第8話
あれから聖也の「いってきます」「ただいま」メールも「おやすみ」コールも放ったらかしだった。私ははアルバイトのことで頭がいっぱいだ。8日が過ぎたが、聖也からの電話は毎日1度必ず鳴っている。
結局、私は携帯電話で見たパチンコ屋の仕事の面接を受けてみることにした。今日はその面接だ。
「志望動機はなんですか?」
「父親がパチンコが大好きで興味を持って・・・時給も高いし・・・」
即採用になる。週に2日の18時~深夜の0時までで決まった。自転車に乗る私の頭の中は、急に聖也のことでいっぱいになった。これで良かったのか。そういえば、最近、高校時代の友達とは連絡もしていない。簡単な流れを話すべきだろうか。
あの夜のことだ。聖也は一人でイってしまったのだ。二人でベッドに横たわり、聖也が上になり、体に触れながらキスを繰り返しているうちに、
「あ、ごめん、早すぎるよね・・・」
聖也は焦っていた。
「何が?」
気づかないふりをして目をつぶっていたが、私のお腹には白い液体が一滴垂れていた。
聖也はトランクス一枚の姿だった。暗闇の中、聖也がベッドを離れて目を離しているうちに、私はそれを自分の指で拭い取った。聖也は気づいていないと思ったのだろう。その後しばらくは、
「まだ、ちょっと甘いんだよね」
少し経つと聖也はトランクスを遠くに投げ捨て、自分のソレを指で刺激し始める。
私のせいで不能だということにして、私に原因を押し付けたのだ。
まあそんな事どうでもいい。ただ、どっからどこまでも合わない男だ。そして、あの写真も、あの携帯電話を見ていた件も、何ひとつとっても私が好きになる要素はどこにもない。どうして好きになってしまったんだろう?と考える。あの優しい声と、優しい言葉だ。誰にでも掛けている優しい言葉だ。ヤスの件はわからない。それでも、ひとつ聖也に罰を与えたい。電話にもメールにも連絡も返信もしない。それだけで、罰を与えきれるかどうかはわからない。ただそれだけで十分だ。聖也の気持ちなど気にしない。「忘れる」その約束さえ守れればそれでいい。
家に着くとすぐに、シャワーを浴びた。どこもかしこも一生懸命洗った。聖也の痕跡を消し去りたかった。新しいボディーソープを開ける。髪の毛も体も全身がフローラルの香りで満たされ、ホッとする。今日はどこにも出掛けずに部屋でのんびりと過ごそう。時計の針は午前8時半を回ったところだ。聡から着信が鳴り響く。そういえば折り返しの連絡を忘れていた。
「もしもし」
「ちょっとさー優香勘弁してよー」
「なに?」
「彼氏とかいう人から連絡あってさ、多分聖ちゃんでしょ?俺は優香の彼氏だけど、お前は誰だよ?何の用だ?って。もう二度と連絡してくるな!って言われたんだけどさ、今日なら大丈夫だと思って。やめてくれよ、そういうの」
「私のせいじゃないよ。もう、終わったから。」
「え?はやっ。まだ四日前だよ。聞いたの?例の件。彼女いるのかってこと」
「ううん、その前に私が好きじゃないことに気づいたからさ、もういいの、ごめんね」
「まーそれならいいけどさ、元気出せよ」
「ありがとう。電話なんだったの?」
「いや、暇だから連絡してみただけ。様子どうかと思ってさ」
「それもやめてよ(笑)いるのわかってる癖に?すごい厄介!」
「だな、反省してるわ(笑)ごめん」
・・・
「バイバイ」
「じゃあまたな」
続いて樹里からメールがきた。
『来週の土曜暇?みんなで学校行こう』
『土曜ならオッケー』
相変わらず、聖也からの電話は1日1回鳴り続けているが、一度も出ていない。今日は樹里たちと高校に遊びに行く約束の日だ。久しぶりに会う友達は相変わらずの笑顔だった。みんなの事を見た瞬間、あのことは自分から話す必要はない、そう思った。学校に行き、先生たちにも会い、みんなの近況報告会が始まった。私はそんな生徒では無かったが、終始笑顔だけで自分の事はあまり話さずに終わった。大学生活はもちろん楽しい。サークルもパチンコ屋でのアルバイトももちろんうまくいっている。先生たちに
「また来るねー」
そう告げると、みんなでお好み焼き屋へ行こう!という事になった。
「そういえば優香さー、聖也とつきあってるんだよね?」
樹里に聞かれてしまった。
「もう終わってるけどね」
それだけ言うと、
「カナとも付き合ってたの知ってた?」
思考が止まって頭の中が真っ白になる。
「知らないよ」
「3月から付き合ってたんだけどさ、聖也はヤスから優香と一緒にいるように頼まれたらしくてさ、聖也たち何考えてるんだかわからないけど、カナがかわいそうでしょうがないんだよね・・・」
どうやらやっぱりそういう事らしい。まさか相手がカナだったなんて・・・
聖也はカナと付き合っているにも関わらず、カナには「ちょっと待ってて」と告げて私と付き合う事になったようだ。カナは何も知らずに待っていたがいつまで経っても聖也からの連絡はこない。見兼ねた樹里が聖也に連絡をすると、ヤスから頼まれて私といるという事がわかり、それでも私と連絡がつかずに困っていたと言う。カナも聖也もお互いに一緒にいたいが、私のことが心配で今は2人は離れたままでいるという事だ。
「私は大丈夫だから、全然いてくれてかまわないよ」
私の言える精一杯の言葉だった。それでも、カナと聖也が付き合っている事をどうして私にだけ教えてくれなかったのだろう?それが一番に引っ掛かる。カナの事は樹里が紹介をしたのだという。つまり私は全ての友達に裏切られていたのだ。
「カナは、相手が優香だと思うと泣くに泣けないって言ってるし」
「カナがかわいそう」
かわいそうなのはどっちだ?
裏切られたのは私の方である。樹里たちとももう終わりだな。
カナは私とも聖也とも隣のクラスで、目鼻立ちが綺麗で色が白く物静かな女の子だった。仲良くなったきっかけは、樹里とカナが同じ教習所に通っていたのだ。それからカナとも話をするようになり、私たちとも仲良くなっていった。それでも、卒業してから今まで私はカナの笑顔を見たことがない。唯一の卒業写真ではにかんだ笑顔を始めてみたところだ。しかし、とても綺麗な女の子だった。
気持ちが何を考えるべきなのかがわからない。早く忘れるべきなんだろう。それでもなんで聖也は私に、
「最低でも3ヶ月は続けようね、それくらいいないとお互いの事がわからないから」
と言ったんんだろう。
「たとえみんなに非難をされても
俺だけはいつも優ちゃんの味方だから。
それだけは絶対に忘れないでいて」
そんな言葉を言い残したのだろうか。そして、友達みんなにも裏切られてしまった。結局私の味方は誰もいなかった。罰を与えるどころか、逆に私が罰を与えられている。どうして?ねーどうして?聖也が私を好きではなかった事よりも何よりも、私はみんなに裏切られてしまった事の方がが悲しくてしかたがなかったのだ。聖也とカナとヤスと樹里たちみんなで話がしたい。謝るべき人が謝るべき人に謝るべきなのだ。私は悪いわけではないが、カナには謝りたい。カナのことを恨むことも羨むことも一切無い。カナには一生懸命謝りたい。あの物静かなカナが、一生懸命人を愛したのだ。それが私のせいでその気持ちがどこか行方不明になってしまったことに関して、
「ごめんね、カナ」
カナには届かない。
私の声はもう誰にも届かない。