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 キエラの前世、リディアル・マークシードは絶世の美女であった。


 白く滑らかな肌。柔らかく美しいプラチナブロンドの髪。澄んだ青い瞳に、男ならば思わず手を伸ばしてしまいそうになるほど魅力的な体つき。

 蠱惑的な眼差しに魅了されるものは少なくなく、親はもちろん周囲の人間すらリディアルにとても甘かった。

 ひとたびその艶やかな唇が何かをねだれば、叶わないものなど何一つない。

 リディアルに向けられる否定は存在しなかった。

 

 結果、前世のリディアルはとても利己的でワガママで自分が一番可愛く自分が一番大好きなナルシストな人間に育ってしまった。

 欲しいものは全て手に入れ、気に入らないものは消し、自分が一番でないと気に食わない。

 世界はリディアルのためにまわっていたのだ。


 リディアルは花だった。

 美しく咲き誇る唯一の花。

そのための栄養として枯れ果てた野花のなんと多いことか。

 しかしリディアルは足元にあるそれらを顧みることなどなかった。雑草も、朽ち栄養となったものも、なんであろうとリディアルは気付かない。

 リディアルの目には美しく咲き誇る花《己》しか映っていなかった。


 ほかのものには目もくれず自分だけを愛して生きていた。リディアル自身の美しさと公爵家の令嬢という立場も手伝って、誰に咎められることもなく縛られることもなく、気の向くまま自由気ままに。

たとえ、誰かを踏みにじっていようとも。




 そんなリディアルにも婚約者がいた。この国、ルデイナルド国の第二王子である、アイザックという男だ。

 見目麗しく頭が切れ剣術にも長けている申し分ない男だった。

 なぜ王太子ではなく第二王子が相手なのだろうと多少不満に思いながらも、リディアルはアイザックとの婚約を満更でもなく思っていた。

  端的に言ってしまえばアイザックの見た目が大変好みだったのだ。

さらに言うのであれば「わたくしったら二番目で手を打つだなんて、なんて殊勝なのかしら」とすら思って満足していた。王族相手に失礼どころの話ではない。


 婚約が決まったその時から、リディアルによるアイザックへの干渉が始まった。

 リディアルにとって、婚約が決まったその時からアイザックは「リディアルのもの」なのだから、そうするのが当然だった。

 前触れも無くアイザックに押しかけ、時には仕事の邪魔をし、時には休息する時間を奪い、あれやこれが欲しいと高価なものばかりをねだったりと、リディアルは思い付くままに行動していった。

 そんなリディアルをアイザックはあまり良く思っていなかったのだが、自分大好き自分中心なリディアルがアイザックの気持ちになど気付くはずもない。

 次第にアイザックはリディアルに干渉されればされるほど、リディアルを避けて疎んで嫌っていった。

そしてそれらは隠されることなく時がたつにつれ言葉と行動に現れていった。


 素っ気ない態度。険のある言葉。疎むような視線。


 誰が見ても一目で分かるほどの言動は、しかしリディアルには伝わっていなかった。

 リディアルはそれらの言動を全て「まあ、照れているのね!」と脳内変換していたのだ。実に都合のいい頭のせいで、リディアルの干渉はまったく無くなることがなかった。


 アイザックの本意ではないが、リディアルは妻となるかもしれない相手だ。

 他人を顧みないリディアルの言動やワガママ、自分への干渉に対して苦言し諭したことが幾度とあった。けれど、それが真摯に受けとめられたことなど一度としてなかった。

 アイザックとしては少しでも互いに歩み寄ろうとしたのだが、当のリディアルは無邪気にはね除けた。リディアルはどこまでもリディアルだった。


 そんなリディアルからアイザックの心が完全に離れ、別のところへと移ろってしまったのはある意味当然と言えるかもしれない。


 ある時期を境にアイザックの心は一人の少女に寄せられるようになった。

 それはもちろんリディアルではない。

 少女は異世界からこの世界へと迷い込んだという、リディアルに比べると随分と地味で素朴な雰囲気の少女だった。

 ルデイナルドには異世界からの迷い人が過去に何人かいた。その全てを国が保護し記録していたので、その少女も王城にて保護、記録されることになった。

 そうして城に住むうちにアイザックとも親しくなったのだろう。

 穏やかに微笑むアイザック。その傍らには異世界の少女がいる。

 そうした姿を見る度にリディアルは激しい怒りと嫉妬を覚えるようになったのだ。

リディアルは、「リディアルのもの」であるはずのアイザックが、リディアル以外の者に心を寄せるのがどうしようもなく許せなかった。


 わたくしには、そんな眼差しをしてくれないのに。

 わたくしには、そんな柔らかな声音を聞かせてくれないのに。

 わたくしには、そんなあたたかな触れ方をしてくれないのに。

 わたくしには、

 わたくしには、

 わたくしには──


 リディアルは利己的だった。ワガママだった。何より自分が可愛い愚かな娘だった。

 怒りと嫉妬は憎悪に変わり、少女の身に降りかかるようになるまでそうと時間はかからなかった。

 リディアルは少女が消えることを願った。少女さえ消えれば、アイザックは再びリディアルを見てくれると考えて。

 リディアルのまわりにいる人間たちはその願いを聞き入れた。そのために、様々な人を巻き込み、利用し、傷付けて。

 そうしてリディアルの罪が出来上がり、積み重なっていった。

 もう、後戻りなどできないほどに。

 膨大に膨れあがった罪を綺麗に隠しきることは不可能だった。

 次第に綻びが生まれ、アイザックや騎士たちの手によってその罪はついに暴かれ、断罪され、最後にリディアルは全てを失った。


 リディアルの止まらない罪はもはや悪だった。

 少女だけでなく、アイザックすら、ルデイナルド国ですら害する明確な悪になっていた。

 リディアルの両親や手をかしていた貴族は、爵位を取り上げられ幽閉された。

 リディアルはアイザックから婚約破棄を告げられのち、一人っきりで国から追放された。

 ワガママ放題だった貴族の娘が地位も財産も無くしたった一人で生きていくことなど、到底無理な話だった。

 

 恨み言、悪態の一つも出なくなり、体にも心にもたくさんの傷を作った頃に、リディアルはようやく思い至る。

 これは全て報いなのだと。

 悪となってしまった、自分の。


 結果、若くしてその命を手放すことになってしまったリディアルは最後に後悔と罪をその胸に抱き、一人静かに事切れたのだった。

 



 キエラの前世、リディアル・マークシードは絶世の美女であった。

 そして、利己的で、ワガママで、ナルシストで、自分が一番でなければ許せない愚かな娘だった。


 そんな記憶を全て受け継ぎ、前世では存在していなかったはずのリディアルの妹として再び生まれ、育ち、キエラは決意した。

 リディアルに……かつての自分と同じく絶世の美女であり、けれど自分と違い優しく、美しく、穏やかで、聡明で、可憐なリディアル姉様に、同じような道を辿らせてはいけないと。

 この世界のリディアルには幸せになってもらわねばと。

 キエラは固く、決意したのだ。




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