第3話
聖也だ!ホッとする。
「ごめーーーん」
「来ないと思った。だから帰ろうと思ってたんだけど・・・」
5分の遅刻で?それとも、会おうとしてたのが冗談だった?今夜に限ってはそんな些細な言葉でさえも気になってしまう。
「何でよ、意地悪。男なら少しくらい待っててよ」
「男は待つの?初耳(笑)」
「うるさいな、バカ」
「ってゆーかさ、考えたんだけどどこ行くの?」
「うーん」
「考えてなかったよね、全然、カラオケでいいの?」
「いーよー」
二人で並んで歩く途中、聖也だと少し戸惑った感じも、気まずい感じもどこにも無い。それでも私は気まずくならないように少し気を遣ってもいるのだ。聖也はどうなのだろう?気を遣ってる?それとも、こんな会い方、普通の女友達なら誰とでもそうしてるの?全てに疑問を持ってしまう。「どうかしてる、私」
「♪こんな夜にお前に乗れないなんて~~~・・・♪♪♪」
忌野清志郎の名曲で私も好きな曲だが、こんな時に一発目に歌うなんて、本当にこの人どう思ってるんだろう?疑問は果てしなく続く。
ふいに聖也が、
「カラオケって恋歌しかないよね」
「・・・だよね~」
「そういえば、これ」
「え?」
後楽園遊園地の優待券を2枚手渡される。右隣にいる聖也は私の顔をジッと見つめると、
「彼氏と行っておいでよ」
やっぱりそういうことなんだ。私の中では雰囲気を壊されてしまった気がしたが、そんな切なさは態度には出さない。
「うそー、嬉しい。ありがとう。行ってくるね」
即答だ。
「そう言えばさ、俺アメリカに行くことになった」
「え?どこ?ニューヨーク?」
「そうそう」
「ロサンゼルス?」
「そうそう」
「ふざけないでよ!」
「うん、噓(笑)」
「バカ」
「お前、すぐだまされるよね」
「お前って言わないでよ、バカ」
聖也の頬を平手打ちする真似をした。
「彼氏ならお前でもいいの?」
「だめ」
「だってヤスはお前って呼んでるし、優香って呼び捨てで呼んでるじゃん」
「それは特別」
いつもの話の流れでそんな事を言ってしまった自分につい後悔をした。
「そういえばその傷どうしたの」
「何でも何でも何でもない」
聖也の左眉の上にはほんの少しの擦り傷ができていた。
「♪恋人たちーはとても幸せそーに手をつないーで・・・♪♪♪」
「ねーねー、俺とつきあっちゃわない?」
「え・・・」
「え・・じゃなくて聞いてるの。答えを2文字で言って」
そう言いながら聖也は私が持っているマイクを奪い取った。
「ダメ、しかないじゃん」
「ダメ、に決まってるってこと?ダメ、しか浮かばないってこと?」
「ん・・・?」
内心ドキドキだった。多分今、私の体の一部に触れられたら、このドキドキが伝わってしまうだろう、という程に鼓動が高鳴っている。
「はい、か、うんで答えて」
「うん」
「え、どっち?」
「・・・うん」
「だから、どっちだよ(笑)」
聖也の気持ちをこれ程知りたいと思った事は一度も無い。ふざけているのか、本気なのか?それがわからない。
「うん、か、はいなら、うんって・・・(笑)」
「そっか。俺、ハートブレイクだ。ゲームオーバー(笑)・・・てかさ、早く帰ろうぜ」
聖也はソファーにもたれ掛かりながら言う。
「終電ないし、帰れないし!」
もうふざけてるのか何なのかわからないので笑って答える。
「♪どこまでも・限りなくー降り積もる雪とあなたへの想いー・・・♪♪♪」
カラオケは続く。
それから1時間は過ぎただろうか?
「じゃあ、だめ、か、うん、ならどっち?」
聖也はしつこく尋ねてくる。
「・・・うん」
「まじ?」
「・・・うん」
私は賭けに出た。もうどうなってもいい。こう言ったらどうなるのかはわからないけど、とりあえず言ってみた。
「ヤスはどうするの?」
「別れる・・・」
もうどうにでもなれ!
聖也はゆっくり視線を外し、それから、
「本当にいいの?」
と聞く。私は頷く。
「じゃあさ・・・」
聖也はゆっくりと左手を私の右肩に伸ばした。そしてゆっくりと右手を頭の上に乗せ、
「ありがとう。これからよろしくね」
と言い、顔を近づけた。そして・・・