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 白と薄桃色ひらひらとしたレース、清潔感のある白に、心地よいシルクの布。夢見勝ちな女の子の憧れがいっぱいに詰まった、いかにもな天蓋が付いたそんなベッドの上にその少女は寝そべっていた。 

 頬杖をつき手で包んだ両頬を赤く色付かせて、少女はそれ(・・)をじっくりと目に焼き付けている。

 うっとりとした眼差しの先にあるのは一枚の姿絵。そしてその他にも数枚の姿絵が少女の前には広がっていた。

時折ほうっとため息をついて頬を染めているその様は、一見すると姿絵に描かれた人物へと熱く吐息をもらす恋する乙女のようである。

 だが、そう見えるだけで、実際のところ恋する乙女とは全くもってかけ離れていた。


「リディアル姉様、なんて麗しいのかしら……」


 ほう、と少女の口から本日何度目かになる恍惚の息がもれた。

 眼前に広がる数枚の姿絵。巷で女性たちに噂されているような見目麗しい殿方のものであったなら、少女がうっとりと眺めるのも納得できる話、なのだが。

 その全てが美しい妙齢の女性……しかも少女の姉、リディアルの姿絵だと言うのだから、一気にその様子を異質なものとして見せていた。

 成長に合わせて描かれていったのか、リディアルの姿絵は可憐な少女時代のものから現在の華やかで美しい姿まで多種多様のものがある。

 それを一枚一枚じっくりと時間をかけて眺めては、少女は至福と言わんばかりに熱い吐息をもらしていた。

 大量に広げられた実の姉の姿絵をうっとりと見つめる妹の図、というのは中々シュールなものである。


 熱を持った瞳で姿絵を眺め姉リディアルを褒め讃えるこの行為は毎日繰り返されている少女の日課で、一日たりとて欠かされたことがない。

 もちろん姿絵だけで終わらず、本物のリディアルにも日々賛美の言葉を告げては見惚れ、恋する乙女のように頬を染めていた。

 あまりにも度がすぎるとリディアルとついでにまわりにも引かれる可能性があるので、そういった数々は良識の範囲内、節度を持った程度の内におさめてはいる――と少女自身は思っている――が。


 それほどまでに、少女は姉リディアルが好きだ。

 いや大好きだ。

 白く滑らかな肌も、柔らかく美しいプラチナブロンドの髪も、澄んだ青い瞳も、その姿の何もかもが好ましい。

 少女はどうしようもなく姉のリディアルが好きなのだ。


 それはそれは根深く、前世の頃から。


「さすが元、わたくしだわ……リディアル姉さまは美しい」


 少女は前世の記憶を持っていた。

 前世では、リディアルとして生きた記憶を。

 リディアルとして己をどこまでも愛した記憶を。

 そうしてその果てに全て失った記憶を。


 リディアルであった少女は命を落とし、なんの因果かその記憶を抱えて、再び生を受けたのだ。

 前世ではいなかった存在。かつては己だったリディアルのその妹――キエラ・マクシードとして。


 キエラの前世、リディアルは自分大好きなナルシストだった。

 それをまるっと受け継いで生まれたキエラもまた自分大好きなナルシストに育った。

 いや、それは正しくないかもしれない。

 キエラは、キエラとなった今も「リディアル」が大好きなナルシストなのだ。









 前世の記憶を持つ人間。

 それらはみな、記憶持ちと呼ばれた。

 ここ、ルデイナルド国およびその周辺国は昔から何故か記憶持ちの人間が比較的多く生まれてくる土地柄だった。

 小さな村なら一人か二人。大きな町ともなればそれなりの数の記憶持ちが住んでいる。

 そういったわけで、記憶持ちたちは珍しがられはすれどそう特別視されたり厭われることはなかった。


 だからキエラが五歳になりはっきりと前世の記憶を思い出した頃も、特に何といった問題も起きなかった。

 年の割に落ち着きがあり聡明なキエラを誉めながらも少しだけ訝しく感じているようだった両親に、「お父様、お母様、わたくし記憶持ちみたいなの」と伝えた時も「ほう、そうなのか」「あらあら」といった返事であっさりと記憶持ちであることを受け入れられ、周囲には得心がいったと頷かれたものだ。

 記憶持ちは厭われることも特になく、また有り難がれることも特にない「へぇ、そうなんだ」「珍しいね」で終わる存在なのである。余談だが、記憶持ちは幼いときに大人びているので、年齢の割に大人しく賢い子供は記憶持ちではないかとよく言われる。キエラもそのうちの一人だった。


「前世の記憶を持っているだなんて素敵だわ。キエラ、もしよかったら前世のこと、お話ししてね」


 キエラが記憶持ちであることを知り無邪気にそう喜んだのは姉のリディアルだった。

 大好きな姉に誉められ一瞬でキエラは浮かれた。が、上気しそうな頬を気合いで押さえ込んだのち、それはそれは残念そうに眉を下げてリディアルにこうこたえた。


「リディアル姉様、ごめんなさい。記憶持ちだという自覚はあるけれど、他の記憶持ちの方々と同じで、あまり、鮮明には分からないの」


 嘘だった。大嘘だった。

 キエラは覚えている。全て覚えている。リディアルであった時の、生まれてから死ぬまでの記憶全てを。

 けれどキエラは嘘をついた。


 そもそも、記憶持ちの大半は、前世の記憶があるといっても一部分や断片的なものしか持っていない者が多い。

 しかも今生に活かせるものの方が少なく、大概が話の種になる程度だ。

 珍しい、けれどたいして役にもたたないし脅威にもならない。それが記憶持ちたちやそうでない人々の前世にたいする印象だ。

 だからこそ、記憶持ちたちはそうでない人々と忌諱のない関係を作れるのだろう。

 しかし稀に記憶全てを覚え生まれてくる者もいる。

 キエラは、その稀だった。


「そうなの。それは残念ね」とリディアルは少し肩を落として微笑んだ。

 リディアル姉様をがっかりさせてしまった……。と、キエラは分からないなどと誤魔化して姉の輝く笑顔を陰らせてしまったことを心苦しく思いながらも真実を話そうとは思わなかった。

 本来キエラは敬愛するリディアルを喜ばせるのが何よりも好きなのである。本当は彼女が笑顔になるのならば記憶の隅の隅まで、恥ずかしい話でもなんでも明かしたっていいのだ。

 けれど。

 優しく美しく穏やかで聡明で可憐なリディアルに前世のことは言えない。言えるわけがないのだ。


 キエラの前世はリディアルで、婚約者である第二王子の怒りを買ってしまって国外追放されたあげく若くしてその生を閉じた、などと。


 言えるわけが、ない。



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