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 いつまでたっても姿絵を飽きることなく眺めるハイネルフに――自身も普段そうである事実を棚にあげて――キエラは呆れながら彼の服の裾をツンと引っ張った。


「リディアル姉様が美しいことも、その姿絵が素晴らしいことも確かではあるけれど、それに見とれる前にすることがあるのでは? ハイネルフ」

「……おっと、これは失礼。愛しの婚約者に挨拶がまだだったな。キエラ嬢、会えて何よりだよ。元気だったかい」

「まあ。どうせ嘘を言うのならそれらしい顔をして言ったらどうなのですか。言われたところで気味が悪いだけですけれど」


 キエラが愛しいなどという熱の欠片も思わせない晴れやかな笑みを浮かべて今さらな挨拶をよこした従兄弟でありそして婚約相手でもあるハイネルフに、キエラは冷ややかに返した。

 それを受けて手厳しいと苦笑をもらして再び姿絵に向き直ってしまったハイネルフに、キエラは気付かれない程度の小さなため息を落とした。


 ハイネルフはキエラの婚約者であるが、それは親が決めたことであり互いが好いてなったものではない。

 貴族の娘であるからには親の決めた相手と婚約をするのも結婚をするのも異論はないのだが、どうしてよりにもよって相手がハイネルフなのだろうとキエラが頭を抱えたのはそう古くない話だ。

 かつて、リディアルを妄信的に愛していた男。そして、今もリディアルを愛しているだろう男。

 キエラにとって、どことなく居心地が悪く実に気まずい相手であるのだ、ハイネルフという男は。

 しかし昔馴染みでその人となりもよく知っているので、気まずさを覚えると同時に側にいることに安心感も抱く不思議な相手でもあった。


 キエラはハイネルフのことを嫌ってはいない。どうしようもないリディアル狂ではあるが、それを抜かせばハイネルフという人間は人当たりが良く聡明で優しい好青年なのだ。

 ハイネルフのことを好きかどうかと問われれば、逡巡したのち控えめながらも頷くことだろう。

 昔からなにかとキエラに構ったり可愛がったりするハイネルフもまた少なくともキエラのことを大切に思ってくれていると思われる。

 リディアルにたいするそれとは相違のあるものなのだろうが。

 その違いを感じたときに、キエラは時おり少しだけチクリと返してやりたくなるのだ。可愛いげがないな、と理解しつつもどうしてもハイネルフ相手には素っ気なくなってしまう。

 これがどこからくる感情なのだろうか。その答えをキエラはまだ見つけられていない。


「ハイネ、いつまでそうして見ているつもりなのです。わたくしだってまだまだ見足りないのですから出来れば早めにお帰りになってくださいな。邪魔です」

「酷いな。同じリディアル狂の君だったら、これだけで俺が満足することがないことは分かっているだろう? 持ち帰って良いのなら喜んで退散させてもらうけど」

「良いはずがありませんわ。そもそも勝手に乱入してきた方が何を言っているのですか。わたくしが見飽きた後ならば貸すことを考えないでもありませんが!」

「なるほど、つまり一生俺に貸すことはないと。ならばやっぱりここでしっかり目に焼き付けておかねばな」

「邪魔だと言っているでしょう。そんなにわたくしの姿絵鑑賞の妨害をしたいのですか」

「姿絵の鑑賞なら、別に二人でしたっていいだろう」

「それは……集中できませんし」

「俺はキエラがいても構わないけどな。ほら、キエラ、選べ。俺に姿絵を持ち帰られて泣くか、姿絵を目に焼き付けて満足した俺が帰るのを見送ったあと一人で心行くまでリディアルを眺めるか」


 まず姿絵を持ち帰らせませんわ! という怒りを飲み込んでキエラは眉間にしわを寄せた。

 姿絵をハイネルフの勝手で持ち帰らせてやるなんて絶対させてやらない。そもそもこの姿絵はキエラのものだ。したがって公爵家のものだ。

 それは簡単に持ち帰れるようなものではない。ハイネルフもそれを分かって言っているだろう。

 それでもなんだかんだ言ってハイネルフが食い下がってくる様子が容易に目に浮かぶ。

 つまり、これはこの生産性のない問答をずっと続けるか、それとも大人しく二人で姿絵を見るかの二択を迫られているのだ。

 キエラは眉間のしわを更に濃くした。

 こんなことに時間を無駄にするなんて、たまったもんじゃない。それならばよっぽどリディアルの姿絵を眺めていたい。

 キエラの答えは決まっていた。


「……仕方ありません。夕方には叩き出しますからね」

「分かった。せめて夕食を食べてからな」

「その催促は自分でしてくださいませ」


 その答えを最初から分かっていたように満足げに頷いたハイネルフは、控えていた侍女に言付けた。

 キエラはああ言ってみたが、おそらくハイネルフが来た時点で彼の分の夕食もすでに準備されていることだろう。

 ハイネルフは訪れる度、長時間居座ることが多かった。それこそ食事の時間が迫っても帰ろうとはしないのだ。

 そして娘だけでなく甥や姪も可愛がっている両親はそんなハイネルフを常に歓迎していた。

 いつしか、ハイネルフが来たときには夕食を一緒に囲むことが当たり前になっていたのである。

 実は中々楽しくて有意義でもあるそれをキエラは密かな楽しみにしていた。ハイネルフにも両親にも口がさけても言うつもりはないが。



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