第6話
土曜日。今日は朝から教習所に来ている。夕方からは聖也と会う約束だ。聖也は去年の八月の誕生日から教習所に通い、今年の一月には免許取得に合格し、中古車を購入していた。二月までは彼女がいたのを知ってるから、多分その彼女のことはもう助手席に乗せたのだろう。高校時代にした約束はとっくに破られている。それでもそんな事聞けるわけもない。何でも言いたい事が言える仲。みんなにそう言っていた。そう思っていた。それが、いざ付き合いだしてみたら、いや、卒業して好きな気持ちに気づいてからは、聞きたいことが全く聞けなくなっている。言いたい事が何にも言えない。私たちは本当にこれでいいの?
「優香ー。優香じゃん!そういや、教習ってるって言ってたよな」
「おーーー聡!」
彼は亮二の友達。先週の日曜日に一緒にファミレスとカラオケに行った地元の友達だ。
「俺、これから学科だけど優香は?」
「どうしよっかな、教習終わったんだけど、正直学科受けようかどうか迷ってる」
聡は目を逸らし、一瞬の間が空いて、
「じゃあ飯でも食いに行くか」
「おっ、いーねー」
原付の後ろに乗せてもらってファミレスに向かう。
「ってかさ、俺たち二人きりで会うのって何気初めてじゃね?」
「照れない?(笑」」
「照れねーし。ほんとバカかよ。彼氏の聖ちゃんどうしたんだよ」
「・・・」
「ってか元気なくね?まさか」
「まさか!!!」
「まさかだよなー」
ファミレスにつくと、甘党の聡は、イチゴのミルフィーユを四個頼んだ。
「あたしはドリンクバーでいいや。ってか相変わらず聡はすごいね」
「いや、ランチだよランチ。優香ももっと食えよ」
聡はメニューを差し出す。
「いーの、いーの」
「ってか話あるんだろ?たぶん」
「うーん、よくわかるじゃん」
「相談のるわ、たまには」
持つべきものは友達だ。今までの話を全部聞いてもらう。話してるだけで少しすっきりしたが、結局のところ、やっぱり彼女は他にいるんじゃないか?ヤスも怪しいし、その優しさは何か怪しいということで話は纏まった。やっぱりちゃんと聞いてみるべきだ、と聡は言う。本当に聞けるかどうかは自信が無いが、やっぱり今日は会ったほうがいい。「やっぱり友達にもどろう!」そう言って聖也の反応を見よう、と昨日の晩は簡単に考えていたが、そんな事をしたら、本当に友達に戻ってしまうか、友達にも戻れず別れるだけか、どっちかしか答えは無いんだから。
「聡ー。今日はほんとありがと」
「いやいや、俺も今度相談乗ってもらうからさ」
「オッケー。いつでも言って」
聡は右手で原付を押さえながら、左手でポンと頭を小突いた。
「じゃあねー。」
「じゃあなー」
答えは出てないが、聡からはいつも元気を貰える。気がつくともう三時過ぎだった。教習所が終わったら連絡をする事になっている。
『今終わったよ。これから家帰るー』
ここのところ天気はずっと雨が続いていた。久しぶりに暖かい春の南風を全身に感じながら、急いでペダルを漕いでいた。
『俺はどうすればいい?』
知らないよ、そう思いながらも、
『三十分休んだら家出るよ』
すぐに着信音が鳴ったが、家に着くまで出なくていい、そう思った。気分は爽快だった。多分もうすぐ答えは出るだろう、なぜかその時ふと思った。どんな答えなのかもよくわからないまま。
ふと気がつくと、四時半になっていた。あれから家に着いてベッドに横たわっているうちに、少し眠ってしまったらしい。カーテンの隙間から入ってくる風の中、いい気分で目が覚めた。携帯電話を見ると、二度の着信があった。もう焦らない。
『ごめん、寝ちゃってた。そろそろ家出るよ』
『来られるの?』
『行ってもいいなら』
今日は聖也の一人暮らしの家に初めてお邪魔をする予定になっている。高校時代の頃のような気持ちに戻っている。
再び着信音が鳴る。
「もしもーし」
「お前電話出ろよー」
優しい声だ。
「だって疲れて眠かったんだもん」
「おこちゃまだね、相変わらずで」
「そうそう。」
「で、俺は何時に柏に向かえばいいわけ?」
「上野までひとりで行くよ、私」
「迷子にならない?誰かについてっちゃだめだよ」
「冷たくするならわからないけどね」
「ん・・・?どこが冷たい?冷たいのは優ちゃんのほうだけどね。まーいいや。何時でも大丈夫だから、わからなくなったら電話して。あと、電車で暇なら、メールつきあうし」
「大丈夫!」
「大丈夫ってなに?(笑)」
「大丈夫なの!じゃあ多分一時間半くらいだから、六時頃着く予定で・・・」
「わかった。ほんと気をつけてこいよ」
「はーい、じゃあね」
「はい、バイバイ」
本当にわかってない。何がなのかわからない。聖也は全く私の気持ちに気づいていない。気持ちはだんだんと聖也から離れつつある。それにこれっぽっちも気づいていない。むしろ、自分が遊んでるつもりなのか、と思うほどの落ち着きようだ。
メイクもそれ程しなかった。いつもの、大学に行く時のような薄化粧。それにもきっと気づかないのだろう。そう思うと、眉毛さえしっかり書けば、口紅を塗る気もなくなってきた。それじゃいけない!そう思い直し、チークを入れ、アイラインを入れ、口紅を塗った。
電車の中では、携帯電話で新しいアルバイト探しを始めた。今の仕事は、なんだか最近気が重い。生活のためにアルバイトをしている。高校時代から続けているカフェのウェイトレスの仕事だ。大学に入ると、時間もなくて、マニキュアもそのまま派手めな爪のままで通っていた。ある日、真っ赤な爪でアルバイトに行ってしまった。その前にも一度、
「指先まで清楚にね」
と、年上の主婦のウェイトレスに注意を受けたのである。「またやっちゃった。」気づいた時には遅かった。
「優香ちゃん。前にも言ったわよね。最近気が緩みすぎてない?ここでの仕事はね、お客さんに何を思われるのかが一番重要な事なの。自分の生きたいように生きるからどうでもいいんじゃなくって、お客様の為に、このお店の為に、と考えて働いてちょうだい、ここでは」
そう言われたのだ。挙句の果てには
「それに、メイクも服装もギャルみたいで、いくら制服があるからって、外ですれ違ったお客さんはあなたの事どう思うと思う?私は別に気にしないんだけどね。そこもよく考えてみてくれない?」
とまで言われたのだ。余計なお世話なんだ、そんなもの。他人にどうこう言われるメイクや服装なんてしていない。お小遣いが欲しくて働いているだけ。「主婦のおばちゃんなんて・・・」そう呟きながら、携帯電話をじっと見つめた。
パチンコ屋のバイトはどうしてこんなに時給が高いのだろう。それほど儲かっているという事なんだろう。実は父親はがャンブル依存症だった。今は離婚をして、どこに住んでいるのかさえもわからない。それでも、母親に迷惑のかかる日々は続いたようだった。
離婚が決まったのは、十二歳の時だ。元旦の朝でも家に帰らない父親は、決まってパチンコ屋にいた。それは私が幼稚園生の頃だった。母親の留守中に、父親に
「お母さんには内緒だぞ。ゲームセンターへ行こう」
と言われ、パチンコ屋へ連れて行かれることもしょっちゅうだった。帰りにお菓子がたくさん貰えることが嬉しくて、母親には内緒!をしっかりと守り通した。その結果、父親の借金が膨れ上がり、やむなく引越しを余儀なくされたのだ。
人には人知れず苦労もいくつかあるものだ。私も苦労を重ねて育ってきた。だから、ギャンブルだけは絶対にしたくないし、パチンコ屋を見るのも嫌いだ。それでも今は、パチンコ屋のアルバイトが気に掛かる。そろそろ、大人になり、トラウマを乗り越える事ができたのかもしれない。そんな苦労も周りの今の友達は誰も知らない。
「まもなく上野ー上野ー・・・」
アナウンスが鳴り響く。いつの間にかアルバイト探しにこんなに時間を費やしていた。いつの間にかメールを受信していた。
『大丈夫?迷ってない?』
聖也の携帯を鳴らす。
「今着いたよ」
「お疲れ様。じゃあさ、不忍口に来て?わかる?」
「わかりそう」
「わかんなければ、そこで待ってていいけど」
「わかるから大丈夫だよ」
「電話つなげといて・・・」
・・・・・・・・・
「優ちゃん、こっちこっち」
「聖ちゃん」
「はるばる来たね」
「失礼な!」
「じゃあ何か食べてDVDでも借りて帰ろうか?」
「いいねー」