こんな夢-用水路の脇に横たわる首から下の皮膚がない河童-
散歩の途中で異様なものを見つけた。
河童? 河童……だよなあ、あれ。あの、仰向けで倒れてるの。
場所は田んぼの脇を流れる用水路のすぐ横。細い道路が交わる十字路のすぐそば。周りは田んぼと畑だらけの田舎の風景で、まあ田舎といっても割と家から近所ではあるんだけど、民家とかはぽつぽつ建ってるくらいで、眺めのいい、好きなタイプの散歩道。天気もいい。時間帯は昼と夕方の間くらい。陽差しは充分に明るいのに。こんな時間帯から道端に河童とは、驚いた。しかも、倒れてる河童。っていうか、死んでる? あれ。動かないし。それになんか、首から下が肉むき出しになってるし。頭部以外、皮膚がなくて、生々しく筋肉むき出し。うわあ。あと、河童、妙にでかい。およそ河童らしくないでかさ。人間の成人男性くらい身長ある。どうみても百七〇センチくらいはある。体格いいから、もしかしたら一八〇以上あるかもしれない。
仰向けで道路に横たわるその河童は、道路や用水路と平行になるようにして真っすぐ体を伸ばしている。手も足もピンと伸びている。直立不動のまま横になった感じ。そんなきれいな姿勢で倒れてる? 死んでる? のもかなり違和感。それにしても、河童ってこんなにしっかりした体付きしてるものなのか。もっと手足とかひょろっと細いイメージなんだけど、ぜんぜんそんなことない。肩幅とかがっしりしてるし、手も足も人間の男と変わらない肉付き。
違和感あるけど、頭部はやっぱり河童。河童? 河童……だよなあ、あれ。頭に皿あるし、口のとこはクチバシ? みたいになってるし。肌は緑色だし。頭部だけちゃんと皮膚が付いてて、それは緑。でも、真緑。周囲の植物の色から浮いてる感じの、濃い真緑。なんか、ペンキで塗ったような色。すごく不自然。河童……なのかなあ?
河童でもそうでなくても、とにかくこんなものと出くわすのは珍しい。もうちょっと近付いて詳しく調べてみたいなーとか、そういう好奇心も、あるにはあったけど、でもそれはやっぱり怖い。こういう、妖怪とか? は姿を見かけても気づかないふりをして通り過ぎたほうがいい、と聞いたことがあるような気がした。近づくのはまずい感じがすごくした。なので、河童から目をそらして、もう河童のほうは見ないようにして、何気ないふりをして、すぐそばに河童が横たわっているその細い十字路を横切ろうとした。左手のほうには河童。なるべく距離を置けるように、道の右端に寄って進む。
でも、あと一歩で十字路に踏み入ろうという、そのとき。
河童のいるほうから声がした。『××さーん』と呼ぶ声が。私の名前だ。河童が、ただの通りすがりの私の名前を知ってる。
『××さーん。ぼく、生きてて死んでるんだよー。ぼく、生きてて死んでるんだよー……』
と、河童は繰り返しそんなことを言っていた。
たまらず足を止めた。怖くてそこから進めなくなった。これ以上あの河童に近づくのは無理だった。怖くて、もう無理。
私は河童のいるほうを向かないように、その場で右に回って方向転換して、もと来た道を引き返した。もと来た道は何もない。ただの田舎道だ。早く家に帰ろう。
そうして道を歩いていると、向こうから二人組の中年女性がやってきた。
すれ違いざま、彼女たちの会話が耳に入ってきた。
「――なのよお。ここにねえ、出るっていうの」
「珍しいわねえー。ほんとに見つかるかしらー」
え? 河童が!? とその会話に一瞬驚いたが、さらに耳を傾けてよく聞いてみると、どうやら違うみたいだった。河童ではなくて、カワウソだか何か珍しい鳥だか、そんな生き物がこの辺りの田んぼに出没するという噂があるらしい。女性二人はそれを探しに来たようだった。
私が引き返してきた道を進んでいく二人。道は一本道だ。あの二人はあそこにいる河童に気づくだろうか。ちょっと気になった。
それから少しの間、振り返ることなく歩いていった。
そうしたら、さっきの中年女性二人がもうはやばやと引き返してきたようで、後ろのほうでまた話し声が聞こえた。探しに来た珍しい動物? は見つからなかったのか。少し探しただけでもう諦めたのか。それにしても戻ってくるのが早い。後ろを歩く二人の会話は、聞こうとしなくても聞こえてくる。
「あそこに出るって話だったんだけどねー」
「あんなところにねえー」
「ほんとにいるのかしらあ」
「また探しに来てみましょうよ」
「ねえ。ところで、一つ聞きたいんだけど――」
『どうして無視するのぉー?』
すぐ背後で響いたその声は、まぎれもなく、さっき聞いた河童の声だった。
脳が怪談に毒されていると思いました。