きはよく、空室になることはめったになく、安定した収入があった。

 しかし、その収入の殆どは税金と、銀行からの借入金の返済のための貯蓄に充てられているため、伊勢京太郎が言うように、実入りはない。

 そもそもが、十年、二十年先を見据えて、将来的にインカムゲインが見込めるように、伊勢京太郎の父親が計画したものだった。しかし、彼の父親は早くに他界してしまった。そして、今、彼の母親も他界し、不動産賃貸業は伊勢京太郎が引き継ぐこととなった。

 それが、自立支援医療精神通院医療の継続において、収入面での欠格事由になってしまったのだった。

 自立支援医療精神通院医療は、市が、治療費の一部を負担する公的負担医療制度だ。

 伊勢京太郎の母親が存命で、伊勢京太郎が母親の扶養家族に入っていたとしても、所得の多さが理由で、その制度を利用できないということはなかった。

 しかし、彼が事業を引き継いだことで、事態は大きく変わってしまった。制度を利用するにも、一定以上の所得が本人にあるがために、その制度を利用できる資格を失ってしまったのだ。

 

「はあ………」伊勢京太郎はため息を付き、ぼさぼさした頭を掻いた。「実際、今の僕は一日数時間・週三日程度の短時間バイトしかできないわけで、家賃収入は税金と銀行からの借入金の返済に充てているわけですし、見かけ上の所得は多くても、実際使えるお金は、障害年金三級の月、五万六千円程度で、僕の雀の涙にしかならないバイトの収入と足しても月、九万円に行くか行かないかで………そのなかから国民年金やら国民健康保険やら払ったら全然手元に残らなくて………どうやって暮らしていけばいいんですかねえ………」

「そのことなんですがー」と、御堂未知花が口を開いた。「イセさんにちょっとしたご提案があるんですが、お話してもよろしいでしょうか?朗報ではあるので是非ともご検討していただきたいのですが―。」

 と、御堂未知花は、ちょっと待っててくださいねと言い、席を外した。しばらくすると、両手で分厚い書類ケースを携え、えっちらおっちらと、こちらに向かってきたが、書類ケースの分厚さと重さによって、体はフラつき、もう少しで相談窓口に着くというところでこけてしまった。書類ケースからは大量の紙束が滑り出し、フロアにザーッとこぼれ落ちた。

「ったー………やっちゃったー………。」

 御堂未知花は体を起こし、ずれた眼鏡を直し、ペタンと座り込んだ。

 アチャーと、伊勢京太郎は思い、フロアに散らばった書類を拾うのを手伝おうと思ったが、カウンターをまたぐわけにも行かず、見守るしかなかった。

 と、御堂未知花の背後に人影が見えた。御堂未知花よりすこし小柄な女性だった。白いワンピースが印象的だった。その女性は、びっくりするくらいの早さで、書類を拾い集め、御堂未知花があれほど重そうに持っていた書類ケースを片手でひょいと持ち上げた。

 御堂未知花とその女性は、少し会話をした後、伊勢京太郎の元へ二人でやってきた。

「はあー、お待たせしましたー。いやいや、大変お見苦しいところを………。」

「いえ、お気になさらずに。えっと、その書類の束とそちらの御方は………?」

「あっ、こちらはですね、シイナさんと言います。えっとですね、シイナさんは私共の市役所が防衛軍からの払い下げを受けた機人さんなんですけども。」

「機人ですか!?実際にお会いするのは初めてだな。」

 そう言って、伊勢京太郎はまじまじとシイナと呼ばれた機人を見た。見た目は全くと言っていいほど人間と変わらない。少し青みがかった腰まで届く黒髪に、ぴょんと左右に、やじろべえの腕のように下向きにカーブを描いて跳ねているアンテナのような髪が印象的だ。白いワンピースは………確か、伊勢京太郎の記憶によると、機人は基本的に白を基調とした服装をすることになっている。それ故の服装なのだろう。人間と変わらないという部分では、所作もそうだ。伊勢京太郎は、機人というからにはもっとメカメカしいのを想像していたのだが、少し面を喰らった。

「ええと、ですね」御堂未知花が言う。「シイナさんはですね、元はイセさんも御存知の通り、中東紛争などで兵器として使用されていた………って言い方は機人権のあり方が提唱されている今の世の中では失礼に当たるのですけど………」

 御堂未知花はチラとシイナを見る。シイナは、

「いいえ、お気になさらず。そのほうが話をしやすいですし。お話の続きをどうぞ。」

 とだけ言った。

「ええと、それじゃ続きなんですが、まあ、イセさんも御存知の通り、〈機人にも人権を!〉という運動が盛んでして、まあその一環として、防衛軍は機人さん達を戦線から退かせて、こういう払い下げと言う形で、地方自治体に押し付け………ゲフンゲフン………預けたわけなんですけれども、まあ正直私どもも色々処遇に困ってまして………。」

 眉をハの字にし、ボールペンを額にコツコツと当てながら御堂未知花はそう言い、続ける。

「今のシイナさんは、戦場の時のそれとは違って体を構成する殆どの器官を生体組成ベースにしています。これは、機人が一般社会に溶け込めるようにということが基本面にあるのですけど、まあとはいえ、なかなか人材の活用の方法というか、そういうのが思いつかなくてですね………。市役所の事務をさせればどんな人間より優秀で早く仕事を片付けてしまったりして、その、色々とやっかみとか正直ありまして、なかなか市役所で働いてもらうのも難しいというのが現状で………。」

「私は全く気にしていませんが。」

 けろりとした表情でシイナは言った。

「まあ、シイナさんはそう言うんですけど、まあ色々ありまして………市役所内をたらい回しにされた結果、最終的に行き着いたのがうちの障害福祉課でして。」

 と、御堂未知花が書類ケースの中から書類を数枚取り出した。そこには〈自立支援医療精神通院医療特別措置・機人貸与〉と書かれていた。

「〈機人貸与〉?なんですこれ?」

 伊勢京太郎は思わず聞いた。

「読んで字のごとくですねー。従来の自立支援医療精神通院医療の枠から外れた方に対して   特にイセさんみたいな表面上の所得は多いけれども、実際の生活が逼迫しているという方を対象にした   公的負担医療制度を作れないかと思いまして、私が立案、作成したものなんですがー。」

「えっと、具体的に言うと、どういうことなんです?」

「ええとですね、この制度をイセさんが利用することになりますとですね、イセさんは機人のシイナさんの身元保証人になります。そして、それを元にしてですね、シイナさんは一般社会で働くことができるという形にしてあります。色々法律がややこしくて説明は省くんですが、現在は市役所が機人のシイナさんの身元保証組織という形になっているので、市役所以外の業務はできない形なんですよ。それを、どうにか、市役所以外でも働けるようにできたらなあって、私、思いまして。だって、シイナさん。とっても優秀で優しくていい人なのに、ここじゃ疎まれてるなんて可哀想じゃないですかー。」

「うーん。つまるところ、僕みたいな境遇の人に、シイナさんの身元保証人になってほしいがために作った制度だと?」

「まあ、そうですねー。というか、イセさんを想定して作ったわけなんですが―。」

 御堂未知花は、あっけらかんと、そう言った。伊勢京太郎は頭を掻き、ううむと唸った。そして、尋ねる。

「機人のシイナさんの身元保証人になるのはわかったんですけど、それって、僕にとってメリットが有るわけなんですか?自立支援医療ってカテゴリである以上、なんらかの公的扶助があると考えてよろしいんですかね?」

「はいー。こちらの書類に書いてあるとおりですね、シイナさんはイセさんの身の回りの世話をする契約を結びます。そしてですね、シイナさんは自分が働いて得た収入の一部を身元保証金として、毎月一定額をイセさんに渡すことが契約となっています。」

「んー………?つまり、メイドさんをあてがってもらって、なおかつ、その家政婦さんのメイドとしての仕事以外の仕事から得た収入を僕が拝領するということ………ですか?」

「まあ、ざっくり言えばそうですねー。」

「いやいや、それ、なんかすごくエグい気がするんですが………。機人権とか色々ややこしいことになるんじゃないですかねこれ………なにげに機人をモノ扱いしてますし、機人権を提唱する団体からクレームが来そうな気が………。」

「まあ、ロジック的にはそうなんですけど、一応、メイドとしての賃金はこちらからシイナさんに機人の自立支援のための公的扶助として提供しますし、シイナさんは社会にでて働いて一般社会に溶け込んで自立するためのとっかかりができますし、その身元保証人であるイセさんも、経済的自立がなんとかできるわけで、ウィンウィンというわけですよ。機人権云々で出てくる問題もあるでしょうけど、それよりまず行動ですよー!機人が社会に溶け込む土壌というかテストケースを示せば、何かが変わると思うんですよー!」

 そう語る御堂未知花はかなり興奮した様子だった。彼女なりに、機人の人権・〈機人権〉を主張し、シイナに幸せになってほしいという気持ちから来ているものだった。

「当然のことながら、まだ試験的で、特別地方自治体であるウチの市、ウチの障害福祉課でしか検討してない制度なんですけど、どうですか?シイナさんの自立を支援するためにも、イセさんの収入を増やして、なんとか公的扶助を受けつつ病気と闘いながら自立を目指すためにも!ここはひとつ!大英断をお願いしたいんですけどー!これがよいテストケースになれば、機人さん達の機人権の獲得運動も加速すると思うし、いいと思うんですよ―!」

「う、うーん………。」

 ぐいぐいと推してくる御堂未知花の勢いに押され、伊勢京太郎は、その提案を受けることにした。

 まあ、機人の椎名がとても可愛らしく好みであったというのも理由のひとつではあったのだが、それは言わないことにした。でも、御堂未知花にとっては、それも織り込み済みで、自分がこの試験的な制度を受けることを了承するだろうと踏んだのだろうなあとも思った。

 兎に角、それが、機人の椎名と人間の伊勢京太郎が運命的な出会いを果たした瞬間であった。

 



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