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 前世リディアルも流石に幼子の頃から悪女だったわけではない。

 物心ついた頃は幼子の特有のワガママを発揮しつつも、ちゃんと人並みの優しさも思いやりも持ち合わせていた。

 それらが消え失せてワガママだけが助長されてしまったのは、他でもない両親をはじめ取り巻く者たちが揃いも揃って甘やかし、許し、なんでも受け入れたためだ。

 もしかしたらあれがなければ前世リディアルのワガママも可愛らしい程度のにおさまり、あんな結末を迎えることがなかったかもしれない。


 そう考えたキエラは、リディアルに真っ当な道を進んでもらうためまず始めに両親を諌めた。

 リディアルが可愛いのは非常に分かるが甘やかすことだけが親の愛情じゃないだろう、まだ子供らしい可愛いワガママばかりだが年を経るごとに冗談では済まされないワガママを言い出したらどうするつもりだ、とよわい一桁代の末娘に真顔で小一時間懇々と説教され半べそになった両親は相変わらず甘めではあるものの今までのように際限無くリディアルを甘やかすことは止め、ほんのりと諭すことを覚えた。


 リディアルを取り巻く者たちにも、あまりちやほやし過ぎるなとやんわり苦言を呈したり、時にリディアルを導く良き存在であってくれと子供らしくお願いという形の懇願もした。

 リディアルが素敵なレディになれるかどうかがあなたたちにもかかっているのだと座った目で語る齢一桁代の公爵令嬢に、大勢の取り巻きたちは随分と困惑していたが、それぞれ思うところがあったのだろう。総じて色好い返事を貰えた。


 そしてキエラはリディアル自身にも、色々と言い含めた。

 過度のワガママは禁物だと。あまりにもそれが酷いと側にいてくれる人が誰もいなくなってしまうと。一人ぼっちになる未来がくるかもしれないと。

 そのほか諸々をことあるごとに口を出しては、最終的にはリディアルに「もう分かったから」と呆れられ笑われるほどだった。

 しかしその甲斐あってかリディアルが年頃の娘に成長する頃にはワガママなどすっかり失せ消えて、優しく穏やかで美しいと貴族たちにも評判の公爵令嬢に育っていった。

 そうしてキエラの姉リディアルは、前世のリディアルと似てまったく異なる存在となったのだ。




そんな彼女も、年頃になると前世のリディアル同様にアイザックの婚約者に選ばれた。

 ただ前世とは違うことがある。

 今世でのリディアルとアイザックは、はたから見ても分かるほど仲睦まじい間柄で、良好な関係を作っていた。

 むしろ、二人揃えば砂でも吐きたくなるほど甘々なオーラを周囲に振り撒くほど相思相愛になっていた。

 揃って甘やかに微笑みあう二人。それ見かける度に、キエラは暖かく穏やかな気持ちになるとともにほっと安堵していた。――もちろん、頬をほんのりと染めて笑うリディアルをうっとりと見つめながらだ。


 そもそもアイザックは前世リディアルの、ワガママで自分が一番の性格を嫌っていたのだ。それが無くなった今、リディアルを厭う理由などない。

 それに結局は無理だったとはいえ、前世のリディアルにすら歩み寄ろうとしたアイザックだ。

 優しく穏やかで美しいリディアルとの仲が深まっていくのはそう難しいことではなかった。

 むしろ人目も憚らずいちゃいちゃするほど仲が良いので、今度はそちらの方が問題になるほどだった。


 それは例の異世界の少女が来たときにも変わらないことだった。

 アイザックの心がリディアルから離れることはなく、むしろ少女の前でも躊躇なくいちゃいちゃとしてみせた。少女がいようがいまいが普段からいちゃいちゃとしてみせていたが。

 少女とはアイザックともどもリディアル、そしてキエラも話をする仲となった。その会話の内容の八割がたがバカップルののろけ話になったあたりで、少女は二人に生ぬるい視線を送るようになり、時おり

「リア充爆発しろ……」

 と、呟くようになっていた。

その正しい意味は分からないがなんとなく察したキエラも、リディアル姉様は絶っっっ対に駄目だけれど、確かに王子は爆発してほしいかもしれない……と、少女と良く似た視線を覚えた。

 そんなこともあり、少女はリディアルやキエラともとても仲良くなったのだった。

 どれほどかというと、浮かない表情を浮かべた少女から恋愛相談を受けるほどに、だ。

 どうやら、今世の少女は騎士の一人に惚れたようだった。

 アイザックじゃないんだ……、と驚きつつも「まあ、毎回あれを見ていればね」とリディアルを溺愛するアイザックの姿を思い浮かべて深く納得したキエラは、リディアルとともに親身になって少女の相談に乗った。

そして紆余曲折がありながらも少女と騎士が結ばれた時、キエラは自分のことのように喜びながら少女と騎士へ祝福を送ったのだった。




 そんなこんなで時が流れて、とうとうリディアルとアイザックが夫婦となる日がきた。

 純白のドレスを纏い幸せそうに微笑みを浮かべるリディアルの姿に、やっぱり美しい……とキエラはうっとりと見とれていた。

 時おりそっと目配せして笑いあう、花嫁と花婿の幸せそうな様子。

 どこまでも続く青い空に緑の木々、二人を祝う色とりどりの花。

 頬を撫ぜ密かに髪を遊ばせる風さえも穏やかで、まるで世界が幸福に輝いているようだった。

 ほうっと熱いため息をつきながら「リディアル姉様の今日のこの日の素晴らしい姿絵を手に入れて毎晩枕元において眠りにつこう」と頭の片隅で固く誓うキエラはどこまでも普段通りのキエラだったが、幸せでたまらない、というこの雰囲気のなかで、どうしようもないほどの溢れ出る幸福を感じていた。


 なんでも手に入れてきたかつての自分リディアルが、手にいれることが出来なかったもの。それが今、全てここにある。

 愛する人の側にいること。愛する人を愛し、愛されること。そして、幸せに微笑むこと。

 それを今世では姉であるリディアルが手にしたことで、キエラは満ち足りるほどに満足していたのだ。


 リディアルのことが大好きだ。だから姉様リディアルに幸せになってもらいたい気持ちはもちろんキエラの中に十二分にあった。

 ……けれど、キエラにはそれ以上に目的が、確かめたいことがあったのだ。

 ──今更すぎる後悔を、その罪を、重ねることなく生きていたのならばわたくしは幸せを得られていたのだろうか、と。

 死期を覚り、その命が消えるまで何度も何度も繰り返したその自問の答えを、キエラは知りたかった。

 前世では存在しなかった、妹のキエラ。そのキエラとして今存在するのは、その答え知るために神様がくれたチャンスなのかもしれない。

 たとえ前世の自分リディアルと、今世の姉様リディアルがまったく同一でなくとも。

 よく似ただけの違う世界の別人であろうとも。

 「リディアル」が幸せになれるかどうか確かめろ、と。


 そうして分かったのは、やはり「リディアル」は幸せになれるのだということだった。


 どうして、あのときのわたくしは幸せになれなかったのだろう、と今さら愚かなリディアルが考えたところで、過去は変わらない。考えたところで、嘆いたところで詮無いことだ。

 かつての、あの世界での自分は愚かしかった。そしてリディアルのまわりもまた、愚かだったのだろう。ただ、それだけ。

 愚かな娘と同じ道を辿る可能性もあったであろうリディアルは、しかし、まわりが変わりそしてリディアル自身も変わった今、確かな幸せを掴んでいた。


 そして、リディアルが、まわりが変わったように、愚かなリディアルもまたキエラとして変わっているのだ。

 愚かなリディアルは──キエラは、ようやくその事が実感できたような気がして前世との決別をすることができた。


 自分はキエラだ。もう愚かなリディアルではない。

 その過去を戒めにすることはあっても、縛られる必要はない。

 美しいリディアル姉様が大好きな、ただの少女だ。

 前世の記憶に、愚かな過去に囚われていたキエラにとって素直にそう思えることは何よりも嬉しかった。

 そうしてキエラは、ただの少女の自分キエラをようやく好きになることができたのだ。




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